過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

邪魔にならず買い物にもにお供してくれるようになったもの

かあちゃんが過労と風邪でダウンしている。あかりは、朝から「おとうちゃんあそぼう」とやってくる。
──う〜ん。いま、いそがしいんだけどなあ。
そう言うと、肩に力を入れて唸った。
「おとうちゃん!おとうちゃんは、あかりちゃんとあそぶためにいるんだからね」
──ううむ。じゃあ、なにするかなあ、自転車に乗って出かけようかな。
といっても、この山里、とくに行くアテもない。寒風に吹かれながら、サイクリング。
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94歳になるSさんを訪ねる。この方は、もと神主さん。2月7日の星祭のための祈祷の御札を書いていた。達筆。あかりがきたらよろこんでくれて、お菓子を頂いた。この方は、いろいろとすごい達人。玄関先に、軍隊に行ったときの軍靴が展示されていた。
つぎに、ちかくの86歳になるMさんをたずねる。ちょうど、ホットケーキをつくっているところで、あかりもコネコネのお手伝い。そして、ケーキを頂きながら、コタツでゴロゴロ。
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きょうはまちなかに出かける。乳母車(クラシックな藤製)をいただきにいくのだ。往復100キロ。
長時間、あかりは耐えられるか。やはり暇なので、しりとりしたり、なぞなぞしたり。しりとりはネタも尽きるので、適当に即興の文章作ったり、偽造語を作り出しては、卓球のようにスピーディーなやりとり。
新品に近い乳母車をいただいた。うちの保育事業で大活躍することになる。いつも暖かく迎えてくれる蔵のギャラリー(マルカワの蔵)を訪ねて、骨董品を物色。本島夫妻があかりとお手玉で遊んでくれて、四方山話。お菓子も頂いた。
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ついでに、和菓子屋さんに寄り、レストランに寄り、100均によって紙粘土とクレヨン、ホームセンターでペンキとかモルタルとか、ドラッグストアにも寄った。あかりも、退屈せずにたのしめていたようだった。
こんなふうに、邪魔にならず買い物にもにお供してくれるようになったものだ。あかりも、まちなかの雰囲気にも触れられる。いろいろな出会いが楽しめるのじゃなかろうか。

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こういうことに、仕事のエネルギーが使われているわけだが

①建物の所有権移転の登記申請をしているが、前所有者に登録免許税3万円の収入印紙を貼って送ってもらった。「係印」(連続した書類に押すハンコ)を依頼したが、印紙に印鑑を押して送ってきた。

「いちど印鑑を押したものは、もう使えない」と法務局に言われた。3万円がパーになる。もったいない。

「還付できないのか」と聞くと、「税務署に聞いてくれ」と言われた。税務署からは、「印紙税過誤納確認申請をしてくれ」と言われた。用紙がぎっしり3枚はある。

印鑑を押した本人でないと返還できないので、代理の場合には、本人の委任状(印鑑)が必要。郵送ではダメ。直接、税務署に来てくれ」と言われた(往復100キロかかる)

②書類をエクセルで作ったが、役所の書類にあわせなくちゃいけないので、手書きで転記して持参。直しがあると、印鑑を押してまた手書き修正して持っていく。役所はまた、それをデータに打ち込んで……。

③役所指定の申請書は、だいたいエクセルかワードだ。ワードは使いにくいので、inDesignで作ったが、ワードに入れ直せと言われたことがある。アプリが全く違うので、また全部作り直し。

④そのむかし、公民館を借りた時、冷房費の料金50円を請求し忘れたということで、郵送で請求書が送られてきた。見れば銀行振込しかできない。現金では受け取ってくれない。ネット振込も郵便局振込みもできず。銀行まで往復40分、待ち時間も入れて1時間半。そんなことがあった。

こういうことに、仕事のエネルギーが使われていることが多々ある。まあしかし、たんたんとやるしかないわけだ。

ゲイシャ・ワルツ 神楽坂はん子

大正時代から戦前・戦後の歌が好きで、覚えては施設で歌をリードしている。
①「ゲイシャ・ワルツ」というタイトルが、なかなかすごい。同時代に、江利チエミの「テネシー・ワルツ」が流行っていた。
②作曲:古賀政男、作詞:西条八十という黄金コンビ。
③日本舞踊をきちんと稽古した芸者さんが歌っている。その所作、目線、舞うような手の動き、安定した歩み。
神楽坂はん子が、この歌をヒットさせたときは21歳。この映像は40歳だが、艶っぽい。
⑤日本の歌というのは、小唄、義太夫みたいなものがベースにあるような気がする。美空ひばりも、東海林太郎も、坂本九も。
⑥新橋とともに神楽坂の芸者は、有名だが、神楽坂はこの歌によって有名になったのかもしれない。
⑦お大尽、金持ちは芸者をあげて飲めや歌えやをやっていた時代があったんだなあ。
数日前から、この動画を気に入ってなんども見ている。しかし歌いやすそうで、メロディーの前半が覚えにくい。

https://www.youtube.com/watch?v=uWfrzn2-aHo

なんと禁固7ヶ月の求刑

検察からの論告求刑があった。なんと禁固7ヶ月。
今月末に、結審(審理が終了)。おそらく来月が判決だ。
たぶん、執行猶予になると思う。しかし、もしかして禁固刑もありうるか。
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友人が交通事故の加害者として起訴された。友人の車は赤信号を無視して、バイクに衝突、被害者は全治三ヶ月。

