過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「一般社団法人」の設立に向けての事務処理

「一般社団法人」の設立に向けての事務処理。定款を作り、委任状をもらい、印鑑証明をもらい、実質的支配者の申告書を作る。事前に「静岡地方法務局 浜松合同公証役場」にFAXして確認してもらう。それでチェック完了。

こういうのは、一気呵成にやらないと、えんえんと時間ばかりかかる。

明日、「公証役場」に訪問して定款の認証を受ける。それから法務局に出向いて登記。謄本を取る。実質3日あれば、一般社団法人の設立は可能、ということが体験できた。

そこまでは、事務処理だから難しくはない。手間が少しかかるだけ。これまで、有限会社、株式会社、特定非営利活動法人、そして一般社団法人とつくってきたことになる。

問題は、事業の中身をいかにしていくかという経営だ。これからの課題が山程ある。そこは、現実にぶち当たりながら進めていく。ダメだと思ったら、大怪我しないうちに、即、撤退となるけど。

お兄ちゃんたちが遊んでくれた

きょうは、お兄ちゃんたちが遊んでくれた。

──公園で声がするよ。友だちがいるかなあ。
「じゃあ、行ってみようか」。
──いく。いく。急げ急げ。帰っちゃうかもしれないから。

「でも、男の子たちの声がするよ。遊んでくれるかなあ」。
──きっと大丈夫だよ。遊んでくれるよ。あかりは楽観的だ。ついてみたら、男の子たちばかり。みんなでキャッチボールしてた。思い切って声をかけてみた。
「ねえ。きみたち。あかりと遊んでくれるかなあ。まだ3つなんだけど」
─いいですよ。遊びましょう。男の子たちは切り替えが早い。あかりを囲んで、おもちゃを組み立てて、一緒に遊んでくれた。みんな小学校5年生という。野球の話から、サッカーの話から活発に話をしながら、おもちゃを組み立ててくれた。「10連休があるよね。どうするの」
──でもたくさん、宿題があるんです。
「宿題なんて、どうして必要なのかねえ」──なにか、生きていくために大切らしいんですよ。
「ふ〜ん。そうかあ。でも、火の熾し方とか、木の登り方とか、キャンプの仕方とか、そういうののほうが大事なんだと思うけど」
──そうなんですよ。そういう勉強をやりたいんですよ。「また、あかりと遊んでくれるかなあ」。
──いいですよ。いつでも遊びますよ。ぼくら、ひまだし。

そんなやりとりができた。楽しい出会いだった。

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一人暮らしのお年寄りと子どもとの出会いの場があるといい

あかりは、朝から幼稚園。同級生は3名。時間は9時から11時まで。 それ以降は、近くの保育所で16時までみてもらう。迎えに行った帰りに、近くの私設の「まほろば図書館」に寄る。

男の子たちがいて、将棋を指していた。あかりには、紙芝居と絵本の読み聞かせ。でも、紙芝居は、ストーリーがおもしろくない。結局、紙芝居をくぐる「貞子」(テレビから姿を現す恐ろしい映画、リング)になってしまった。(こちらは、昨年の写真)
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私設の図書館なので、 当番はボランティア。今日は70代後半のおばさまで、初めてだという。1年前にご主人を亡くし、子供もいないので一人暮らし。やることもない、何をしていいかわからない、寂しいと言っておられた。あかりに折り紙を教えてもらうことにした。

山里は、こうして、一人暮らしのお年寄りが増えている。みなさん、体も元気だし頭も冴えているが、特にやる仕事もないし、気軽におしゃべりできる友人が近くにいるわけでもない。
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一方で、山里は子供が極端に少ない。子供は子供同士の遊びがいい。遊ぶ場所は豊かな自然の中、ふんだんにある。けれども、 遊び友達がいない。暇とエネルギーをもてあます。お母さんは、ストレスフルになる。そのストレスがお父さんにもアタックする。みんなストレスに。子供は子供同士で遊びができる場があるといい。そこは親子が自由に遊べる安全な場所。お母さん同士が、話ができる。情報交換ができる。なにかかとサポートしあえる。親が交代で子供をみる。そうした場所づくりをしたいと思っている。
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さらには、こうした一人暮らしのお年寄りと子どもとの出会いの場があるといい。 たいせつなのは、点と点をつなぐこと。いまその企画しているところ。

