過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

もしもあかりがいなくなったら

「もしもあかりがいなくなったら、この絵をあかりと思って思い出してね」。
そう言って、お母ちゃんに絵を渡していた。自画像ってことだ。1枚目の画像。
「それで、これが手紙だから」と渡したのが2枚目の画像。
──せつないわぁ……。
とお母ちゃん。
──お父ちゃんには?
と言うと、小さな絵をくれた。
それが3枚目。そこに小さな絵が描かれていたが、そこは、あかりがくり抜いて持っていってしまった。
ついでに、あかりはこんなことも言っていた。
「お父ちゃんのせいで、お母ちゃんはいっぱい仕事しなくちゃいけないんだよ。わかってる?
それに、お父ちゃんは、いつもお母ちゃんの話を聞かないんだから」と注意された。
……ということで、デイの仕事やら、コンサートの企画と印刷手配から、妻にがんばってもらっているところ。あれやこれやと日々、休まることはないなぁ。

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船村徹のうたう「風雪ながれ旅」がいい

作曲家の船村徹のうたう「風雪ながれ旅」。胸に響くなあ。詞がいい(星野哲郎)ので、こんなすばらしい曲ができたのか。背景となっている高橋竹山の生涯が凄まじい。
これをぼくは、ギターの開放弦で伴奏するというアラワザで歌っている。
演歌はあんまり好きじゃなかったけど。デイサービスで歌をリードするようになって、演歌がなかなか素晴らしいことに気がついた。
仕事がすごく忙しい時の蘇りのひとつして、歌がとてもいい。

自分の暮らし生活防衛で手一杯。とはいうものの

・「自分と仲間たち」さえ儲かればいい
閣議決定で、どんどんと「憲法を崩す」「法律を破る」
・みんなが自分に「忖度する」ものと思いこんでいる
・「反社」のみなさまと親しい
・追及されると「反社の定義はない」と言い張る
・官僚に「虚偽答弁」させる
・公文書を「改竄」する
・公文書を「シュレッダー」にかける
・「障害者」が勝手にやったことにする
・「ワタシの責任です」と言えば、責任をとったと思っている
・仲間たちが悪事をはたらいても「起訴」させない
・国防とはアメリカの「ポンコツ兵器」を買うことだと思っている
・国民のいのち、人々の安全には「無関心」
・都合の悪いことを言う人たちには「圧力」をかける
 
……などという政府があるとしたら、そのものが「反社」勢力。
いったいどうしたものか。
 
と書いていても、なんにもならない。自分の暮らし生活防衛で手一杯。とはいうものの、頭の中の整理としてつぶやいてみる。
 

かれらが結婚式を挙げる、みんなの家で。

デイの人材。週イチできてもらっている。介護経験も長いので、いろいろ教えてもらえる。
のりちゃん(女性)は、少林寺拳法と剣道の有段者。
旦那の荒ちゃんには、天然石のブレスレット作りのワークショップをやってもらったり、倉庫の片付け、力仕事も手伝ってもらった。助かる。
かれらが結婚式を挙げる。式典の会場はこの施設(みんなの家)で行うことになった。4月5日(日)11時〜。
ぼくの祝詞、松尾さんによる慈悲のお経(メッタスッタ)、MOKOさんによるクリスタルボウルの演奏。
山口さんの謡で「高砂」。
参加したい方は、ぼくのほうにどうぞ。食事代込みで二千円の予定。
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動物たちのいのち・暮らしを守るために腹を据えて生きている人

デイの仕事は、人材がいる。つねに人材をサーチしながら、声をかけていく。パートでもいいので、きてもらう。やがて、いろいろな人材があらわれてくる。
この方は、週一にサポートしてくれるSさん。
彼女は、動物たちのいのち・暮らしを守るために腹を据えて生きている。
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捨てられた犬や猫をみつけると、そこの場に通い続けて保護。家で世話をする。看取る。いま20匹近くいる。エサ代がかかる。そのために、夜勤で働く。
動物たちの泣き声が周囲に迷惑がかかるので、石切(いしきり)というものすごい山奥に移住した。やがて、わがやの近くの山奥に移住。
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動物たちが暮らせるように、人工林の杉と檜の森を伐採している(自然保護団体が立木トラストで買った森)。もう800本も伐ったという。もちろんチェーンソーで。ハンパない。
杉と檜の木を伐れば、そこに日が射して、眠っていた種から広葉樹が育つ。5〜10年もすれば雑木林ができていく。動物たちが暮らせる森となる。
きょうは、そんな活動の一端をすこし話してもらった。ポスターの下絵は、Sさんが描いている。

