過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「未済」をもって終わりとするところに古代の知恵の深さが

尊敬する学者に河合隼雄さんがいる。河合隼雄さんを通して、心理学、とくにユングの思想を学んでいる。河合さんの講演とフルートのコンサートを一番前の席でお聞きした。13年前のことであった。その1か月後、河合さんは脳こうそくで倒れて、一年後に亡くなった。

河合隼雄さんの、「老いる」とはどういうことか、から最後のところを引用。文のしまい方も絶妙だ。
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老人の知恵というとすぐに想起する書物に『易経』がある。三千年も昔に中国で書かれた書物であるが、今読んでもまったく素晴らしいものである。

現在では、「易」というと易者のする占いのことと考える人が多いと思うが、『易経』は、もともとそのようなことを意図したものではない。

人間が自然現象を見るときに、山は山、川は川、と別々に見るのが普通である。それをさらに細かく細かく分類していって区別を明らかにし、それらの関係を明らかにしてゆく、という見方がある。そのような見方を洗練していったのが西洋近代に起こった自然科学である。

これに対して、山も川もすべてを全体として把え、そこに自然の流れとでもいうべき姿を見ようとする見方がある。そのような見方によって把握した根源的なイメージが『易経』のなかに描かれているのである。これはまさに、老人の知恵と呼びたい性格をもっている。

ところで、『易経』の六十四番目の卦は「未済」で、文字どおり未だととのわず、話はこれからというイメージである。そのひとつ前の六十三は「既済」で、ものごとすべて成るというイメージである。

なんだか変な感じだが、よく考えてみると、「既済」を最後に置かず、あえてて「未済」をもって終わりとするところに古代の知恵の深さが感じられるのである。

それにならって、本書も「未済」をもって終わりにさせていただく。
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「老いる」とはどういうことか(河合隼雄著 講談社+X文庫)

ひとりで、洗面器の水で顔をあらえるようになった

あかりは、ひとりでお風呂に入れるようになった。
「お父ちゃんとは入らない」と言い張る。恥ずかしいからじゃなくて、「お父ちゃんは。ちゃんと遊んでくれないから」という。
ぶくぶくと溺れないように、心配なので、外から見守っているが。

ひとりで、洗面器の水で顔をあらえるようになった。それを見せたくて呼びに来る。

─見てみて。顔を洗えるよ。お父ちゃん、見せてあげる。「かおがあらえるようになったじゃん」って言って。
─おお、すごいね。たいしたものだね。「かおがあらえるようになったじゃん」。
感心してみていたら、こう言う。
─お父ちゃんはもういいよ。行って、行って。お母ちゃんは、ずっとみていて。

なんどもなんども洗っていた。びちゃぴちゃ、ざぶざぶ。あかりにとっても、大きな達成感なんだなぁ。

─今日もあしたも、ずっと洗うから。年少さん(幼稚園)になったから、もう顔が洗えるんだよ。

ひとりで顔が洗えるようになった。ひとりでお風呂で遊べるようにもなった。
トイレだって、こないだ図書館に行ったら、ひとりでうんちができるようになった。
─すごいねー。大きなのをしたねー。くっちゃいねー。

あかりは、来月には4つになるわけだ。

たくさん笑って、たくさん泣く。

子どもは、いつも遊んでいる。
たくさん笑って、たくさん泣く。

風船を膨らせませてあげた。
遊んでいる時に、パチンと割れた。びっくりした。
─あかりちゃんは、びっくりしなかったよ。
─それは、すごいね。たくましくなったね。おとうちゃんは、びっくりしたよ。
─あかりちゃん、大人でしょう。お父ちゃんはびっくりしたんだから、子どもだね。

そう楽しそうに笑った。
でも、ナポリタンを食べていて、ミートソースをこぼして着物をよごして、お母ちゃんに叱られた。それで大泣きしていた。

 