いわば「 春野のアウトドア体験スクール─春夏秋冬を通して自然のなかでをあそぶ」企画。

幼稚園・小学校だけでは体験できない遊びができる。まちなかでは体験できない冒険的なワクワク体験が得られる。お母さんたちの、負担も軽くなる。子ども大人も、地元も移住者も、お年寄りも参加できる。いろいろな人が出会い、語り合い、作業し、交流できる。親同士、子供同士が親しくなることで、交流の機会が増えていく。地元と移住者の家族、まちなかの家族との交流の場を作っていけたらいいいな、と思う。

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毎日ストレッチ

毎日、この鉄棒と机を利用して、片足を乗せて、ぎりぎりと足の筋を伸ばしている。なかなか痛くて気持ちいい。

ストレッチは、休まずにつづけていけば、かならず伸びてくる。Y字バランスくらいはできるようになってきた。目標開脚180°。

足の可動域は広がる。インナーマッスルを鍛えることになる。筋トレは、草刈りとかもろもろの片付け作業。あとは、ひたすらストレッチ。これからストレッチの探求。

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あまりも時間がかかりそうなので、すでに万瀬の集落で加工は諦めて、転進をすすめた

インドネシア家族の磐田市万瀬集落におけるハラール食品加工について、大臣官房予算課や農村都市振興局などとやりとりをしていた。
あまりも時間がかかりそうなので、すでに万瀬の集落で加工は諦めて、転身をすすめた。過疎化対策、六次作業、国際社会への展開など、可能性が満載なのに、もったいない話と思っている。
自体は動く可能性はあるとは思うが、「あまりに時間がかかりすぎる」。ためにもう、あきらめたほうが得策。
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しかし、「一般的」な補助金の解釈については、再度、国に対して確認しておこうと思った。
大臣官房経理補助金班とのやりとりでは、「補助金交付の当初の目的通りに使ってもらえば、所有者が変わったとしても、補助金を出した効果がある。国が補助金を出した効果が続いていくわけだから、問題ない。」(2019.4/13)と言われた。
また、農村都市振興局都市農村交流課とのやりとり(2019.4/19の電話)でも、その大枠は問題ないと確認してもらった。
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大枠では目的に反しない限り、施設は貸すことが可能という認識でいる。事業主体として、インドネシア家族が適確かどうか、精査する必要はもちろんあるが。
磐田市の農林水産課は、「国の考えに遵守する」という。しかし、私のような素人が伝えても、動かず。そこで、国から伝えてもらえたいと思った。
「文書」にて、「補助金交付の当初の目的通りに使ってもらえば、所有者が変わったとしても、補助金を出した効果がある。国が補助金を出した効果が続いていくわけだから、問題ない。」ということを書いてもらえばいいと。
もちろん、個別の事業をみてみなさい(関東農政局農村振興部農村計画課が担当)と、はっきりしたことは言えないと思うが。
「貸してはいけない」という規定があるにもかかわらず、好意で施設を貸してくれる契約した集落の責任は、ないとはいえない。しかし、責任を論じあっても双方益なし。時間がもったいない。次に活かすしかない。
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そして、国からのその回答の一部。
補助金等により取得し、又は効用の増加した財産の処分等の承認基準について』という通知の中で「長期利用財産」の財産処分にかかる記載の中に、無償で譲渡や無償で貸付けを行う場合の国庫納付がいらない部分の記載の中に、‘補助条件を承継する場合’という項目があること(当該通知の別表3)
「利用困難財産」の財産処分にかかる記載の中に、無償で譲渡を行う場合の国庫納付がいらない部分の記載の中に、‘補助条件を継承する場合’という項目があること(当該通知の別表4)によるものです。
つまり、場合によって、国庫納付を要せずに譲渡や貸付けを行うことができるケースがあり得るということです。本件がそれに該当するかは、ひとつひとつ判断をしなければなりません。あくまでも一般的解釈として、財産処分の中にはそういった場合もあり得るということです。
送付いただいている磐田市ご担当とのやり取りを拝見すると、担当者はこういったことはよくお分かりのように見受けられるため、このことを改めてお伝えしていただいても、状況は変わらないように思えます。(一部)
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さっと読んでも、なかかなかわかりにくい。「国庫納付を要せずに譲渡や貸付けを行うことができるケースがあり得るとい。本件がそれに該当するかは、ひとつひとつ判断をしなければなりません」とある。
しかし、いろいろ読み解いていくのは、疲れるというか、自分には時間がないので、これにて完了。
が、農政局やら磐田市農林水産課に、個別に聞いてくれているようだ。残念ながら、こちらには、もう時間なし。次の自分の仕事にエネルギーを集中するのみ。

