過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

宗教

【③魅惑のインド:マザーの「死を待つ人の家」】2025.11.19

【③魅惑のインド:マザーの「死を待つ人の家」】2025.11.19 カルカッタ(現コルカタ)は、インドの東の玄関で、人口は千四百万を超す大都市だ。ところが、当時(1990年)はホームレスは二百万人とも三百万人ともいわれていた。 通りを歩いていると、道端で寝…

【②魅惑のインド:マザーの「死を待つ人の家」】2025.11.19

【②魅惑のインド:マザーの「死を待つ人の家」】2025.11.19 カーリー女神に捧げるために、毎朝、羊が犠牲となる。 まさに子羊三頭が、これから犠牲になるところに出くわした。子羊たちは、毛むくじゃらの大男に首を束ねられ、万力のような機械に固定される。…

【天皇の位牌】2025.11.18

【天皇の位牌】2025.11.18 天皇の位牌を間近に拝見したことがある。それは京都の泉涌寺(せんにゅうじ)の境内のお堂の中にあった。 皇室の「御寺」(みてら)と呼ばれるこの寺は、真言宗泉涌寺派の本山である。お堂に入らせていただくと、大きな天皇の位牌…

【⑱スマナサーラ長老外伝:ウ・ジャナカの説法】2025.11.15

【⑱スマナサーラ長老外伝:ウ・ジャナカの説法】2025.11.15彼は国連大使としてしばらくミャンマーに滞在していた。そして何度か一時出家し、マハーシ瞑想センターでヴィパッサナーの体験を積んでいたのである。彼はニューヨークの国連事務所にいたとき、骨髄…

【⑰スマナサーラ長老外伝:ウ・ジャナカの説法】2025.11.15

【⑰スマナサーラ長老外伝:ウ・ジャナカの説法】2025.11.15これは今から30年ほど前のことになる。「かやのき会館」で説法会が行われた。ミャンマーのウ・ジャナカ師が来日し、説法をするという。ウ・ジャナカ師はマハーシセンターの指導者で、有名な方であっ…

【①魅惑のインド:割礼の儀式】2025.11.14

【①魅惑のインド:割礼の儀式】2025.11.14 ライトに照らされ、男の子と長いひげを生やした80歳くらいの老人の姿が見える。 男の子は3歳くらいだ。下半身は裸で、大人たちに両足をつかまれ、性器を露出している。泣き叫んでいる。 その前に立つ老人は、イスラ…

【②なにが好きなのかわからない時代】2025.11.14

【②なにが好きなのかわからない時代】2025.11.14 うーむ。自分はいったい何をしたいのか、それがわからなかった。 何でもできそうな気はするのに、結局、どれも本当にやりたいことではなかった。そして、自分はインドや宗教、仏教が好きなのだと改めて確認し…

【①なにが好きなのかわからない時代】2025.11.14

【①なにが好きなのかわからない時代】2025.11.14 サラリーマン時代。この会社がダメなら、また別の会社へと移ればいいと考えていた。大企業にいると、営業から管理部門まで、いろいろな仕事を任された。大阪ではピアノを売り、山陰ではボイラーや風呂桶を売…

【⑯スマナサーラ長老外伝:再び編集の道へ】2025.11.14

【⑯スマナサーラ長老外伝:再び編集の道へ】2025.11.14 こうして、ひろさちやさんとスマナサーラ長老の本作りが別々に始まっていった。編集の仕事にもようやく慣れ、流れに乗ってきた頃、医学出版社に勤める親友から「医学書をやってみないか」と声をかけら…

【⑮スマナサーラ長老外伝:1億円の盗難と1億円の浄財】2025.11.14

【⑮スマナサーラ長老外伝:1億円の盗難と1億円の浄財】2025.11.14 こうして対談の半年後、ひろさんの本作りが始まった。 佼成出版社からの刊行で、取材は上野の不忍池近くのホテル「法華クラブ」で行われた。12月だっただろうか。 「立正佼成会だから、南無…

【⑭スマナサーラ長老外伝:ひろさちや対談】2025.11.14

【⑭スマナサーラ長老外伝:ひろさちや対談】2025.11.14 ともあれなんとか対談を終え、文字起こしから原稿を仕上げるまで、5か月かけて完成させた。佼成出版社も「面白いから出しましょう」と言ってくれた。 ところが、初稿をひろさんに持参すると、しばらく…

【⑫スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13

【⑫スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13 対談の核心は、「ブッダの教えとは何か」「ブッダは信仰を説いたのか」「信仰か、実践か」という点にあった。 ひろさんは浄土教を基盤とする立場から、「ブッダは信仰を説いた」という自説を譲らな…

【⑪スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13

【⑪スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13 対談が始まった。場所は帝国ホテルのスイートルーム。ひろさちやさんとスマナサーラ長老は初対面。私が司会進行役、そして佼成出版社の編集者がサブを務めた。 まずは昼食をともにしながらのやりと…

【⑩スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13

【⑩スマナサーラ長老外伝:ひろさちやとの対談】2025.11.13 当時、私の仕事といえば、国士舘大学の同窓会新聞を年に2回発行するだけで、あとはインドばかりを旅していた。 ちゃんと働いていないのだから、貯金も底をつきかけていた。 「そろそろ真面目に仕事…

【⑨スマナサーラ長老外伝:出版と実修】2025.11.13

【⑨スマナサーラ長老外伝:出版と実修】2025.11.13 会員が次第に増えたため、鈴木一生さんは1994年、千駄ヶ谷にアパートを借り、「テーラワーダ協会」(任意団体)の拠点とした。 長老は「テーラワーダ協会」という名称に、ある種の党派性(大衆部と上座部の…