日本海軍の脆さ。百田尚樹「永遠の0」から

日本海軍の脆さ。作戦を考えた大本営や軍令部の人たちにとっては、自分が死ぬ心配が一切ない作戦だった。兵隊が死ぬ作戦なら、いくらでも無茶苦茶な作戦を立てられる。ところが、自分が前線の指揮官になっていて、自分が死ぬ可能性がある時は、逆にものすごく弱気になる。勝ち戦でも、反撃を怖れて、すぐに退く。
百田尚樹永遠の0」から、一部抜書き。
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「私、太平洋戦争のことで、いろいろ調べてみたの。それで、一つ気がついたことがあるの」
「何?」
「海軍の将官クラスの弱気なことよ」
「日本軍て、強気一点張りの作戦をとってばかりじゃなかったのかな」
「強気というよりも、無謀というか、命知らずの作戦をいっぱいとっているのよね。ガダルカナルもそうだし、ニューギニアの戦いもそうだし、マリアナ沖海戦もレイテ沖海戦もそう。有名なインパールもそう。
でもね、ここで忘れちゃいけないのは、これらの作戦を考えた大本営や軍令部の人たちにとっては、自分が死ぬ心配が一切ない作戦だったことよ」
「兵隊が死ぬ作戦なら、いくらでも無茶苦茶な作戦を立てられるわけか」
「そう。ところが、自分が前線の指揮官になっていて、自分が死ぬ可能性がある時は、逆にものすごく弱気になる。勝ち戦でも、反撃を怖れて、すぐに退くのよ」
「なるほど」
「弱気というのか、慎重というのか――たとえば真珠湾攻撃の時に、現場の指揮官クラスは第三次攻撃隊を送りましょうと言ってるのに、南雲長官は一目散に逃げ帰っている。
珊瑚海海戦でも、敵空母のレキシントンを沈めた後、井上長官はポートモレスビー上陸部隊を引き揚げさせている。もともとの作戦が上陸部隊支援にもかかわらずよ。
ガダルカナル緒戦の第一次ソロモン海戦でも三川長官は敵艦隊をやっつけた後、それで満足して敵輸送船団を追いつめずに撤退している。そもそもは敵輸送船団の撃破が目的だったのに。この時、輸送船団を沈めていれば、後のガダルカナルの悲劇はなかったかもしれない。
ハルゼーが言っていたらしいけど、日本軍にもう一押しされていたらやられていた戦いは相当あったようよ。その極めつけが、さっき聞いたレイテ海戦の栗田長官の反転よ」
姉の口から詳しい戦記の話が出てきたので驚いた。相当、様々な本を読んだのだなと思った。
「なぜ、そんなに弱気な軍人が多いの」とぼくは聞いた。「多分、それは個人の資質の問題なのだろうけど、でも海軍の場合、そういう長官が多すぎる気がするのよ。だからもしかしたら構造的なものがあったと思う」
「どういうこと」
