過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

パキスタンという国について

パキスタンという国について。
パキスタンはもともとはインドである。
インドがイギリスから独立するとき、イスラム教徒の国として設立された。パキ(清らかな)スターン(国)ということで、「浄土」を意味している。
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しかしながら、いろいろ問題を抱えている。
おなじイスラムタリバンと争っている。イランとも争っている。
そして、隣国のインドからは経済封鎖されている。

もはや、地政学的にもサポートする国はないようにみえる。
いまサポートしているのは、アメリカとIMFくらいか。
しかし、アメリカはもうパキスタンには用がないともみえる。
ねらっているのは中国くらいかなあ。
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パキスタンの経済は大疲弊。経済力は圧倒的に下位だ。2022年には外貨不足でデフォルト寸前。インドとの格差は広がるばかり。

ちなみに、インドのアンバーニという最大の財閥があるが、その息子が結婚式の前の婚約をした。妻となる女性の首につけた宝石だけで、それがパキスタンの一年間のGDPに匹敵するという。インドとパキスタンの経済力の格差は歴然としている。

おなじインドなのに、イスラムという宗教国家の道を選んだための経済格差という面も大きいか。イスラムの経済という視点からちょっと探求してみたい。

湿気の防止と断熱をどうするか 試行錯誤

古民家の快適さを実感している。

新建材を使っていない。無垢(むく)の木ばかりなので、石油系の化学物質がない。暮らしてみてわかるが、ずいぶんと体がラクなのだ。

なにしろ、世の中のあらゆる商品、そして位の基礎である建築は、ほとんどが石油系の化学物質ばかりだ。

それらは、呼吸をしていない。燃やせば有毒ガスが発生する。使い込むほどに、味わいがなくなっていく。昔は、雑巾がけをしたり、糠(ヌカ)を入れた袋で磨いてピカピカになった。無垢材ならそれができる。
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ただ、これからは湿気の問題がある。
この古民家の周りは、沢の水が流れていて、それは気持ちがいいのだが、反面、湿気が多い。伏流水も流れている。なにしろ葉ワサビが生えるほどだ。

今は二階で寝ているので問題ないが、仕事のスペースを一階にすると、湿気が多いと、疲れるし気持ちが重たくなる。

かつてこの山里に移住した時に、驚いた。カッターナイフとか釘とかが錆びる。押し入れに入れておいた布団がカビ臭くなる。東京暮らしのときは、全くそんなことはなかった。それは湿気が強いからだ。

さあ、その湿気対策をどうするか。これが大きな課題。
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地面に布基礎を打っていないので、地面から湿気があがる。なので、畳はブカブカになる。野路板も。

どうするか。
防湿シートを敷いて、その上に砂利をまいてシートをとめる。
畳は外してフローリングにする。もちろん杉の材質。

まわりの竹林や薪などの外柵の木を伐採してしまう。風通しを良くするしかない。
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冬の断熱をどうするか。
フローリングの下には断熱材がほしい。グラスウール系とか発泡スチロール系のものにするのがい良いのか。それでは、お金もかかるし面白くない。

かつて無農薬の田んぼをやったとき、脱穀したときの籾殻が大量にある。それを敷くか。いやそれでは、虫が発生したり、ネズミの巣になったりしないか。
では、消石灰などを混ぜたらどうか。それでは、モミに湿気が来たとき、湿気が抜けないで腐ったりしないか。

ということで、友人と話していて気がついた。

「そうだ、もみ殻くん炭」をやってみようか。籾殻が炭になる。それを敷けば腐ることもない。竹炭を混ぜてもいい。虫もこない。ネズミも来ない。それを紙の30キロの米袋に入れて敷けばいい。その上に杉材を貼るのだ。
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では、部屋そのものの暖房はどうするか。全部で30畳ほどある。

簡単なのは、玄関に大きな薪ストーブを置くこと。燃やす材質は無限にある。それはそれで、すばらしい。
玄関もいいが、メインの10畳の部屋を土間にしてしまうって考えもある。コンクリートを貼って、そこに薪ストーブを置く。それはそれで、温かい。

しかし、それよりも掘りごたつと囲炉裏はどうか。そうなると、排煙をどうするか。強制循環させるか。

いや、ドラム缶レベルのロケットストーブで、煙突を部屋に麻浦して、その上に赤土をかぶせて、座れば温かいようにする。腰掛けオンドル。そんなこともできる。

そんなこんなで、毎日、建築に詳しい人に聞いたり、ネットで調べたりしている。

なりきって演奏してた。3歳児。

なりきって演奏してた。3歳児。
こないだ山下洋輔のピアノコンサートに行ったが、わりとこんな感じでもある。そのあと、みんなで絵を描いてた。

今月は、お泊り親子は3組。
親子が泊まりに来てくれると、いろいろ乱雑になったり、そしてまた片付いたり、ともあれ活気が生まれる。賑やかなドラマが生まれる。

池谷 啓 - なりきって演奏してた。3歳児。...