この程度だと、起訴されても、略式手続きで罰金のみと思っていた。ところが、裁判があると聞いて驚いた。

担当の検事に直接、電話で「どうして起訴されたのか」聞いた。
すると、「赤信号無視と全治三ヶ月では、重い」という。

では、「有罪の可能性があるのか」と聞くと、「有罪でも、禁固とならない場合もある」との答え。すなわち、執行猶予ということだ。しかしそこは、裁判官の判断をまつ。
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仕事で公判にはいけなかったが、友人に聞くと、弁護士(国選)は、赤信号を無視したが、交差点内は時速30キロではなく、20キロくらい……という論議をしていたようだ。

思うに、速度のことを論議するよりも、バイクのほうがぶつかってきたことを論議したほうがよいと思った。しかも、バイクの被害者は無免許。

バイクのほうがぶつかってきた証拠は、クルマの左側のボディに破損のあとがある(証拠写真が残っている)。自分からぶつけたとしたら、クルマの先頭の部分が破損しているはずだ。ところが、そこは無傷でボディのみの破損。
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そんなことを思ったが、ぼくは弁護士ではないので、なんにもできない。まあ、結審のときに、被告人の陳述の機会があるから、そのときに反省の弁と、一言、バイクがぶつかって来たことを述べるといいとアドバイスした。

まあ、もしも禁固刑になったとして、それはそれで人生のネタとして、刑務所暮らしを楽しむ世界もある。コロナの隔離と思っていればいいのでは、と伝えたのだが、友人はまったくしょぼんとしていた。

 

スーパーハウス(5畳)を8棟、貨車を3両移設した

あかりと窓拭きごっこ。濡らした新聞紙で拭いていく。あかりは中、おとうちゃん外。

おもしろそうだ、と思ったみたい。でも、やってみて、そんなにおもしろくないと気づくと、もうほかのことをやりはじめていた。
スーパーハウス(5畳)を8棟、貨車を3両移設した。さあこれからがたいへん。
汚れた窓を拭いて、フロアーを掃除。高圧洗浄機外壁の汚れを落とす。どうしても取れないサビ汚れなどは、ペンキで塗装する。
それから、荷物を運んで整理。毎日、せっせと少しずつ。

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コロナの融資 「緊急小口資金」と「総合支援資金」

コロナのためにイベントの売上がなく、貯金がない。もう暮らしがやっていけない。そういう相談を受けた。それで、いい方法がないか調べてみた。

生活保護」を受ける道。しかし、これはなかなかハードルが高そう。
「持続化給付金」で、100万円の給付が可能と思う。しかし、締切が1月15日。確定申告していなければならないが、過去にやってない。時間がないので無理。
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可能性があるのは、「コロナ対策の緊急融資(特例貸付)」。

①「緊急小口資金」……最大20万円。
②「総合支援資金」……単身世帯だと月に15万円×6ヶ月で、90万円。2人世帯なら、最大140万円まで借りられる。
①と②のダブルで融資が可能かもしれない。すなわち110万円〜160万円。
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その方は、「住民税非課税世帯」なので、融資ではあるが、返済免除される(返さなくてもいい)。

「住民税非課税世帯」というのは、 障害者・未成年者・寡婦又は寡夫で、前年中の合計所得金額が125万円以下(給与所得者の場合は、年収204万4,000円未満)。
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では、どこに申請するのか。
窓口は自治体の社会福祉協議会

書類をダウンロードして記入して郵送でも受け付けてくれる。
早くて10日間、遅くても3週間以内には振り込まれるという。

その他、調べれば、いろいろ助かる道があると思う。

うどんが美味しい

寒い日は、うどんがいい。乾麺は手間なので、冷凍うどんを使う。

出汁は、かつを節。みりん、酒、醤油、味噌。厚揚げを入れる。ネギはたっぷり。そして卵。

解凍したうどんを入れて、七味唐辛子をどっさり入れる。あたたまる。鍋焼きにするのがいちばんいいけれど、鍋が見つからず。
焼きうどんもいい。カレーうどんもいい。バリエーションが沢山。