将官クラスは、海軍兵学校を出た優秀な士官の中から更に選抜されて海軍大学校を出たエリートたちよ。言うなれば選りすぐりの超エリートというわけね。これは私の個人的意見だけど、彼らはエリートゆえに弱気だったんじゃないかって気がするの。もしかしたら、彼らの頭には常に出世という考えがあったような気がしてならないの」
「出世だって――戦争しながら?」
「穿ちすぎかもしれないけど、そうとしか思えないフシがありすぎるのよ。個々の戦いを調べていくと、どうやって敵を撃ち破るかではなくて、いかにして大きなミスをしないようにするかということを第一に考えて戦っている気がしてならないの。
たとえば井崎さんが言ってたように、海軍の長官の勲章の査定は軍艦を沈めることが一番のポイントだから、艦艇修理用のドックを破壊しても、石油タンクを破壊しても、輸送船を沈めても、そんなのは大して査定ポイントが上がらないのよ。だからいつも後回しにされる―」
「でも、だからって、出世を考えていると言うことはないんじゃないかな」
「たしかに穿ちすぎた考えかも知れない。でも十代半ばに海軍兵学校に入り、ものすごい競争を勝ち抜いてきたエリートたちは、狭い海軍の世界の競争の中で生きてきて、体中に出世意欲のことが染みついていたと考えるのは不自然かな。特に際立った優等生だった将官クラスはその気持ちが強かったように思うんだけどー。
太平洋戦争当時の長官クラスは皆、五十歳以上でしょう。実は海軍は日本海海戦から四十年近くも海戦をしていないのよ。つまり長官クラスは海軍に入ってから、太平洋戦争までずっと実戦を一つも経験せずに、海軍内での出世競争の世界だけで生きてきた」
ぼくは心の中で唸った。姉の意外な知識の豊富さにも驚かされたが、それ以上に感心したのが、鋭い視点だった。
姉は続けた。
「当時の海軍について調べてみると、あることに気がついたのよ。それは日本海軍の人事は基本的に海軍兵学校の席次─ハンモックナンバーって言うらしいけど、それがものを言うってこと」
「卒業成績が一生を決めるってことだね」
「そう。つまり試験の優等生がそのまま出世していくのよ。今の官僚と同じね。あとは大きなミスさえしなければ出世していく。極論かもしれないけど、ペーパーテストによる優等生って、マニュアルにはものすごく強い反面、マニュアルにない状況には脆い部分があると思うのよ。それともう一つ、自分の考えが間違っていると思わないこと」
ぼくは背もたれに寄りかかっていた上半身を起こした。
「戦争という常に予測不可能な状況に対する指揮官がペーパーテストの成績で決められていたというわけか」
「私は、日本海軍の脆さって、そういうところにあったんじゃないかなと思うの」
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永遠の0」(百田尚樹著)より
このあたり、かなり本質を突いていると思うのだが。