さっと読んでも、なかかなかわかりにくい。「国庫納付を要せずに譲渡や貸付けを行うことができるケースがあり得るとい。本件がそれに該当するかは、ひとつひとつ判断をしなければなりません」とある。
しかし、いろいろ読み解いていくのは、疲れるというか、自分には時間がないので、これにて完了。
が、農政局やら磐田市農林水産課に、個別に聞いてくれているようだ。残念ながら、こちらには、もう時間なし。次の自分の仕事にエネルギーを集中するのみ。
とんとん拍子にうまくいったという矢先に、実は落とし穴があること。ボタンをかけちがえると、もういくら努力してもダメなこと。それ体験させてもらった。次に活かすのみ。

登記の仕事やら人の手配やら


ビジョンと総論は夢であり、それにあわせて頭の中で図面を描くので、そこには整合性がある。
 
しかし、この世界は3次元だ。現実論、各論になると、自分以外の人の動きが入ってくる。そこは、手間がかかって大変。そこでへたってしまいそうになる。
 
①建物を購入して事業を継承したい。しかし、じつはその建物の登記がされていなかった。それだと、第三者に対抗できず不安定な位置にあったわけだ。びっくり。
 
②そのために、いまの所有者に登記してもらなくちゃいけない。がある。そこでこちらで、段取りする。
 
③登記には「表示登記」「保存登記」「所有権の移転登記」「表示登記」は、土家屋調査士の仕事。「保存登記」「所有権の移転登記」は、司法書士の仕事。のこり2つは、こちらでもできる。
 
④だが、「表示登記」するには、建築図面、設計図、確認書も引き渡しなど、いろいろ必要書類ある。増築など少しでもあると、これまた厄介。できないことはないけど、時間がかかる。
 
⑤ということで、土家屋調査士をさがして仕事を依頼した。
 
⑥建物の表示登記を先行させながら、こちらで保存登記と、所有権登記を行う。同時に、新会社設立のための準備。さらには、人の手配の交渉ごとにはいる。
 
⑦田舎暮らし人生、移住して9年。こんなにいろいろと忙しくなるとは思わなかった。

よきサマリア人(びと)の喩え

経典は、ファンタジー(幻か空想)すぎるか、哲学的・論理的、あるいは論理飛躍がものすごくて、なかなか理解が難しい。(原始仏典は別だけど)
たまに『新約聖書』読むと、イエスの言葉はとてもわかりやすい。「よきサマリア人(びと)」の喩えなど、とてもいい。すこし池谷が省いて紹介。
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あるとき、律法学者(神との決まりごとを解釈する人)がイエスに聞いた。
「どうしたら、永遠の生命が受けられるか」(律法学者)
「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むのか」(イエス
「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』とある(律法学者)」
「その答は正しい。あなたは、そのとおり行えばいい。そうすれば、永遠の生命が得られる」(イエス
「では、聞く。隣人とは、だれのことか」(律法学者)
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エスは次のように、喩え話を語る。
「ある人がエルサレムからエリコに行く途中、強盗に襲われて着物をはぎ取られ、傷を負い、半殺しにされた。
そこに、ひとりの祭司が通りすがった。しかし、この人を見ると去っていった。
レビ人もこの場にさしかかったが、彼を見ると去っていった。
あるサマリヤ人が、通りがかった。彼は、近寄ってきてその傷にオリーブ油とぶどう酒(当時はとても貴重品)を注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
翌日、労働の二日分の賃金を宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってくれ。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払う』と言った。
さて、この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣人になったと思うか」。
「その人に慈悲深い行いをしたサマリア人です」(律法学者)
「あなたの隣人を愛せよとは、かのサマリア人のような人なのだ。あなたも行って、同じようにするがいい」(イエス
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まあ、ぼくはそこまでできないけれど、縁があれば、なんとか役に立ちたいと思う。
しかし、そのチャンスがいざ来たとき、できるかなあ……。
「あ、いまいそがしい」「あ、いまそれころじゃない」「あ、いま疲れている」と、なかなか実践できない。
まあ、「それでもいいよ。できることだけをやればいい。できなくっても構わない。そんなものだよ、人間ってのは」とイエスは、言ってくれそうだけど。