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ちゃんと「打ち掛け」と「紋付袴」で現れる

カタチとしては、いちおう、ちゃんと「打ち掛け」と「紋付袴」で現れるそうだ。
じゃあ、ぼくがこれから祝詞をかきあげて、当日、よみましょうか、と。らしくないけど。(2枚目の写真)
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それから、「高砂や〜」の謡がほしいな。
あ、そうだ、山口さんにお願いしよう。昨年の今頃、ぼくが古家の解体するの親方をしている時、躯体(くたい)が壊れる寸前に、「敦盛」(あつもり:人間五十年〜という、信長が舞うやつだ)を舞ってもらった。(3枚目の写真)
そして、ふんわりと暖かな愛の響きで満たされる、松尾さんのパーリ語のお経(メッタ・スッタ:慈悲のお経)。さらには、奥様によりクリスタルボウルの神秘的な演奏。(1枚目の写真)そんな演出の予定。
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「この施設で結婚式やったらいい」と提案したのだった。
非常勤で週一きてくれているスタッフののりちゃんは、新婚。結婚式を神社であげる予定であった。あれこれ話しているうちに、「みんなの家」で結婚式ということになった。
ま、会費は2,000円くらいかな。食事は1500円くらいのおいしいお弁当。あとは、ゆるーくみんなでお喋りに花が咲く。
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日程は4月5日の日曜日11時から。参加してみたい人はどうぞ。ちょっとコロナウィルスが懸念するところではあるけど。
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一緒にプログラム開発ができると面白い

S大の修士課程で学ぶヴィさんがきてくれた。彼女は、ベトナム出身だ。

 英語はペラペラの見事な発音。第二外国語は日本語をとった。日本に滞在10か月だが、やりとりは、ちゃんとできる。ファイナンスのMBA(経営学修士)をとり、言語聴覚の研究をしている。ラテン語も学んだという。

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話していて、なにか不明な点があると即座にスマホで検索する。

 平均年齢は?人口? すぐに調べて明確にする。

日本語の不明な言葉も検索する。なんと漢字が動画が筆順が出てくるソフトがある。
ピアノで聖歌など演奏してくれた。籠づくりも参加してくれた。
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ちなみに、ベトナムの平均年齢は32.5才だという。お年寄りがほとんどいないということだ。
日本はというと、46歳。ここの山里は56.2歳。ぼくの暮らしの感覚でいうと、68歳くらいと感じる。

 ときどき施設にきてもらおう。一緒にプログラム開発ができると面白い。

たとえば、転倒予防教室と言語聴覚のレッスンみたいなことが、できたらおもしろい。
若い力の可能性。外国からきて、いろいろな障壁を乗り越えて学ぶ姿勢、チャレンジしているあり方から、大いに啓発される。
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ベトナムというと、二人の人物がイメージされる。ホー・チ・ミンとティク・ナット・ハーン。
ホー・チ・ミンは、ベトナム革命を指導した建国の父。まことにいい顔をしていた。
ティク・ナット・ハーンは、アウェアネス(気づき)、マインドフルネス(価値判断をしないで、体験をそのままうけいれる)、呼吸の瞑想などをリードしている世界的な精神指導者。
 

「効き目を出そう」とか、「治そう」というような思いはもたない

きょうの整体。
膏肓(こうもう:肩甲骨と肩甲骨の間)、背中、腰、首筋と指圧。
いつものように、手のひらと手首、肘、腕、肩ともんでゆく。
親指、手のひらで押す。体重をかけて行うので、疲れることはない。しかし体格のいい人、太っている人には、効きにくい。
うつ伏せになっている状態だと、体重を乗せやすい。ずしりと押せる。しかし、相手が椅子に座っていると、うまくいかない。
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そこで、考案したのが、「肘」を使うこと。
両肘で肩のあたりを押さえる。あるいは、ひとつの肘だけに体重を乗せる。こちらは、体重をかけるだけなので楽だ。垂直に押す。
「ああ気持ちがいい。効くー」と言われた。
ただし、細い人、体重のない人にはこれをやると、「いたたた」となることもあるので注意。
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足の踵(かかと)も効果がある。
畳にうつ伏せになってもらい、踵で肩、背中、腰を押しながら揺らしていく。
ゆらゆら、ぐらぐら、と。相手は心地よくなって眠ってしまいそうになる。
ときに、足の親指でツボを指圧することもある。ぼくは足の指で押すのが得意なほう。力が入るし、ちょうどいい具合に押せる。
こちらは、ぼくが椅子に座ってやることもあるし、杖などで支えながらやる。
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整体のポイントは、「効き目を出そう」とか、「治そう」というような思いはもたないこと。
そういう思いは、相手には煩わしいエネルギーが伝わりそう。自分も疲れる。
ただただ、相手の身体の動き、呼吸に意識を向ける。自分の身体の動き、呼吸に意識を向けるだけ。いわば瞑想のような感じで押す。そういうことだと、疲れない。深いリラクセーションが起きる。
こうして、いろいろ試すことができて、あがたい。毎日、修得がすすむような気がしている。ま、しかしこれを文章化するのは、なかなか難しいのだが。