【⑧スマナサーラ長老外伝:再来日から大洋村】2025.11.12

【⑧スマナサーラ長老外伝:再来日から大洋村】2025.11.12 スマナサーラ長老は駒澤大学の博士課程への道を諦めた。そして日本に住み続ける選択も断ち、スリランカに帰国することにした。 「スリランカに戻れば、国立大学で教職に就く道はある。しかし、日本仏…

【⑦スマナサーラ長老外伝:サティ】2025.11.12

【⑦スマナサーラ長老外伝:サティ】2025.11.12 友人のサニヤシン(Oshoの弟子)から電話があった。 「こないだNHKの『こころの時代』を見た。あの坊さん(スマナサーラ長老)はいろいろわかっているようなので、紹介してほしい。特に、Oshoの最終説法の『サ…

【⑥スマナサーラ長老外伝 鈴木一生さん】2025.11.11

【⑥スマナサーラ長老外伝 鈴木一生さん】2025.11.11 私は仏教が大好きで、その道を探求してきた。そのきっかけは、創価学会であり、仏法学舎の金田先生であり、スマナサーラ長老だった。 朝日新聞に掲載されていたサークル案内「仏教を正しく学ぶ会」に電話…

【⑤スマナサーラ長老外伝:瞑想とは捨てること】2025.11.11

【⑤スマナサーラ長老外伝:瞑想とは捨てること】2025.11.11 「瞑想すると、ある境地に達することがあります。心地よさを感じたり、体が軽く楽になったり、充実感を得たりするのです。そして次に瞑想を始めようとする時、誰もが『あの境地を再び得たい』と思…

【③スマナサーラ長老外伝】2025.11.10

【③スマナサーラ長老外伝】2025.11.10 スマナサーラ長老はその後、駒沢大学の博士課程での学位取得を断念し、スリランカに帰国することになったと聞いた。 道元の文章などは日本人でも難解中の難解だ。 たとえば、次のような文がわかる方などいるだろうか。 …

【シンクロニシティ】2025.11.10

【シンクロニシティ】2025.11.10 シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)というのが、たまにある。「おや、こんなところでばったり」という体験だ。 単なる確率的に稀な偶然で、ただそれだけのことだ。どういう意味があるのかとか、わからない。 出会いが…

【③心霊】2025.11.9

【③心霊】2025.11.9 40年余も前のことである。 つきあっていた女性が声楽家で、霊的に憑依されやすい体質だった。 パワフルな神社や仏閣がある場所へ行くと、まだそこに着いていないのに、途中でヘナヘナと倒れそうになる。パワースポットに行く途中で力尽き…

【①私の霊体験】2025.11.9

【①私の霊体験】2025.11.9 あかり(9歳)が「川の渦巻いているところを見たい」と言う。 友人の家を訪ねた帰りに天竜川の近くに寄ってみた。ところが、もう薄暗くなっていて、木々が茂っていてよく見えない。 「もっとよく見える場所を探してみよう」。「あ…

【①心霊科学】2025.11.9

【①心霊科学】2025.11.9 「心霊科学研究所」は、浅野和三郎(あさの わさぶろう、1874-1937)が設立した。 浅野は日本のスピリチュアリズム(心霊主義)の先駆者で、英文学者としても知られ、海軍機関学校の教授を務めていた。 彼は心霊現象を科学的に研究…

【掃除をしているフツーのおじいさん】2025.11.8

【掃除をしているフツーのおじいさん】2025.11.8 大磯にあるエリザベス・サンダースホームを訪ねたことがある。ここは、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫である澤田美喜が設立した孤児院だ。 戦後の混乱の中、アメリカ占領軍兵士との間に生まれた混血児を救…

【①天野さん】2025.11.7

【①天野さん】2025.11.7 今回は、「霊的リアリズム」へと踏み込んでいく。 ある時、天野さんという、また一味違うタイプの霊能者が訪ねてこられた。 その方は常に薬草茶と小さなリン(仏具などの鐘)を持ち歩き、リンを鳴らして波動を調整する方だった。リン…

【⑤長尾先生】 2025.11.7

【⑤長尾先生】 2025.11.7 長尾先生は、東京に来る際、私が暮らしていた国立のアパートの2階を事務所にしていた。不在の時には、「誰でもいいから、泊まっていいよ」と言われていた。友人が泊まったこともあれば、タイプの違う霊能者が泊まったこともあった。…

【④長尾先生】2025.11.7

【④長尾先生】2025.11.7 私の住む国立のアパートの2階が空いたので、長尾先生はそこを東京事務所として、霊的なカウンセリングを行うことになっていった。自然と、やりとりが増えていった。 ⦿--------------------------------------- 以下、思い出すままに…

【③長尾先生】2025.11.7

【③長尾先生】2025.11.7 長尾先生の「語録」というか、「人を生かす智慧の断片集」を思い出すままに。 「何事においても“らしさ”が大切だな」。神主を目指していた私の友人に言ったときのもの。神式の作法やしきたりよりも、何よりも神に向かう「らしさ」を…

【②長尾先生】2025.11.7

【②長尾先生】2025.11.7 「仏具磨きのじいさん」こそ、長尾先生であった。 やりとりから、「特別な霊的なことがわかる方」とお見受けした。 高田真快和尚との打ち合わせの場で、私の顔を見て、ぽつりと言った。 「あんたはなあ……。縁をつかむ力があるなあ。…