スマナサーラ長老との出会い③ 大洋村時代

スマナサーラ長老との出会い③

スマナサーラ長老は国費留学でスリランカから駒沢大学に留学。研究するのは道元禅師だ。道元というと、日本の仏教者の中でこれほど難解かつ深遠な哲学はないと思う。

しかも、難しい日本語と漢字で学ぶというのだから、それはたいへんすぎる。たとえば、こういう文章だ。

仏道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。(『正法眼蔵』現成公案

日本人がいきなり、ギリシア語でアリストテレスを学ぶとか、スコラ哲学をラテン語で学ぶよりはるかに難しいと思う。

ちなみに、今年の四月に、佼成出版社から「スマナサーラ長老が道元禅師を語る」という本が発刊されて、長老によって見事に生き方、人間のありよう、そして暮らしの役に立つ生き方として語ってくれている。
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長老は、駒沢大で博士号は取得することはできなかった。図書館で本を借りて読んだり過去の数々の論文の文献を読んだりすること自体が大変だったろうと思う。指導教官の奈良康明教授から「あんなにすぐれた人がもったいないことでした」と直接聞いたことがある。

ともあれ、学位もとれず、このまま日本に居続けるのか、スリランカに帰るか、そんな宙ぶらりんの時に、私はお会いしたことになる。
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後に「上座仏教修道会」を主催する竹田倫子さんの引き止めもあって、日本で仏教の講話しながら暮らしていくことになった。

暮らすところは、竹田さんの別荘のある茨城の大洋村という辺鄙なところである。なにしろ空き家ばかりのところである。

無人駅、野犬はいる。たいそう寂しいところであった。そこで、瞑想指導会を持たれていた。

当時の長老は、わりとヒマそうで「普段はなにをされているんですか?」と聞くと、「私の趣味は、散歩しながら、空き家になった幽霊屋敷に名前をつけることです」とか言っておられた。

カラスに餌を上げたりもしていたが、竹田さんから「長老、生き物を大切にされるお気持はわかりますが、カラスには餌をあげないでください」と注意されていたりした。

戦前戦後のものすごく古い歌ばかりだ

古民家改修の日々。
あかりが掃除にはまっていて、毎日、「雑巾がけやろうよ」と言ってくる。
とにかく拭けば拭くほど、きれいになる。雑巾をすすぐとバケツの水は真っ黒。気持ちはスッキリ。(たぶん三日坊主のような気もするけど)
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デイサービス時代に利用者さんと歌っていた歌の歌詞500枚くらいある。大きな活字に印刷してダンボールで補強してある。
それを出してきて、歌い始めた。(ぼくは二弦ギターの伴奏 ドとソだけ)
咳のため、まだよく声は出ないけれど、すこしリハビリに良さそう。
あかりも一緒に歌う。
のだけれど、「長崎物語」「リンゴ村から」と「東京だよおっかさん」「りんごの木の下で」「さくらんぼの咲く頃」とか、戦前戦後のものすごく古い歌ばかりだ。
意味を聞かれて、時代背景を説明するのが、とても難儀だ。

 