戦争と原発はなぜ止まらないのか

「戦争は殺しあい。勝っても負けても悲劇」。そう思うのだが、戦争は起きる。止まらない。「原発は危ない。事故が起きたら取り返しがつかない。だから停止しよう」。そう思うのだが、停止しない。再開発しようという。

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祖国を守る。アジアに平和楽土を建設する。そんなスローガンで戦った太平洋戦争であった。しかし、無残な結末を迎えた。東京大空襲では一夜にして、約10万人の命が奪われた。100万人以上が焼け出された。戦没者310万人。戦禍による死者は、全アジアにおいて、一千万人以上に及んだ。

日本は、連合国に無条件降伏した。いまなお、日米地位協定はつづき、アメリカによる支配を受け続けている。日本人の精神性の弱体化、伝統文化の衰退が起きた。沖縄の基地問題従軍慰安婦の問題、 戦争の傷跡は残っている。

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かつての帝国主義の時代には、スペインやポルトガルによって南米やアフリカは植民地化された。アヘン戦争によって隣の清国はイギリスに支配され、西洋列強に切り刻まれた。日本もまた、このままでは植民地となる。 だから国を守らなければならない。祖国防衛のために戦う。それが正義とされた。

明治維新を迎え、富国強兵の道を歩み、朝鮮を支配し、日清戦争、そして日露戦争とつづく。 それは、祖国防衛のための戦争という思いがあったろうか。(防衛のために、外地に転戦していくのは、おかしいと思うが)

日本は、幸いにも日露戦争の勝利によって、一等国となった、アジアの盟主になった、と調子に乗っていく。日本の正義をアジアの国に示そうとし、「八紘一宇」、王道楽土を建設しようとした。拡大に次ぐ拡大で、短期的には成功した。しかし、アメリカの物量作戦と総合力で粉砕されたのであった。

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そして迎えた無条件降伏。もう二度と戦争をしない国にしよう。 そのためには「軍備を持たない」という憲法を作った、作らされた。

しかし経緯はともあれ、 多くの国民が「もう戦争したくない、二度と戦争はごめんだ」という気持ちがあった。

だが、戦争が終わって70年余。憲法を改正しようという動きがある。再び戦争の準備を始めようとしている流れが感じられる。

もちろん丸腰では国は守れない。近隣の国で、他国を侵略しようという動きもないことはない。日本にミサイルを向けている国もある。領土の争いも現実に起きている。

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しかし、戦争というものの本質を見てみると、「戦争をしないと経済が循環しない」といった軍産複合の構造があると思われる。

アメリカなど、まさにそういった構造に仕組まれており、世界のどこかで戦争が起きないと経済が循環しないようになっているのではなかろうか。

国を守るとか正義とか平和とかいうけれども、それはスローガン。内実は、自分たちが食っていくため、 自分たちが至福を肥やそうという動きが背後にあるのではないか。そこを見ていきたい。

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原発も同様で、 この地震大国日本にあって、 55基も原発があるのは、つねに一触即発の危機があるということだ。

福島原発の爆発による放射能の垂れ流しは、終わっていない。溶け落ちた核燃料(デブリ)が、どこに行ってしまったか、わからない。いまも汚染物質が海に垂れ流されている。それが終わるのは、何万年か何十万年後かというようなレベルである。

にもかかわらず、原発を再開発しようという動きが各地で起きている。それは、電力重要の問題もあるが、国や電力会社による補助金漬けになった自治体の構造の転換は難しい、という問題がある。