「切身整体」について

マッサージもするが、指圧もする。
ポイントは、指の力で押さない。体重で押す。というよりも、体重をかけて、それを指で支える。そうすると、相手にずしっと響く。こちらは、疲れることはない。
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「切身整体」(せっしんせいたい)というメソッドを開発した友人がいた。「切心整体」と書くのかもしれない。
「切」とは、「切る」のま意味ではなくて、大切の切だ。「適切」(ぴったり合う)「痛切」(心に深く感じる)の「切」だ。
その整体法は、「垂直に押す」だけ。「体重を預けて、垂直に押す」。自分の体重を手で支えることで、押すという効果があらわれる。
垂直に押す。これが、なかなか難しい。しかし、わかってくると、まさに適切な整体の効果がある。
力ではない。自分の体重の支えとして押しているわけで、疲れることはない。
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その友人は、とてもおもしろい。
70年代ヒッピームーブメントの時に、サンフランシスコにいて、禅を指導していた。宇宙飛行士やらイェール大学の教授やら、サイケデリック・アーティスト、ミュージシャンやら、いろいろな人が学びに来ていた。
その後、奈良の天河神社の近くに移り住んだ。はじめてお会いした時、おたがいにいきなり、ヴィパッサナー(よく観る、というテーラワーダの行法。いまでいう、マインドフルネスの源泉)の話をしたことを思い出す。20年も前の話だが。
東京にやってくるときには、いつもわがやに長期滞在していた。
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笹目仙人という方がいた。大本の出口王仁三郎から、神殿が軍部によってダイナマイトで破壊されようとする時、御神体を預かって崑崙山の頂上に埋めてきたという方だ。その仙人の道院で、ばったり彼と再会した。
「近頃、足が痛くて」という仙人を、彼はその「切身整体」で治してあげていた。その隣で、ぼくは仙人の崑崙山体験を聞いていたのだった。
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惜しいことに、かれは、数年前、アメリカで亡くなったしまったが。
ともあれ、その切身整体、ためしてみよう。

「右尊左卑」(うそんさひ)って、見ているほうから

「あかりをつけましょ ぼんぼりん」とあかりが歌っていた。
おひなさま、セットアップ中。「右尊左卑」(うそんさひ)って、見ているほうからなら、この位置。
いっぽう、お内裏様とお雛様のほうから見ると、逆になる。
天皇と皇后の写真を見ると、皇后から見て「右尊左卑」なので、陛下はつねに皇后の右。こちらからみると、陛下は左。皇后は右と。しかし、大した歴史的な根拠はない。
ま、どちらでもいいんだとおもうけれど。いちおう慣習で。中国の考え方から来ているんだと思う。
あかりは、白酒をどうぞと、おひなさまたちにすすめていた。

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手のひら〜腕〜肩にかけてもまれると気持ちがいい

手のひらを揉んで差し上げる。手のひらには、たくさんのツボがある。
たとえば、労宮(ろうきゅう:手のひらの中央)、そして親指と人差し指の間の付け根の合谷(ごうこく)など。それから、腕を揉んで、肘から方にかけてもむ。さらには、肩をゆったりと揺らして回す。
これで利用者さんは、「極楽、極楽」となる。「毎日、実験台になってくだされば」と言うと、「どうぞ、よろこんでお願いします。毎日きます」と(笑)。
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かつてインドのヴァラナシ(ベナレス:ヒンドゥーの聖地)を旅した時。外国人ツーリストに、「握手」を求めてくるインド人がいた。
まあ、握手くらいは断ることもないかと、握手に応じる。すると、インド人はその手のひらをもみ始める。「あっ、気持ちがいい」となる。すると、腕、肩と揉んで。「ああ、ますます気持ちがいい」と為すがままにされる。
……と気持ちが良くなったところで、「はい、100ルピー」と請求してくる。
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そんな、徒手空拳の商いをしているインド人がいた。まったく資本もかからず、すごいなと感心したものだ。
それくらい、手のひら〜腕〜肩にかけてもまれると気持ちがいいものだ。毎日、マッサージの修得の機会があってありがたい。

人災というべきか。おそろしい現実

これはもう、人災というべきか。おそろしい現実。

オリンピックはとりやめになるだろう。そして、やがて大不況が襲う。放射能汚染土も全国に撒き散らし。トリチウムは海に希釈。

「国土乱れん時は先ず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に万民乱る」(立正安国論日蓮)「大悪起これば、大善きたる」(日蓮の消息文)となるのかどうか。

「天は自ら助くる者を助く」「Heaven(God) helps those who help themselves.