スマナサーラ長老との出会い①

スマナサーラ長老との出会い①


「すごいお坊さんがいるんです。いまその方から学んでいます。スリランカから来ているお坊さん。池谷さんに、ぜひその長老を紹介したい」と言う。竹田倫子(後の上座仏教修道会主宰)さんからであった。
──スリランカ? 小乗仏教
どうせ、そんな坊さん、たいしたことはないだろうとタカをくくっていた。
スリランカなどは後進国。南方仏教は小乗。大乗仏教と比較したら、遥かにレベルが低い。もとよりそんな先入観があった。
ともあれ、会場の竹田さんの新宿のマンションを訪ねた。
そこは、子育て中のお母さんたちがメインの集いであった。20人くらいかなあ。
赤ちゃんが泣いている、幼い子がよちよち這い回っている。
そこにオレンジ色の法衣をつけた僧侶がいた。
その方がスマナサーラ長老であった。
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挨拶すると、びっくりするほど日本語が堪能。そして自然で普通な対応。
小さな子どもたちは、外国人の派手な衣装の坊さんが珍しいのだろう。ちかくに寄っては裾を引っぱってはよじ登る。肩に乗る。頭の上に乗っかる。
そんな状態で、スマナサーラ長老は法話をしていたのだった。
そうしたお母さんたちへの説法だから、難しい理論ではない。暮らしに、生き方に役に立つ智慧を教えてくれていたと思う。
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その時の説法はよく覚えてないけれど、
「池谷さん、〝念〟というのは今ここに気づくということになんですよ」
という言葉に、ううむと思った。
念というと、念ずると使う。念力とか、何かに集中していく。あるいはエッセンスを忘れずに保っている(憶持不忘:おくじふもう)(記憶習修:きおくしゅうじょう)。それが仏教界のいわば常識であった。
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そうではなくて、もともとの意味は「いまここに気づくこと」。それが念である。それが、パーリ語の〝サティ〟の訳であること。
そして、「いまここ」とは、自分の動作、呼吸、感情の消滅、それらを微細に緻密に観察していくこと。それがブッダの教えである。
そんなことを教えてもらった。
たぶん「ある」とか「自分がいる」ということについて、やりとりしたと思う。でも、そのことについて、質問している自分がまったくわからないのに、スマナサーラ長老の話がわかるはずがない。
しかし、これは自分にとって、一つの突破の出逢いであった。
いまここに気づいていなくて、概念の海に溺れていて、目の前の生き生きとした現実に挑戦していない自分にとって。
もう40年くらい前の話であった。(続く)

古民家暮らしも、もう一ヶ月

荒れ放題であった古民家暮らしも、もう一ヶ月。
今朝はあかりと、せっせと雑巾がけ、そして仏具の真鍮磨き。
やることは山ほどあるが、掃除するたびに整っていくのはうれしい。心も清まっていく。

廊下、床、階段、障子の桟なども雑巾で拭き取る。
8年間放置した家だから、雑巾は真っ黒になる。

バケツの水は汚れた雑巾で真っ黒になる。その分、部屋はきれいになる。
雑巾がけは、修行のもっとも基本になるもので、心が整う感じがする。
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古民家なので、無垢(むく)の木だ。雑巾がけするほどに磨かれていく。いまの建築は新建材ばかりで、見た目はきれいだ。だが、化学物質と印刷した紙みたいなもので、雑巾がけしていくと剥がれていく。出火すると有毒ガスが出て最悪だし。

──じゃあ、明日は窓ガラスを拭くぞ。それから、網戸の張替え、障子の張替えも。

あかりは、楽しそうに掃除を一緒にやってくれる。仏具の真鍮磨きなども念入りだ。

まあ、なんでもそうだけれど、掃除、雑巾がけ、磨いていくことが基本中の基本とあらためて思うよ。

スマナサーラ長老との出会い②「仏法学舎」に長老が訪れるところから始まる

スマナサーラ長老との出会い②

スマナサーラ長老をはじめて知ったのは、テープの音声からだった。
当時、私は「仏法学舎」という集いに出て、大乗仏教を広く学んでいた。

導師は、金田道迹(かねだどうしゃく)という方で、浅草で仏壇屋を営んでいて、自ら出家道に入った方だ。
テキストは、『法華経』「秘密曼荼羅十住心論」などを用い、講義の内容はすごかった。

「秘密曼荼羅十住心論」は、平安時代空海の著したもので、インド哲学批判から、小乗、大乗、華厳・密教に至る。それを入門書にして講義していた。
  ▽
金田師のすごいところは、何を聞いてもどんなことを聞いても、即座に経典や論書の文句が出てくることだ。

解深密経」は読んだか。「大乗起信論」を読んだか。「即身成仏義」はどうだ。『法華経』の三乗方便道を知らないのか、と聞かれたが。わたしはほんどわからない。

さらにすごいのは、その場でホワイトボードで即座に図(マンダラ)で表してくれること。まこと秀逸な方であった。

しかも、お金は取らない。講義が終わった後はおいしい食事まで出してくださる。メンバーは20人くらいいた。しばらくそこの集いに参加して仏教を学ぶことにしたのだった。私が30歳のときだ。
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そのメンバーに竹田倫子さんという方がいた。後に、上座仏教修道会を主催することになる。
竹田さんが、あるとき、その仏法学舎にスマナサーラ長老を連れてきた。