原発が止まると暮らしが立ち行かなくなる。だから原発は再開してもらいたいわけだ。

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たとえば静岡でいえば御前崎市浜岡原発による補助金は、この50年で500億円になる。一般会計の歳入に占める中部電関連の予算額の比率は264%。さらには、裾野の経済効果は莫大なもので、 原発が止まるとその効果はなくなってしまう。補助金依存体質になっている。

そこで、御前崎市などは、巨大な産業廃棄物の施設を作ろうとしている。そのことによって経済は循環し雇用が拡大し生活が豊かになると市長は言う。

それに対して猛反発し、住民条例で住民投票しようという動きがある。見守っていきたい動きである。

渋沢栄一と春野町


渋沢栄一が、新1万円札の肖像に使われることにきまった。「この春野町は渋沢栄一と縁がある。どういうつながりがあったのか、その軸から村の歴史を探求してみたい」。郷土史家の木下恒夫(83歳)さんから相談を受けた。
 木下恒夫さんは、すでに1年かけて春野町と王子製紙の本「山里にやってきた文明開花」を執筆されている。
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春野町という集落が形成された源泉には、洋紙を生産する製紙工場(王子製紙)の設立にある。第一国立銀行を設立した渋沢栄一が中心となって作った企業である。日本で最初の木材パルプによね製紙工場だ。1889年のことである。
天竜川の支流・気田川の上流域には、木材パルプの原料に適したモミ・ツガなどが豊富にあり、その官林・民有林の入手が可能であったたことが、王子製紙の気田村進出の最大の理由であった。
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王子製紙ができたことで、多くの雇用が発生した。全国から仕事を求めて気田の村にやってきた。それが、春野町の源である。
渋沢栄一王子製紙、この村の歴史とを連動して何か企画ができないか、みんなで学び合い運動を起こしていけないか。
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さて、何を軸にして、探求していったら面白いだろうか。つぎの3つを考えた。
一つは、「王子製紙と集落の形成」。
一つには、「報徳思想」。
一つには、「経済に波に乗った人と乗れなかった人の格差」。
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渋沢栄一は日本資本主義の父ともいわれるが、たんに金儲けだけに走ったわけではない。その根底には、二宮尊徳を源泉とする「報徳思想」がある。
経済の繁栄とともに、多くの人に分かちあう。自らの人格を陶冶し、家と地域が整い、国が治まり、平和が訪れるという考えである。
二宮尊徳報徳思想が根付いたのは、この遠州である。掛川市にあっては大日本報徳社があり、隣町の森町や磐田市でも、経済思想の根底には、報徳思想があるのかもしれない。そのあたりを視野に入れた勉強会をしてみたらどうか。
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日本は戦争に大敗し、アメリカの経済発展、物質至上主義がすばらしいということで、欧米に「追いつき追い越せ」勤勉に働いてきた。
やがて、高度経済成長し、バブル期を迎えて、全世界の上位30社のほとんどは日本が占めるというほどの金持ち国家になった。しかし、それから30年、いまほとんど影がない。
「再びその夢をもう一度」ということは、もはやありえない。経済の根底に道徳があり、道徳なき経済は野蛮であるという考え方をもとに、渋沢栄一が日本資本主義を発展させた。
そのあたりを、この春野というフィールドで現実的にどうであったのか、その光と影を探求して学び合っていったら面白いと思う。

Googleの音声入力文字変換で文章を作る

ぼくの仕事のほとんどは、文章を作る、書類をつくること。

作文するのは、「Googleの音声入力文字変換」で文章を作る。あるいは散歩中、運転中移動中はiPhoneのソフト(speechy)で音声入力文字変換する。それで文章の大方は作ってしまう。

それでも、推敲と文字校正は、行う。他人に読んでもらうのが一番いい。大事な文章は妻が読んでチェックしてくれる。

気楽なのは、パソコンの「音声読み上げ機能」で読み上げてもらう。これで、すこしは校正はラクになった。

作文というの、手を付けることにハードルの高さがある。どうしても後回しにしてしまう。そこで、「Googleの音声入力文字変換」によって、ハードルはとても低くなった。

