過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【かろうじて食べた】2026.10.02

【かろうじて食べた】2026.10.02

もう3日間、ほとんど食事をしていない。

全く食欲がわかないのだ。

一昨日までは、病院食は食べられないけれども、寿司とか餃子とかラーメンなら食べたいと思っていた。

昨日は、プリンは一つ食べられた。今日は、全く何も食べる気がしない。

栄養点滴である。

薬もやめている。

胃の中で何かつかえているような感じがする。もたれる。

食欲がなくなるということは、死の世界に入っていくスタートなのかなあ。

「食べる必要はない」は、「生きる必要はない」につながる。

だが病院にいると、食べないと死んでしまうので、強制的に点滴ということになる。

これがなかなか悩ましい。

食べないので、栄養補給で点滴。

点滴によって胃がムカつくような気がして、気分が悪い。

気分が悪いので、食べる気がしない。

そんな循環なのかもしれない。

今かろうじてスモークチーズを食べた。

 

【今日も調子が悪い】2026.10.02

【今日も調子が悪い】2026.10.02

昨日同様、調子が全く良くない。

食欲が全くない。点滴も続く。

朝食はそのまま下げてもらった。

風呂の時間だが、パスした。

体だけ拭いてもらう

そのうち、調子も戻ると思うが、今は気分が良くない。

胃の中がもたれている。

クスリは減らしてもらった。

活力が失われていて、打ちひしがれているような感じである。

朝なので、いつもの症状ではある。この辺りから、なんとなく気力は出てくるのだが。

「自分」という機械を、こうなってた状態を、観察している。

「ここの動きが悪いな」

「この辺りが具合が悪いな」

そして、「自分」という機械を観察している自分自身は、自分を内側から観察している。

辛いとか、苦しいとか、そういうことを感じている自分がいる。

二つの方向から観察をしている。

観察をしているうちに、症状が去っていくことはよくある。

私の場合、それをこうして音声入力で文章にしていくことで、一つの支えとしている。

この文章を書くことを、無力感からはい上がるための、命綱のように使っている。

【苦しみは交響曲のように】2026.10.01

【苦しみは交響曲のように】2026.10.01

朝、また一つフェーズが落ちたように感じる。体調が悪い。

目覚めると、いつものように無力感と絶望感がある。今朝は胸が気持ち悪く、胃も気持ち悪い。薬が混ざっているような感じがする。便意があっても、トイレまで行く元気がない。それを耐えて、なんとか辿り着いた。

そこから冷や汗が出て、体が動かなくなった。頭が痛い。気持ちが悪い。気分が悪い。息が苦しい。

そういう現象が次々と起きる。

それを呼吸をしながら、一つずつ確認して、見ていく。次々と移り去っていくと思って、記録する。記録していると、たいてい二十分ほどで、そのときの苦しみは姿を変えていった。

どんな苦しさも、五分、十分、二十分と、同じ状態のまま続くことはない。必ず変化する。必ず過ぎていく。

それが一つの救いだ。

苦しみそのものがなくなるわけではない。けれども、長い時間のなかで変わっていく。

「あれ、あの苦しみはどこへ行ったんだろう」

「あの気持ち悪さは、どこへ行ったんだろう」

そういうことだ。

いちばん大きいのは息苦しさだった。そこへ無力感と絶望感がくる。次に頭の痛みが入る。それから、気分の悪さ、気持ちの悪さ。

いろいろな苦しみが、交響曲のようにやってくる。そして過ぎて、消えていく。

もう、観察するしかない。苦しみを緻密に観察する。呼吸に意識を向けてみる。緻密に観察し、苦しみそのものを体感することで、そこから抜け出す道があるのではないか。そこを探っている。

昨日からほとんど食事に手がつかない。食欲そのものがわかない。それで点滴に入っている。

 

 