むかし四国を旅した時、讃岐うどんがおいしいのにおどろいた。しかも、値段が安い。200円とか300円であった。いまもそんな程度かもしれない。

まあ、余裕ができたら、「手打ちうどん」にトライしたい。

ドラム缶風呂の再開

山里に暮らすなら、温泉のあるところがいい。温泉があれば疲れが取れる。心身の健康にいい。人との交流にもいい。

だが、ここ春野町は過疎の山里だが、温泉がない。まことに残念。
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これまで工夫して露天風呂(薪焚き)にしていたが、やはり物足りない。そこでふたたび、ドラム缶風呂とした。ドラム缶といってもステンレスの缶だ。

ドラム缶風呂は温まり方が全く違う。底のほうからじんわり。芯からあたたまる。湯冷めしない。

ドラム缶風呂の炉だと、薪を燃やすのは難しくない。太い木でも簡単に燃やせる。よく燃える。炎の迫力が薪窯とは違う。
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炎を眺めているだけでも、しあわせだ。千変万化する炎の動き。炭になってじんわり燃えるのも味わい深い。美しい。炎の瞑想ができる。

天空を見上げると、オリオンがちょうど真上にあった。中央に三つ星が並んでいる。天の川もよく見えた。

温泉がなくても、ドラム缶風呂に毎日入ることができれば、まさに極楽と。

98歳の現役おばあちゃん

店主は98歳だ。レジも打つ。おつりもちゃんと計算して間違えない。店番、客とのやりとり、仕入れ、すべてひとりでこなす。70年以上も店を開いている。まさに生涯現役。100歳になっても、続けていくだろう。

熊切という集落には、この店しかない。山里のコンビニ的な役割。地域のかけがえのない店。

あかりを保育ママのSさんのところに預けにいくときに、いつも寄る店。厚揚げと餃子、卵にベーコンを買った。

厚揚げをひとり暮らしのMさん(86歳)のところに届けた。あかりがコタツに入りたいと言うので、そのままコタツに入らせてもらって、遊んでいた。

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貨車を3両とスーパーハウスは8棟を運び終えた

貨車を3両とスーパーハウスは8棟を運び終えた。のこり1棟。
あとは高圧洗浄機でハウスを洗って、余裕があれば塗装する。色はモスグリーンかチョコレート色。
落ち着いたら、旧家屋のごっちゃごちゃしたモノを引っ越して整理。10年前に移住した時、本を入れたダンボールだけでも30箱くらい未開封
その他、トラクター、脱穀機、稲刈り機、唐箕、あれやこれやと運び出す。落ち着くには半年、いや一年はかかりそう。

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2棟は「こども図書館」に

移設するハウス(10棟)のうち2棟は、「こども図書館」にできそうだ。絵本、育児関係の本、おもちゃなどを置く。子どもたちが自由に遊べる空間になりそうだ。
いま保育事業もしているので、絵本や紙芝居、200冊を2ヶ月間、借りられる。天竜図書館のバスが、運んできてくれるのだ。
強烈な寒風で雪が交じる中、パチェコさんは、がんばってハウスを2棟移設してくれた。残りは貨車1両とハウス2棟。
基礎がコンクリートで固めてあったり、アンカーチェーンの切断中に、熱が起きてハウスの室内に火が発生、猛烈な風のために火事になりかけたりした。消火器が10本以上、現場にあったので、それで鎮火。現場では不測の事態がいつもある。

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「あしあと」という詩 ともに歩むイエス

友人の自然写真家のエドワードさんの写真を見て思いだした。「あしあと」という詩。
キリスト教におけるイエスのありようをしめすもの。イエスは超越した救済者とも思えるが、聖書を読んでいると、いつも寄り添って歩んでくれ、苦しみをともに分かち合ってくれる人という印象が大きい。
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ざっとこんな詩だ。
エスは常に自分とともに歩んでくている。つらいときも苦しいときも。だから、つねに足跡は自分とイエスの二人。
しかし、自分が最も辛くて悲しい時、足跡は一つしかなかった。
「イエスさま、もっともつらいときに、あなたをもっとも必要とした時に、あなたはいなかった。どうして、一緒に歩んでくれなかったのでしょうか。どうして私を捨てたのですか。」
エスは言った。
「あの足跡は、私のものだよ。あなたがつらかったとき、私はあなたを背負って歩いたのだ」。
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原詩
Footprints
One night I dreamed a dream.
I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
one belonging to me and one to my Lord.
When the last scene of my life shot before me
I looked back at the footprints in the sand.
There was only one set of footprints.
I realized that this was at the lowest and saddest times of my life.
This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
"Lord, you told me when I decided to follow You,
You would walk and talk with me all the way.
But I'm aware that during the most troublesome times of my life there
is only one set of footprints.
I just don't understand why, when I needed you most, You leave me."
He whispered, "My precious child, I love you and will never leave you
never, ever, during your trials and testings.
When you saw only one set of footprints
it was then that I carried you."