企画書でも、報告書でも、投稿でも、お願い文書でも、まずは「音声入力文字変換」で手をつける。とりあえずスタートする。

あとはゆっくり手直ししていけばいい。手をつければ、始まる。始まれば、いつか終わる。始めない限り終わらない。そういう作文スタイルとなった。

うちの事務所からいずれも徒歩3分くらいの所

春野の山里の春を切り取ってみた。うちの事務所からいずれも徒歩3分くらいの所。いいところだけ切り取っているので、さぞかし桃源郷のように見えるかもしれないけど、現実は、さにあらず。しかし、いずこに暮らしても、住めば都だ。

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泥遊び、砂山づくり、そしてブランコ

泥遊び、砂山づくり、そしてブランコ。このお兄ちゃん(小6)は、いつもやさしい。そして、あかりの動きをよく観察して、ケガをしないように手を添え支えてくれる。

このあたりの動きを見ると、ほんとうにすごいなあと感銘する。ぼくの小さい頃など、そんなふうに相手の動きに気がついて、支えるなどということはなかった。ひとりよがりで生きてきたからね。

泥の山に泥のケーキづくりが楽しそうで、なかなか帰ろうとしない。何時間も遊んでくれた。ありがたいなあ。この次は、赤土など粘土質の土を探してきて、「泥団子づくり」に挑戦してみたい。

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非接触型スキャナーで全ページスキャン テキスト化する

繰り返し読み続けている本に「神々の明治維新神仏分離廃仏毀釈安丸良夫著、岩波新書、1979年刊)がある。名著だ。
もっと活用しようとして、非接触型スキャナーで全ページスキャンした。PDFデータとなる。それをGoogleDriveに保管して、GoogleDocumentで開くと、9割5部、テキストに変換される。すごい精度だ。およそ12万5千字(およそ原稿用紙350枚)だ。
それをJedit(テキスト型Editor)に入れると、瞬時に検索できる。たとえば、津和野藩の神仏分離についてはどうだったかな、太宰春台と荻生徂徠については、どうだったかな、などと単語を入れれば、瞬時に検索してくれる。ひとつの自テンとして機能するわけだ。
このようにして、なんども読み込んでいく本は、スキャナーでテキストにして活用するという方法がある。ちなみに、本はいつもサイドラインを引きなが読むのだが、スキャンを考えて、黄色のダーマト引くことにしている。黄色だと、スキャンの邪魔にならないからだ。

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インドネシア家族による万瀬の食品加工所が暗礁に乗り上げた。

インドネシア家族による食品加工所が暗礁に乗り上げた。さきほど、山里の集落から撤退をきめた。かれらにも、そのように伝えた。行政からの結論が出るまで、時間がかかりすぎるからだ。こちらは、時間もエネルギーも余裕ない。以下、かんたんに流れを書く。

①友人のインドネシア家族(3世帯8名)が、ハラールムスリムのための食品)加工所を探していた。それをうけて探してみつけたのが、磐田市万瀬という山奥の集落の加工所であった。

②集落は「ぼうらや」という施設と「食品加工所」を所有している。いずれも、補助金でつくられたものだ。「ぼうらや」は昨年の4月に閉店。「食品加工所」は、年に一度使うかどうかのレベル。今後の活用もなさそうな施設。

③「ぼうらや」は、友人(杉山さん)が賃貸契約して、いま新規オープンしてよみがえりの動き見せている。その流れで、「食品加工所」も借りることができた、村人全員とインドネシア家族交流会も行い、建物の賃貸借契約も結んだ。保健所の許可もおりた。

④ところが、行政から「待った」がかかった。その理由は、加工施設は国と市が補助金を出したものであり、その「しばり」の期間が24年、まだ14年しかたっていない。補助金を出すときの要項に、「他に貸してはならない」という規定がある。規定がある以上、貸せないという。

⑤「ぼうらや」も補助金でつくられている。にもかかわらず「貸している」。その整合性はどうなっているのだろうか。

⑥しらべたら、「ぼうらや」は、合併前の旧豊岡村が補助したものであり、「他に貸してはならない」という規定がない。さらには、数年前に集落が買い取って、名義変更している。名義変更してある以上、行政がとやかく言う筋合いではない。