【伊勢参拝以来の再会】2026.09.30

【伊勢参拝以来の再会】2026.09.30

昨日のオンライン見舞いに、30年前に別れた彼女が来てくれた。

「こんなことがあったね」と、昔のことを話した。彼女のことを大切にしなかった。大切にできなかった。申し訳ないなと思っている。

伊勢神宮に一緒に参拝したことがある。  

日の昇る前、まだ暗いうちの参拝だ。

本殿を参拝する頃に、日が昇る。  

それが、とても神々しかった。

10年後、そんな思い出を抱いて、今度は妻と伊勢神宮を参拝していた。 参拝をすますと日が昇ってきた。

「そういえば、彼女ともこの時間帯に参拝したな」

そう思い出していた。

人の気配はほとんどなかった。

私たち二人が歩いていると、遠くから玉砂利を踏む音がする。  

一人の女性が、こちらに向かって歩いてくる。

だんだん近づいてくる。

その女性を見て、驚いた。

それは、昔、一緒に伊勢神宮を参拝した彼女だった。

出会いと再会の不思議を感じながら、言葉も交わさず、そのまま別れたのであった。

私が伊勢神宮に行ったのは、人生で3度しかない。  

彼女も、それほど多くは行っていないだろう。

それなのに、同じ時間帯に、同じ場所で、ばったり出会う。

この不思議。

そして、こうして30年の時を経て、オンラインでまた出会った。

「あんなことがあったね」と、昔のことを語り合ったのであった。

彼女の名前は「いすゞ」さんという。  

伊勢神宮のそばを流れる五十鈴川から取った名前だと聞いている。

【病状の報告】2026.09.29

【病状の報告】2026.09.29

なんと、もう9月もおしまいです。すっかり秋となりました。秋の気配など、全く感じられない病院で寝たきりで過ごしています。

病状の報告です。

入院して50日となりました。

9月6日に呼びかけて、多くの方から支援金をいただきました。

おかげさまで、これまで病院の個室で過ごし、発信を続けることができました。ありがとうございました。

「彼岸までには退院して家に帰り、自宅療養を」と考えていました。

ところが、誤嚥性肺炎を併発していまは点滴をしているところです。食欲もありませんし、体も弱っています。

これからどうするのか。

どうなるのか。

医師や家族と相談していますが、この病院にしばらく置いてもらうのか、自宅療養の道があるのか、施設に入るのか、いろいろ悩んでいます。迷ったところで事態は進行しませんが。

病院も長くはいられません。

自宅療養が一番いいのですが、妻が化学物質過敏症のため同居が難しく、やはり一人暮らしとなります。その場合の介護体制が難しいところです。また山奥の過疎地のため、緊急時の医療体制も難しい。

では適当な施設があるのかないのか、まだ分かりません。それを支える財政的な基盤も含め、難しい課題がいくつもあります。こういう方面は私は本当にダメなところでして。

そんなことも含めて、まあ、ストレス満載の日々を送っています。仕方ないよね。

また新しい状況になりましたら、ご報告いたします。

皆様の温かい励まし、お見舞い、力添えは、いつも感じています。

ありがとうございます。

 