ある夜、私は夢を見た。私は、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた。
一つは私のあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
私は砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。
このことがいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ね
した。「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道にお
いて私とともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生の一番辛いとき、一人のあしあとしかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、
あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません」
主はささやかれた。
「私の大切な子よ。私はあなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。
あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」

全部移設できたら、貨車3両、ハウスが10棟となる

本日は、貨物列車の貨車を2両、移設した。明日以降は、のこり1両。さらには、ハウスを4棟。全部移設できたら、貨車3両、ハウスが10棟となる。その後は、大量のごみ処理という仕事があるが、そこは自分の敷地内なのでゆっくりと。

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夢の記録 

夢というものは、自我の境界が曖昧。あらわれてきたものすべてが自分の象徴とも言える。言語化するととても不明確。しかし、イメージとしての生命力は浸透している。

昨日、こんな夢を見た。

①ゆったりくつろいでいた。突然、理由はわからないが、いのちがあぶないことが起きる。地震なのか津波なのか原発なのか、わからない。

②とにかく自分だけは、かろうじて脱出。あとの人たちのことは、知らない。

③いのちだけは助かった。しかし、まったくの一文無し。さあ、どうしよう。路頭に迷う。

④路上で、知り合いのおばあさんに出会う。その人の紹介で、家に行く。そこには若い女性たち10人ほどがいた。年とっている自分は、すこし気おくれする。

⑤疲れたので休むことにした。そこには、とっても大きな布団一つだけ。輪になってみんなで入る。ぼくは、片隅でひっそり入る。

⑥ふと見上げると、ホームチャペルのような、祭壇のようなものがある。金の文字で、輝いている。文字マンダラだ。金色の文字だけが空中に浮かんで輝いているわけだ。いわゆる日蓮の描いた文字マンダラのような。

⑦翌朝、その家を出て住むところを探す。どこに行こうか。そうすると、「クメにいけ」というメッセージが出る。「はて、クメってどこだろう」。お金もないし、アテもない。どうしよう、困った困った。

……というところで目が覚めた。とりあえずは、住むところがある、食べ物はある、家族はいる。なんとか暮らしていけるというのはありがたい。まず浮かんだことだ。

大いなる母性(グレートマザー)でくつろいでいたが、切り離されて孤独に生きざるを得ない。しかし、また女性的なるもの(アニマ)によって引き上げられ癒やされる。

しかし、同化できずにまた分離して孤独にさすらう。ま、ユング的に分析すると、そんな感じか。金色の文字マンダラやクメというメッセージも不思議。

しかしまあ、リアリティはある。この現実が崩壊して、路頭に迷う。野垂れ死にする。そういう事態は、常に起きる可能性はあるわけだから。

夢はよく見ていると思うが、起きた時忘れてしまう、たまに、印象に残る夢は記録している。文にしたり絵にしたり。書き留めておくと、あとあと、ああそうかと気づくことがある。

「おひとりさま」の老後はどうなるのか。

「おひとりさま」の老後はどうなるのか。

年金があれば、働かなくても暮らしていける。
しかし、国民年金だけとか、年金のない人はどうなるのか。
働けない。暮らしていけない。
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となると、生活保護の道。しかしそれが、可能なのかどうか。
介護の必要なレベルになったとき、金と身寄りがないとどうなるのか。

特別養護老人ホームに入れればいい。しかし、満杯で入れないという現実が来る。

まちなかなら、いくつか施設があるので、選択肢はある。しかし、こうした山里だと、施設は少ない。すでにいま、長期の待ち状態。まちなかに行く足がない。
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そのあたりのセーフティネットは、あるのか、ないのか。
どうしたらいいか。どうなるのか。

ひとり暮らしの80過ぎた友人の陶芸家は、老朽化した家に暮らしている。家が倒れるのが先か、自分が倒れるのが先か、と言っていた。

──もし倒れたらどうするんですか。
「道端に大の字になって泣きわめいてやる」。
そう言っていた。

そういう現実が、過疎地には起きてきている。やがて、まちなかで、東京で起きてくるんだと思う。
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そうしたとき、宗教はどうなのか。キリスト教会はなにか動けるような気がする。しかしお寺はどうか。守り支える力として機能しないだろう。むしろ新興宗教、たとえば創価学会など、ネットワーク力がすごい。政権与党の強みもある。

ともあれ友人のネットワーク、おひとりさまネットワークを強く持っていることが、セーフティネットになりうる。しかし、年とってからそうしたネットワークをつくろうたって、うまくいかない。