百田尚樹の「永遠の0」から知る戦争の状況。ガダカナルの悲劇。

「立つことの出来る者は三十日、座ることの出来る者は三週間、寝たきりになった者は一週間、寝たまま小便する者は三日、ものを言わなくなった者は二日、まばたきしなくなった者は一日の命」
百田尚樹の「永遠の0」から知る戦争の状況。昨日に続いて。今回は、ガダカナルの悲劇。
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しかし結果は――話すのも辛いことですが、一木支隊は最初の夜襲で全滅しました。米軍の圧倒的火力の前に、日本軍の肉弾突撃はまったく通用しなかったのです。
日本陸軍の戦いの基本は銃剣突撃です。捨て身で敵陣に乗り込み、銃剣で敵兵を刺し殺して戦うという戦い方です。対する米軍は重砲、それに重機関銃軽機関銃です。米軍は日本兵に向かって砲弾を雨あられと降らせ、白兵突撃してくる日本兵に機関銃を撃ちまくりました。
こんな戦いで勝てるはずもありません。言うなれば日本軍は、長篠の戦い織田信長の鉄砲隊に挑んだ武田の騎馬軍団みたいなものでした。いったいなぜこんな愚かな作戦が実行されたのでしょう。参謀本部は何を考えていたのでしょう。戦国時代のような戦い方で米軍に勝てると判断した根拠がまったくわかりません。
(中略)
突撃した約八百人中七百七十七人が一夜にして死んだと言われています。一木隊長は軍旗を焼いて自決しました。米軍の死者は数えるほどだったといいます。
一木支隊全滅の報を受けて、大本営は「それじゃあ」と送り込む兵隊を一挙に五千人にしました。これならいけるだろうと。しかし米軍はその上をいっていました。日本軍を撃退はしましたが、今後、日本軍は前回にまさる兵力を送り込んでくるだろうと予想し、守備隊を一万八千人にまで増強していたのです。
大本営の参謀たちの作戦はまったく場当たり的なものでした。最初は敵の兵力がどれくらいのものなのか調べようともせず、都合よく推算して、千人足らずの支隊で行けるだろうと。それで駄目だとなると、今度は五千人なら行けるだろうという安易な発想。これは兵力の逐次投入と言ってもっとも避けなくてはいけない戦い方です。
大本営のエリート参謀はこんなイロハも知らなかったのです。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というのは有名な孫子の兵法ですが、敵も知らずに戦おうというのですから、話になりません。
哀れなのはそんな場当たり的な作戦で、将棋の駒のように使われた兵隊たちです。二度目の攻撃でも日本軍はさんざんに打ち破られ、多くの兵隊がジャングルに逃げました。そんな彼らを今度は飢餓が襲います。
ガダルカナル島のことを「ガ島」とも呼びますが、しばしば「餓島」と書かれることがあるのはそのためです。この後、大本営は兵力の逐次投入を繰り返し、その多くの兵士たちが、飢えに苦しめられます。そして戦闘ではなく餓えで死んでいきます。
「ガ島」の兵士たちはこんな生命判断を行っていたと言われています。「立つことの出来る者は三十日、座ることの出来る者は三週間、寝たきりになった者は一週間、寝たまま小便する者は三日、ものを言わなくなった者は二日、まばたきしなくなった者は一日の命」と。
結局、総計で三万人以上の兵士を投入し、二万人の兵士がこの島で命を失いました。二万のうち戦闘で亡くなった者は五千人です。残りは飢えて亡くなったのです。生きている兵士の体にウジがわいたそうです。いかに悲惨な状況だったかおわかりでしょう。
ちなみに日本軍が「飢え」で苦しんだ作戦は他にもあります。ニューギニアでも、レイテでも、ルソンでも、インパールでも、何万人という将兵が飢えで死んでいったのです。
なぜ飢えるか、ですか。軍が食糧を用意しないからです。
日本陸軍は作戦計画にあるだけの食糧しか用意せずに兵士を戦場に送り込むのです。作戦計画の日数とは、つまりその日数で敵陣を奪い、その後の食糧はその陣地で奪えばいいし、また敵陣を乗っ取れば、その後から食糧は補充するという考え方です。
食糧のない兵士たちはあとがないだけに死に物狂いで戦うだろうと踏んでいたのでしょうか。一木支隊のあとに送り込まれた川口支隊の兵隊たちは米軍の食糧を「ルーズベルト給与」と呼んで、それを当てにしていたといいます。
しかし戦争はそう簡単に計画通りにはいきません。事実、今言った多くの戦場では、敵陣を撃滅するどころか自分たちの部隊が粉砕されて、その後、ジャングルで飢えとの戦いが始まりました。兵站は戦いの基本です。
兵站というのは、軍隊の食糧や弾薬の補給のことです。戦国時代の武将たちが戦で最も重要視したのが兵站だそうです。
ところが大本営の参謀たちはそんなことさえ考えなかったのです。彼らは皆、陸軍大学をトップクラスで出た超秀才です。当時の陸大のトップクラスは東大法学部のトップクラスにひけを取らなかったでしょう。
こうしてガダルカナルに三万人という将兵が孤立して取り残されたわけですが、それらの将兵を見殺しにするわけにはいきません。海軍は多くの艦艇を出して、ガダルカナルに弾薬や食糧を補給する任務を担いましたが、脚の遅い輸送船は島に近づく前にガダルカナルの敵飛行場からやってくる航空機の攻撃で沈められました。
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永遠の0」(百田尚樹著)より