【寝たきりの呼吸】2026.09.29

【寝たきりの呼吸】2026.09.29

毎日、朝が辛い。無力感と絶望感の底にいる。

そこから起き上がろうとして、這い上がる命の綱のようにして書いている。だから、どうしても深刻な文章になる。

友人が見舞いに来た。

話は呼吸のことになった。

私にとっては、神も仏も、聖なるエネルギーもない。呼吸がすべてだ。呼吸しかない。そんな話をした。

苦しさを受けて、その苦しさのなかで踏ん張るしかない。そのときの大きな支えになるのが、呼吸である。

息苦しさ、無力感、絶望感、恐れ、不安。そういうときは、呼吸に意識を向けるしかない。

友人が、「呼吸に恐れがあるのか」と聞いた。

「恐れがあるよ。絶望感も、無力感も、恐れも、不安も、希望も、全部入っている。」

苦しさのすべてが、呼吸に入ってくる。苦しさのすべてを呼吸に包み込んで、まとめ上げて、呼吸しているとも言えるかな。

文献を持ち出す必要もない。理論も必要ない。ロジカルな説明も必要ない。

自分を観察するだけでいい。

自分の体験から探せばいい。観察してみればいい。

そこに、すべてがあるんだなあと感じた。身体の観察、呼吸の探求が続く。

【立つのが一大イベント】2026.09.28

【立つのが一大イベント】2026.09.28

電動ベッドを操作して、高さと角度を調節し、ベッドにやっと座る。

座ったら、そのままでは立てない。つかまり立ちをしないと立てない。

この35キロの体重を運ぶわけだ。

もはや、手で何かにつかまっていないと立ち上がれない。

1歩、2歩と歩く。便座に座ったら、頭を膝につけて、うずくまる。暗黒の中でじっとしている感じだ。

便意があって、便という形になっていけば成功だ。しかし、時には便意だけの時もある。

そういう時は辛い。うつうつとした時間が過ぎる。

まあ、今朝は幸い便通があったので成功である。

しかし、どこか頭が痛い。

息が苦しいというのとは、また違う形で、つらい角度から苦しさをもたらす。

どうしようもない。痛みを味わうしかない。

数分、あるいは10分後ぐらいには消えていることが多い。

原因は分からない。MRIでは、脳には問題ないという。

トイレに行って帰っただけで、酸素飽和度がぐっと下がる。

そうなると全身がぐったりして、気分が悪い。

目をつぶっている。この酸素濃縮装置のゴーッという機械音だけが聞こえてくる。

廊下では、看護師さんが急ぎ足で歩いている。

【この先、あとどれくらい?】2026.09.27

【この先、あとどれくらい?】2026.09.27

この先、あとどれくらい?