⑦ところが「食品加工所」のほうは、磐田市と県と国が補助したもので、性格が違う。「他に貸してはならない」という規定がある。その規定のことを知らずに、集落は貸す契約をしたわけだ。そこがそもそも間違いであった。そこで、集落の代表と市と会議をもった。磐田市役所は、規定から一歩も出ない。

⑧そもそもの「規定」を見せてもらう。よく読むと、「補助の目的に合うのであれば、貸すことができると」読むことができる。しかし、市に問いあわせてもラチが明かない。えんえんとやりあっても、時間とエネルギーの消耗だ。

⑨そこで、国とやり取りすことにした。いきなり「農水大臣官房経理課補助班」と「農村都市振興局都市農村交流課」の官僚に確認した。かれらは「当初の補助目的に反しなければ、事業主体が変わっても問題ない」という。総論では「池谷の言うとおりだ」という。じゃあ、貸してもいいということになる。市は国に遵守するという。

⑩しかしだ、まず事業の精査をしなくてはならない。次は「関東農政局農村振興部農村計画課」とやりとりしてほしいという。そうなると、いちいちまた書類を書いたり、事情の変更申請したり。インドネシア家族の計画が事業目的に合うかどうか、審査したりがはじまる。

⑪たぶん、承認されるだろう。ハラールの食品加工の仕事に入ることができると思っている。しかし、待たされる。そのために一か月も二ヶ月も三ヶ月も……。

⑫ぼくも、インドネシア家族も時間がない。次に転身したほうがよさそうだ。ぼくは、もうここで打ち切り。この経験を元にして、もっと有効な土地を、場所を見つけて、展開していくことになると思う。ぼくの務めはここでおしまい。この件は、これはこれで、完了。自分の事業にすすむ。

⑬このことはもひとつの事例となる。全国にある過疎地の遊休施設は、だれも使わず、使われず、借りて活用したい人がいても、「規定」がどうのということで貸すことができず、いたずらに老朽化して、解体していく。せっかくの過疎地の活性化、国際化、六次産業、異文化理解、インバウンドのチャンスは生かせなかった。そもそも、一番目のボタンの掛け違いということであった。

⑭この体験を次に活かすためには、貸してくれる相手は、そもそも誰なのか。どういう経緯でできた建物なのか。どういう縛りがあるのか、そのあたりを見極めることが大切。ま、そのあたりも含めて、外務省、内閣府にきちんと伝えて、事例として理解をしてもらおう。ま、そこまでやってもいい。

⑮事業そのものは撤退したわけではない、万瀬という集落から撤退ということだ。ともあれ「縁」がなかったと思うことにした。もしも「縁」があれば、磐田市のほうから、「お願いします、ぜひ使ってください」ということになるだろう。インシャ・アッラー(神の御心のままに。神の思し召しのままに)。

仕事はもちろん、妻ともチャットでやり取り

「親愛」「リアルティ」が大切。そして、プロジェクトを進めるには、「やりとり」がたいせつ。やりとりが止まると、プロジェクトは止まる。リアリティも欠落する。親愛度も疎かになる。
「これやっといて」「了解」。「ここまでやった」「これどうなった?」。「ここが課題」。
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いますすめている新法人設立プロジェクトや、家庭内のことも、チャットでやり取りしている。
電話が手っとり早いし、顔を合わせての打ち合わせは大切。しかし、時間の調整もかんたんではない。遠隔地で会うのが難しかったりする。
さらに、口頭だけでは、「言った」「言わない」「聞いてない」という問題はつねに起こる。仕事はもちろん、家庭内でも起こる。
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だから、仕事はもちろん、妻ともチャットでやり取りしている。一見、手間だし面倒だが、正確。残る。「言った」「言わない」問題は起きにくい。
遠方の友人とは、チャットを踏まえてスカイプでやりとりする。さらに、数名に渡るときには、ZOOMをつかって顔を見ながら電子テレビ会議を使う。
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さらに業務日誌を克明に記録する。TextEditorにいれておけば、いつ、だれに会った。どこであった。どういうことを決めた。話した。など、20年分(原稿用紙にして1万3千枚)からほんの数秒で瞬時に一覧表示で検索結果を示してくれる。