百田尚樹「永遠の0」読了

百田尚樹永遠の0」読了。神風の特攻で散った祖父の最期を知りたいと、その孫が祖父の戦友を訪ねて聞いていく。530万部も売れたという。映画化もされた。
ストーリーそのものは、そんなにおもしろいとは感じなかった。ただ、戦争のさまざまな事実の記述において、学ぶべきところが多かった。
百田尚樹というと、右翼的で戦争賛美していると思われがちだ。しかし、この本を読んでみると、けっして特攻隊や戦争の賛美はしておはいない。人の命を軽んじた当時の軍部、愚かな戦術、戦略の虚しさが伝わる。
ブックオフで100円で買ったので、惜しみもなく裁断してScanSnapで連続スキャンした。それをGoogleDocumentでOCR(光学的文字認識)でテキストに変換。
エディターに保管しておくと、検索一覧でタテにヨコにとキーワードから読める。ぼくの中では、こうして読書の仕方は変わってきた。以下、引用。
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「あの頃の軍部は、兵隊の命など何とも思っていなかったのです。
先程、特攻隊で散った若者は四千四百人と言いましたが、沖縄戦での戦艦「大和」の海上特攻では一度の出撃で同じくらいの人が命を失っています。
「大和」の出撃は絶望的なものでした。沖縄の海岸に乗り上げて陸上砲台として上陸した米軍を砲撃するという荒唐無稽な作戦のために出撃させられたのです。
しかしそんなことが出来得るはずもありません。航空機の護衛もなく、一隻の戦艦と数隻の護衛艦が沖縄にたどり着けることなど、万が一にもあり得ないことです。
つまり「大和」もまた特攻だったのです。そしてこの特攻は「大和」の乗組員三千三百人とその他の小型艦艇の乗組員を道連れにするものでした。
この作戦を立てた参謀たちは人間の命など屁とも思わなかったのでしょう。三千三百人の乗組員たちそれぞれ家族がいて、母や妻、それに子供や兄弟がいる人間の姿を想像出来なかったのでしょう。
負けることがわかっている戦いでも、むざむざ手をこまねいているわけにはいかず、それなら特別攻撃で、意地を見せるという軍部のメンツのために「大和」と数隻の軽巡駆逐艦、それに数千人の将兵が使われたのです。
連合艦隊の誇りとも言うべき「大和」でさえ特攻で捨ててしまう作戦を立てる軍令部や連合艦隊幕僚が、予備学生を使い捨てることに躊躇するはずもありません。
うまくいけば、一人の人間と一機の飛行機で軍艦を一隻沈めることが出来るかもしれない。その一発の命中のために、数十機が無駄になっても仕方がないと思っていたのでしょう。
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永遠の0」(百田尚樹著)より

 

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常に相手に重要感を持たせること。

常に相手に重要感を持たせること。
相手に誠実な関心を寄せること。
あなたのことを知りたいと思っていると行動に表すこと。
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人間の行為に関して、重要な法則が一つある。この法則に従えば、大抵の紛争は避けられる。これを守りさえすれば、友は限りなく増え、常に幸福が味わえる。だが、この用法を破ったとなると、たちまち、果てしない紛争に巻き込まれる。

この法則とは常に相手に重要感を持たせること。

既に述べたように、ジョン・デューイ教授は、重要な人物になりたいという願望は人間の最も根強い欲求だといっている。また、ウィリアム・ジェームズ教授は、人間性の根元をなすものは、他人に認められたいという願望だと断言している。この願望が人間と動物とを区別するものであることは既に述べたとおりだが、人類の文明も、人間のこの願望によって進展してきたのである。

人間関係の法則について、哲学者は数千年にわたって思索を続けてきた。そして、その思索の中から、ただ一つの重要な教訓が生まれてきたのである。

それは決して目新しい教訓ではない。人間の歴史と同じだけ古い。

三千年前のペルシアで、ゾロアスターはこの教訓を拝火教徒に伝えた。二千四百年前の中国では、孔子がそれを説いた。道教の開祖、老子もそれを弟子たちに教えた。キリストより五百年早く、釈迦は聖なる川ガンジスのほとりで、これを説いた。それよりも千年前に、ヒンズー教聖典に、これが説かれている。

キリストは千九百年前にユダヤの岩山で、この教えを垂れた。キリストはそれを次のようなことばで説いた(世の中で最も重要な法則といえよう)