こうやって生きていくのかな。

こうやって生きていかなくちゃならないのかな。

辛いな。苦しいな。

この苦しみが、無限に続くような気がしている。

「無限に続く」というところが苦しいんだ。

「今日一日だけ」とかね。

「あと3日」とか言うと、耐えられそうなんだよね。

1年でも、なんとかなるかな。

3年はきつい。

5年もきつい。

10年なんて、ありえない。

せめて、あと半年。

3か月。

1か月。

できれば、もう10日でいい。

1週間でいい。

3日でいい。

1日でいい。

今日だけでもいいぞ。

そんなふうにして、生きている。

∷∷∷∷∷

まず、起きた時にもう無力感なんだ。

重たい。だるい。辛い。絶望感。

それで、トイレに行く。

薬を飲む。

朝食がくる。昼食が来る。

そして、また夕食が来る。

その都度、それぞれの大変さが出てくる。

それを乗り越えて、また一息ついて。

「ああ、また……」と苦しいが起きてくる。

そうしているうちに夜が始まって、友人とおしゃべりをしていると、気が紛れる。

いろいろ楽しい会話をしていると、頭の中の発想も閃いて、楽しい時間を過ごすことができる。

そして、一日が経つ。

まあ、こうして一日の中の苦しみを、なんとか逃れることができるわけだ。

∷∷∷∷∷

この苦しみを乗り越えるために、いろいろ工夫をしている。

まずは、毎日書いている文章がそれだ。

「文章を書くぞ。テーマはこれだ」

そうやって、こんなことをテーマに、と書いていく。

政治や経済や、哲学的なことは、あんまりもう書かない。

自分の人生のこと。

自分の身に関わること。

自分の命に関わること。

そういうところから書いていく。

世界を論じても、もう仕方がないという気がするからね。

我が身体。

我が宇宙。

そこを観察していく。

そして、観察した成果を書いていく。

それが、私が今、生きている修行のベースなのかもしれない。

∷∷∷∷∷

書いていると、その間は、少し苦しみを乗り越えることができる。

苦しみの沼から引っ張り上げる、命綱のロープのようにして、文章を作っている。

とはいうものの、書いているときは、そんなに悲壮ではない。

身体は大変だけれども、頭の中は、そうでもない。

自分の体のありようは、まだよく分からない。

自分がそもそも分からない。

分からない。

どうなっていくのか、分からない。

分からないというところで、それを書き続けている。

【縁を生かす】2026.09.27

【縁を生かす】2026.09.27

昨日、見舞いに来てくれた尼さん(長楽寺の吉田真誉さん)の話。

彼女とは30年前、インドに出かける際、バンコクのホテルで出会った。彼女は当時、立教大学の学生だった。

私があるお寺のアドバイザーのような仕事をしていた時、「印と真言」という企画をして、彼女に声をかけたら参加してくれた。

それが縁で、そのお寺で修行することになり、ついには出家してしまった。

∷∷∷∷∷

そして30年後、私が紹介して、浜松の、とても歴史があり、景観も素晴らしいお寺の管理人の仕事をすることになった。

そして、そのお寺を彼女は見事に復興してしまった。

お寺というものが、まさにコミュニティとして機能している。

人が自分の持っている力を発揮し、お互いに交流する場になっているんだなと思う。

こんなお寺は、私が知っている中でも比類がない。一つの奇跡だと思うほどだ。

本人はとても明るく、いつも輝いた雰囲気で、その魅力が大きいと思う。

何と言っても、お寺は「人」だからね。

∷∷∷∷∷

「それにしても、随分思い切ったよね」

そう言うと、彼女は、

「ん? 一体、誰の話をしてるの?」

みたいな顔をしている。

「いや、あなたの話だよ」

と言うと、わははと笑っている。

ああ、そうなんだ。

彼女は仏門に入るにあたって、ちっとも思い切ってはいなかったのだった。

そもそも、そんなに深く考えてもいない。

面白いから飛び込んだ。

そういうことだ。

普通は、大学まで出て、髪を切って出家するなんて、なかなか考えられない。

大きな会社に就職して、普通に働いて遊ぶようなこともできたのに、なぜか借金寺のようなところで修行して、仏門に入っていく。

親はきっと嘆く。

ところが彼女は、深く考えずに「面白い」と思って、スイスイ楽々と歩んできたのであった。(つづく)