金田道迹師は、「わしは大乗の菩薩じゃ」というありよう(マウンティング)で、はじめからスマナサーラ長老を未開の国の小乗仏教のレベルの人と見ていた。自分は椅子に座り(足が悪いということもあり)、スマナサーラ長老は下座の位置のままのやりとり。

私はその場にいなかったが、その様子は竹田さんから聞き、そのやりとりはテープで聞いた。
  ▽
金田師は、小乗の涅槃と大乗の涅槃の違い、そして、法界体性智というところから、華厳や法華の話をする。話をしていながら、かなり混線してきているのがわかる。

スマナサーラ長老はそれを聞きながら、金田師の論理的な矛盾を時折、衝いていく。しかし、あえて論争にはしない。
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金田師は、参加者に「みんな、折角の機会だから、このお坊さんに質問があったらするように」と言う。
で、参加者のBさんという女性が、質問した。

「瞑想のポイントは何でしょうか?」
スマナサーラ長老は即座に答えた。

「捨てることです。瞑想するとある境地に達することがあります。ときには、至福の体験を得ます。しかし、また別の機会に瞑想するとき、〝また、あのような体験をしたい〟と思ったら、もうダメなんです。
瞑想のポイントは、毎回、毎回、いままでの体験を捨てるんです。捨てて瞑想するんです。どんなすばらしい体験があっても、すべて捨てるんです」

そんな答えであった。
そのやりとりをテープで聞いたのだったが、「おお、すごい」と思った。
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その場にいた鈴木一生さん(後に、テーラワーダ仏教協会を立ち上げる)は、「この人はホンモノかも」と直感する。
そして、長老の大檀那(スポンサー)となってゆくのだった。

旅費、生活費、マンションを提供する。
「テーラバード」という会社(ゴルフ会員権販売)をつくり、そこに週一で社員教育で仏教を教えてもらうという形で、長老に謝礼を渡す。

やがて、千駄ヶ谷のアパートの二階に、任意団体として「テーラワーダ仏教協会」を立ち上げる。そして、定期的に長老の法話を開催。その講話集を自費出版していく。

編集したのは、根守さんという方で、鈴木一生さんの友人。青春出版社の編集長をされていた。それらの出版物が蓄積されて、やがて「怒らないこと」(サンガ)など、膨大な出版物が世に出ていくことになる。(続く)

酵素玄米

米食にしている。
独特の炊き方(長岡式酵素玄米法:一升炊き)。もっちりして、かなり美味しい。玄米+小豆 これにごま塩と大根の葉っぱ程度の野菜で十分かも。
噛めば噛むほど美味しい。そして腹持ちがいい。
  ▽
玄米は、いわばまるごと全体食。
白米は、水にいくらつけても芽は出てこない。
玄米は、水があれば発芽する。すなわち、生きているってことだ。
玄米だけでも十分かも。まあこれに、ぬか漬けとか梅干しとか。
  ▽
庭には、葉蘭(はらん)という大きな葉っぱ生えている。寿司の仕切りなどに 使われるものだ。この葉っぱで おにぎりを包んだり、そのままお皿として玄米を乗せたりすれば、 なかなか味わい深いのだ。

 