「すべて人にせられんと思うことは、人にもまたそのごとくせよ」

人間は、だれでも周囲の者に認めてもらいたいと願っている。自分の真価を認めてほしいのだ。小さいながらも、自分の世界では自分が重要な存在だと感じたいのだ。

見えすいたお世辞は聞きたくないが、心からの賞護には飢えているのだ。自分の周囲の者から、チャールズ・シュワップのいうように「心から認め、惜しみなくほめられたい」と、わたしたちは、みなそう思っているのだ。

それゆえ、あの「黄金律」に従って、人にしてもらいたいことを、人にしてやろうではないか。

では、それを、どういうぐあいに、いつ、どこでやるか?いつでも、どこででも、やってみることだ。
デール・カーネギー「人を動かす」から。)
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相手の「重要感」というと、わからないかもしれない。しかし、「あなたのことを知りたい」という誠実な関心が、相手の「重要感」を満たすことになると思う。

人は自分のことをを聞いてもらいたい、知ってもらいたい、感心してもらいたいのだと思う。ぼく自身、そうだ。

ただ、上滑りな関心、お世辞、不適確な合いの手、頓珍漢なレスポンスがあると、逆効果になったりする。

議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしかない

議論が好きなぼくとしては、耳が痛い。
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議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしかないという結論に達した。

その方法とは――議論を避けることだった。毒蛇や地震を避けるように議論を避けるのだ。

議論は、ほとんど例外なく、双方に、自説をますます正しいと確信させて終るものだ。議論に勝つことは不可能だ。

もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。

なぜかといえば仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなる?

やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう。

「議論に負けても、その人の意見は変らない」
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デールカールギー「人を動かす」より

デール・カーネギーの「人を動かす」

デール・カーネギーの「人を動かす」は世界的な超ベストセラー。
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人に嫌われたり、陰で笑われたり、軽蔑されたりしたかったら、次の条項を守るにかぎる。

一、相手の話を、決して長くは聞かない。

一、終始自分のことだけをしゃべる。

一、相手が話している間に、何か意見があれば、すぐに相手の話をさえぎる。

一、相手はこちらよりも頭の回転が鈍い。そんな人間のくだらんおしゃべりをいつまでも聞いている必要はない。話の途中で遠慮なく口をはさむ。
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ぼくは、他人にはそれはしてないつもりなんだけど、妻にはこれをしているかもしれない。

 

大企業は、大学名によって入社選抜を行っている

「しっかり勉強して、いい成績をとる」。それは、「いい学校に行くため」。「いい大学に入るため」。それは「いい会社に入るためのパスポートになる」。「いい会社に入れば、カッコいいし安泰。勤めあげれば老後も安泰」と。
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大企業は、大学名によって入社選抜を行っている。かつて、会社訪問解禁日にある商社を訪問したとき、「入り口」には、「本日は東大、一橋、早慶のみ」と張り紙がしてあった。
人気企業は、たくさんの人に応募されると、対応できない。応募者を、大学名でふるいにかけている。これまで、そのようして採用してきて、外れがなかったからなんだろう。
「どんな勉強をしたきたか」よりも、まずは「大学名」にこだわる。その次に、成績が考慮される(優の数)。そして、面接で人物と。企業は終身雇用だから、いい会社に入ってしまえば、もう安泰。
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そういうことだから、学生は、大学入試のための勉強はするが、入学したらもう勉強しない。ましてや、ぼくたちの時代は、みんな授業に出なかった。
しかも、学生運動の残り火があった。革マルの拠点校だったし、火炎瓶が学生会会館に投げ込まれたりして、なにかと物騒だった。ますます授業に出ない。勉強しない。留年した。
それでも、なんとかいい会社に入ることができた。しかし、ぼくは組織に向かず、上司とうまくやれない。こりゃいかん。おもしろくない。じっと耐えていれば、なんとか出世したかもしれないが、そういう我慢が足りなかった。
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それでも12年間もサラリーマンをしていた。でも、やめてしまった。勢いでやめてから困った。「はて、いったい自分は何に向いているのだろうか?」「自分の得意な土俵って、何なんだろう?」と、はじめて真剣に考えはじめたのだった。
それで、「どうも自分は、仏教とか宗教を学ぶのが好きなんだ。それで食っていける道を探そう」。そう考えた。
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とはいうものの、「ではどうする?」。「出家しろ」と日蓮宗真言宗臨済宗曹洞宗のお坊さんから勧められた。「弟子にならんか」と誘われたりした。でも、僧侶の道じゃなくて……と悩んだのだった。