「地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。(中略)このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり」(歎異抄親鸞

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流しのギター弾きみたいでもある

やはりみなさん、歌うのがいいようなので、きょうもたくさん歌った。
でも、それぞれ好みが違う。
こちらの利用者さんは、演歌。じゃあ「さざんかの宿」「くちなしの花」。
あちらの利用者さんは、童謡。「赤い靴」「ゆりかご」「通りゃんせ」。
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むこうでは、軍歌がいいという。じゃあ「ラバウル小唄」「麦と兵隊」「戦友」と。
「戦友」は「ここは御国を何百里 はなれて 遠き満州の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下」という歌だ。14番まである。なんとまあ、それを全部歌ったよ。
それから、戦前の歌謡曲。「籠の鳥」「蘇州夜曲」「赤城の子守唄」「上海帰りのリル」。次々と出てくる。
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流しのギター弾きみたいでもある。
いつものように、開放弦(ド・ソソ)なので、どんな曲でも即座に伴奏できるわけで。曲によってのチューニングは、カポタストを使う。
歌うことで喜んでもらえるし、こちらはこちらで元気になるのでありがたい。これから、歌集づくり。

じゃあ、ぼくのマッサージの実験台にでもなりますか?

いつもウトウト居眠りしてしまう利用者さんがおられる。じっくり新聞と読書しているが、やはり眠いようだ。
「ぼくがインタビューするので、自分史でも作りましょうか」。「シルバー川柳はどうでしょう」。「PPバンドで籠づくりは」。書の達人なので、「今週の標語を書いてくれませんか」。「散歩に行きましょう」。「ギターで伴奏するので、演歌でも歌いますか」。
……いろいろ誘うが、きょうは気乗りがしないみたい。
「なんにもする気がしないなあ」と言う。
──じゃあ、ぼくのマッサージの実験台にでもなりますか?
「うん、それがいい」。
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ということで、うつ伏せになってもらい、マッサージさせてもらう。
足の裏、ふくらはぎ、膏肓、首の付根と。
マッサージしていても、ぼく自身は疲れはしない。こちらも深い瞑想になる。エネルギーが循環する。
腎臓に手を当てると「温かいなぁ」と満足そう。
そのまま、相手の呼吸を感じてゆく。
吸うと体が膨らむ。吐くと体が縮む。
相手の呼吸に合わせる。吐く息とともに、体が縮む。
そのとき、腎臓の部位を両手でゆったりと押す。「うわー、気持ちがいい」という。
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人間は、おそらく水分が70%くらい(胎児で体重の約90%、新生児で約75%、子どもで約70%、成人では約60〜65%、老人では50〜55%)。
いわば、水を入れた革袋みたいなものだ。ゆったりとゆらす。体まるごと、ゆらりゆらり
そのこと自体、とても気持ちがいいということになる。
利用者さんは、そのまま眠ってしまった。

LSD瞑想(Long Slow Distance Meditation)だ

満月からスタート。ジョギング4日目。はやくも、体が軽くなる。
1周走るだけで、「ああダメ」とおもっていたのに、5周でも6周でもラクラクになってきた。
 
そして、なんだかとても元気になってきた。「よしやるぞ」というベースが作られていく感じ。
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LSD瞑想(Long Slow Distance Meditation)だ。
クスリできめて行う瞑想ではない、ものすごくスローペースで走りながら、一歩一歩に集中していく。まさに、集中瞑想となる。
 
踏み出す一歩は、つねに新しい。そして、いまここにしか、現実はない。
しかし、頭の思考はあちこちに飛ぶ。これからなにをしよう、明日は、明後日は。昨日は、こないだは、と。
 
走りながら、そういう思考を流してゆく。浮かんだら、流していく。そして、「いまここにしか現実はない、人生はない」として、ただ走るだけ。
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走るのは、呼吸法である。もちろん筋トレになる。有酸素運動になる。なにより、得体の知れない元気さというか、前向きさが湧いてくる。
 
つねにつねに、いまここに集中するしかない。それが人生。だって、いまここにしか、生きていないのだから。未来はまだやって来ない、過去はもう終わったこと。だから、努力し、集中するのは、いまこの瞬間しかないわけだ。
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いまここに集中する。つねにいまここ。そこに引き戻す。LSD瞑想は、その習慣を作り上げることにつながる。
 
いくら考えたって、いい智慧は浮かばない。あちこちさ迷うだけ。いまここに集中していくこと、そのことで知恵が湧いていくのではないかと思う。
 
そこはまだ、身体実感が伴ってないけれど。これから、探求していく世界。たのしみなことが一つ加わった。