【ここじゃない眠り】2026.09.26

【ここじゃない眠り】2026.09.26

久しぶりによく眠ったんだろうな。

夢を見た。

スパッと目が覚めたぞ。

すっきりしている。

でも、夢があんまり穏やかじゃなかった。

夢の中で、毎日眠っている。

なぜか、人の家の玄関口にベッドを置いて眠っている。

家の人とは、やり取りがない。

勝手にその人の家の前にベッドを置いて、眠っている。

毎日、眠っている。

そしてある時、

「あなた、どこの人なの?」

と声をかけられた。

「え、僕はこんなわけで、ここに眠っているんだけど……。どうしてなんだろう?」

戸惑った。

「困ったな」

そう思ったところで、目が覚めた。

眠るのは心地いい。

疲れも取れる。

でも、ここじゃないんだな。

「ここじゃない」という気持ちを持ちながら、熟睡している。

いつか、この眠りから覚めて、この眠りの場所から出なくちゃいけない。

どこか、本当にゆっくりと熟睡できる場所へ移らなくちゃいけない。

それにしても、どこに移ったらいいんだろう。

【命をつなぐ食事と排泄】2026.09.26

【命をつなぐ食事と排泄】2026.09.26

命をつなぐ「食事」と「排泄」。

この2つが簡単じゃあない。

ごく当たり前の生命維持行為が、一つひとつ大きなプロジェクトになっている。

「食事」と「排泄」には、ものすごい身体的負荷が隠れている。

∷∷∷∷∷

まず食事だ。

スプーンで味噌汁を飲む。

むせる、咳をする。

呼吸が苦しい。

咳によって酸素飽和度も落ちた。

気分が悪くなる。

ベッドの上のテーブルに 向かう。

背中の姿勢を立てる。

この姿勢の維持がすでに大変なんだ。寝転がりながら食べたいところだ。

しかしそれをすると誤嚥するので、むせる、咳が出る。苦しむ。

さらには異物が肺に入れば、そこから肺炎が起きて大変なことになる。

さらに今日感じたのは、食事のそのものに体力を使うということだ。

一口食べて飲み込んだ時、すでに相当の体力は使っている。

一口食べてすごく疲れる。ぐったりする。

食事は、体力をつけるためのものだ。しかし今の身体では、体力を補給するための食事そのものが、体力を消費する行為になっているのだ。

∷∷∷∷∷

排泄だ。

おしっこするだけで、酸素飽和度90になった。

夜明け前におしっこをしていた。結構長いおしっこだった。

その間、息を止めるというか、息を細く長くしながらする。その期間が長かったので酸素飽和度が70を切った。それで看護師が心配してやってきた。

生きるために必要なことが、生きるための力を使ってしまうというフェーズに入ってきた。

【暇だから電話したよ】2026.09.24

【暇だから電話したよ】2026.09.24

毎日、古い友に電話をしてみようと思いついた。

そろそろこちらは、「カウントダウン」も近いからね。話ができるうちに、やり取りをしてみたい友がたくさんいる。

これまで年賀状も全然書かなかったり、手紙の返事も書かなかったりして、失礼ばかりしていた私だ。

でも、今のこんな状態だからこそ、やりとりができる。

「暇だから電話したよ」

という感じで。

50年来の友人に電話した。

医学書の編集の道を開いてくれた恩人である。

そんな友とも、もう何十年もやり取りが止まっていた。

電話番号を調べて、かけてみた。本人は不在で、奥さんと話をした。聞けば、その友人も暇をもてあましているという。

声を聞くだけでも嬉しいものだ。

特に何という話もないんだが、若い頃から歴史を共にした友人というのは、ありがたい。

私のことをよく知っている。

その当時の自分が蘇ってくる。

「あの頃、あんなだったな」と、お互いに語り合える友である。

あまり長い話はしない。

30分ぐらいに収めて、また定期的に電話をする。今日の思いつきで、今日からもう実践している。

【解像度を上げる】2026.09.24

【解像度を上げる】2026.09.24

理学療法士の研修生が来て、いろいろヒアリングする。

「どんな希望がありますか? こういうことができたらいいな、ということはありますか?」

あのね、希望がないことはないけど、こういう身体では、もはやできないんだよ。

できなければ希望を持っても意味がないので、流れにおまかせです。

これが、せめて身体が動けば、AとB、二つの道があって、どっちも行けそうなら、「どっちにしようかな」となる。

でも、もう身体は動かない。

身体が許さない。

希望があっても、できない。

だから、選択肢はないのが今の現実。

ただただ、身動きが取れない無力感と絶望感の中にある。

この辛さがなくなればいいのだけれど、なくならない。

なので、そこは「解像度を上げる」しかない。

苦しければ、その苦しさを感じる。

客観的に観察する。

解像度を上げて、その苦しさをちゃんと観るというところにいる。

この寝たきり生活のテーマは、すべてにわたって「解像度を上げる」ということなのかな。

そんな話をしたのだった。

今までの人生、ずいぶんと解像度が粗かったからね。

寝たきりになって、そこにやっと気がついたっていうわけだ。

【つらさのトレース】2026.09.23

【つらさのトレース】2026.09.23

寝たきりだけなら、そんなに辛くないかもしれない。

少しでも動ければいいのだが、動けないと、体も心も崩れてくる。

動けないのは、あらゆる場面で「息苦しさ」が辛いからだ。絶対安静状態でも、息苦しさは続いている。

∷∷∷∷∷

肺が線維化しているので、いつでも息苦しい。そこがベースになっている。ロックされている。

息が入らない。息が入っても、肺にプールされない。常にまったく酸素の余裕がない状態だ。

だから少しでも動くと、もう本当に臓器に影響を与えるくらいの酸欠になってしまう。

∷∷∷∷∷

一日のすべてはベッドの上。

食事のときには、ちょっと体を電動ベッドで起こすだけ。

1回はトイレに立つのだが、もう本当に大きなプロジェクトだよ。

電動ベッドの高さを10センチ下げ、体を少し起こして、左に反転させ、ベッドのガードを両手でしっかり握って立ち上がる。

よろよろしながら1歩2歩あるいて、ポータブルトイレに。

便意があったとしても、簡単に出るわけでもない。座ったら「いきむ」わけだ。

そうすると筋肉を使う。細胞が酸素を使うので、とたんに苦しくなる。

トイレが終わって、後始末をして、さあ、立ち上がるとき、少しよろけて危ない。

そして、なんとかベッドにたどり着いて倒れ込む。

ベッドに横たわって、しばし、ハアハアゼーゼーと悶えている。その時点で酸素供給量は8リットル。

∷∷∷∷∷

少しでも体を動かそうとする時には、必ず頭の中でシミュレーションする。

足をこう伸ばして、こう曲げて、こうして、こう曲げて。

そして「よしやろう」と意を定めて実際に行うわけだ。そしてそれは本当にゆっくりとやる。

これが肺が元気なら瞑想的で、心身の修行になるようなワークになることだろう。

ところが、肺が元気ではないので、苦しみのワークとなる。苦しみの中で喘ぎながら行うことになっている。

∷∷∷∷∷

暇なので、今の自分の苦しい状態を言葉にするということに挑戦している。

やることがないとき、こうして文章にするのは、「暇つぶし」というのか。今の私の楽しみではある。

言葉にする、文章にするのはなんのため。

この苦しさを何と表現したらいいのか。自分の苦しみがどんなものなのかを確認したい、掴みたいということでもある。

そしてそれは苦しみと共にある、苦しみと一緒にいるということを確認することでもある。

苦しみは消えるわけでもない。

もしかしたら消えるかもしれないけれど、苦しみと同居せざるを得ない生き方を確認しているわけだ。