4人の子を連れて、満州から命からがら帰国した母を描いた作品

 この作品が目にとまる。なんというセンスの良さ。「母の一生」というタイトルが付けてある。

ちょうど皮革工芸作家の森脇弘子さん(73歳)さんがおられたので、お話を聞くことができた。

これは、母親の生涯をイメージして制作した。母親は円満な人で、まるくまるくおさめる人であったという。そんな母親のことを描いた作品だという。

森脇さんは、中国の満州ハルピンに生まれた。ソ連が開戦して、日本軍は降伏。父親はシベリヤに連れて行かれ、厳寒の地で強制労働に従事することになる。
母親は4人の子どもを連れて、満州から命からがら帰国した。戦後は、女手ひとつで4人の子どもを育てるなど、さぞやたいへんなことだったろう。
シベリヤ抑留中に父親が縫った足袋が、戦友の手によって届けられた。昭和27年のことだった。その時に、夫の死を知って母親は号泣したという。
スターリンが死んだ時、葬儀の様子が、テレビで放映された。スターリンの遺体が映った時「このひとのために……」と母親は絶句したという。

酒屋の蔵を改装してギャラリーにした「マルカワの蔵」(浜松市天竜区二俣町二俣1174)で、森脇さん作品展が開かれている。6月30日まで。

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「タルムード」のレイアウトはすごいな

「タルムード」のレイアウトはすごいな。文字ばかりのものよりも、このようにデザインすると、よみやすい。伝わりやすい。印象に残りやすい。
「タルムード」は、「旧約聖書」とともに、ユダヤ教徒の生活・信仰の基となっている。モーセが伝えたもう一つの律法とされる「口伝律法」を収めた文書群である。といっても、ぼくはよく読んだことはない。
いま進行しているM&Aだが、地主の承諾をもらえないで暗礁にに乗り上げている。そこで、地主に土地売買についての、お願いの手紙を書いた。しかし、あれこれと背景や意図を書いていくと、4ページにも渡る。ちと長い。読み飛ばされて伝わりにくい。かといって、削除もできない。
そこで、「タルムード」のデザインが閃いた。ま、こんなに凝ってデザインしたら、かえって奇妙に思われて逆効果だが、横書き一段と二段に分けてた。小見出しも入れた。
 

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クロッキーがすばらしい

クロッキーがすばらしい。だいたい3分か5分で描ききる。まったくの集中。対象と一体となる。

きょうは、女性の陶芸家の岡田さんを訪ねた。80歳。これまでの作品、これからの生き方と死に方。一日、一日、生きていられることの感謝。

楽しいやり取りであった。ぜひ個展をやるといいですよ、と提案した。

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すべて暮らしの風景だ。ひとつひとつに、生きた物語がある。

阿多古和紙作家の大城忠治さんに、ばったり会った。大城さんは、こんなにステキな人形も作られていたとは驚いた。紙漉きの工程も人形にしてある。すべて暮らしの風景だ。ひとつひとつに、生きた物語がある。

「これだけでも、十分に作家としてやっていけたじゃありまませんか」。そう言うと。

「なあんだ。もっとそれはやく言ってもらわなくちゃ困るよ。もう今年89歳だよ。いつ死ぬかわからんだよ」と大笑された。たのしい語らいであった。

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