いちりん楽座の案内 「副業・起業やってみようか」6/16(日)14時〜

いちりん楽座の案内
「副業・起業やってみようか」
6月16日(日)14時〜17時(入室は13時半から雑談)
人生のセカンドステージづくり。
「副業」をしてみたい。いつか、起業してみたい。
こんな成功例がある、こんな失敗例がある。
体験をシェアしながら、情報を共有していきたい。
「こんなやり方、あったのか」「お金もやりがいも挑戦も手にできる」‥‥そんなカタリバを作りたい。
  ▽
参加ご自由。無料。顔出しも自由。途中入退室可。
GoogleMeet 下記をクリックすれば参加できます。
https://meet.google.com/ohk-xxgz-znx
生きていくのにお金がいる。そして、ますます暮らしはきつくなる。税金だけは、しっかり持っていかれる。
サラリーマン暮らしも大変。かといって、独立するのも大変。
ぼくは、はからずもサラリーマンを辞めてフリーランス(編集と執筆)になって30年余。なんとか、生きつないでいる。が、この先、分からない。
  ▽
『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか」(若月澪子 朝日新聞出版)を読んだ。「副業を探している、副業に取り組んだことがある」という40~60代、およそ100人の中高年男性に取材を試みた」という。
物流倉庫、受験の試験監督、ポスティング、食品工場、週末のウーバー、配送、スタバ、デリヘリドライバー、ラブホテル清掃、宴会場で働く、交通誘導員、駐車場誘導員、冷凍倉庫の夜勤バイトなどの副業で働く人などを取材している。
 ▽
起業が成功すれば、働き方は自分で決められるってのがいい。さて、しかし、どんな仕事があるか。
アフィリエイトせどり(かつては古書)、輸出せどり(メルカリでゲットして輸出)、金属リサイクル(空き缶回収)、更地を買って古紙回収の会社にレンタル。中古物件を買って自分で補修して貸し出す。これがうまく回転すれば、悠々だなあ。田舎でただ同然の家をもらい補修して貸す。ただ同然の家に暮らし、便利屋を続けている友人など。おじさんレンタルっていうサイトもあった。
 ▽
まあ、人生、いろいろ。健康とコミュニケーション力、発信力があればなんでもできる。かもしれない。
まあ、そんなことを語り合いたい。結論が出る話ではない。
「こう工夫したらいいんじゃないの」「そういうニーズってあるよ」とか、いろいろ新鮮な発見があるかも知れない。ま、ビールでも飲みながらの気軽なカタリバってところで。

人が泊まりにくるたびに、片付いていく

8年間放置していた古民家の改修。
きょうは、湿気のためにブカブカになっている畳を外した。
下地も弱っている。歩いているとバキッと割れる。その下は地面だ。
コンクリートの布基礎・ベタ基礎がしていない。石の上に乗っている家だ。
下からの湿気が大きい。
  ▽
さて、どうするか。
下地の板を外して、防湿シートを敷く。その上に簡易セメントを流して下からの湿気を止める。時間があれば、その上に竹炭をたくさん敷く。
そのためには、毎日、竹炭づくりしなくちゃいけないなあ。
畳はやめて、フローリングにする。冬対策で、断熱材はほしい。
市販のものもいいが、手持ち在庫の大量の籾殻と灰、石灰を混ぜたものを床材の下に敷こうか。いま試行錯誤。
今週、2家族が泊まりに来る予定。人が泊まりにくるたびに、片付いていく。

 

 

 

 

 

鳥の名前覚えようかな

古民家の改修。8年間の空き家の復活。
コツコツと改修している。

箒、雑巾がけ。古い畳を廃棄。
空き缶と硝子など分別。草取り。放置竹林の伐採。
  ▽
まずは床の間にどーんと仏壇を置いた。
祈りと瞑想の場は整ってきた。
真鍮の仏具はピカールで、ピッカピカに磨いている。

やることはたくさんありすぎる。
しかし、手をつけ始めれば、着実に変わっていく。
そして、もっとも居心地のいい場になりつつある。
  ▽
なにしろ森の中。
朝の4時前から鳥が鳴き出す。
まずは「焼酎一杯グィー」と鳴くセンダイムシクイ。次に「ホー・ホケキョウ」のウグイス(ター・タッキュウビンと鳴くのもいる)。夜まで泣いているのが「テッペンカケタカ」のホトトギス、など。
いろいろいるだろうけど、わからない。
  ▽
そういえば、大江健三郎の講演に行ったことがある。
息子の光さんは、まったく一言も話をしない子であったという。
それで、大江さんは、鳥の声のテープを聞かせていた。

10歳くらいであったろうか。森を一緒に歩いていると、突然、「この鳥は○○です」と初めて口を開いた。テープで語られているアナウンサーのような口調で。

そんなことを思い出した。
鳥の鳴き声、昆虫の名前、草の名前、星の名前、せっかく山里に暮らしているのだから、あかりとともに覚えたいもの。

あかりとユーザー車検に行く

──きょうは車検だけど、行くかい? たぶん、おもしろくないよ。でも、社会勉強にはなるよ。
「うん。いく」

あかりが「行く」というので、連れていった。
こないだ、譲っていただいたヴィッツユーザー車検だ。

ユーザー車検は、その制度が始まってからやっているので、合計したら10回や20回くらい体験している。まあ、慣れてはいるんだ。

ただ、書類を書いたり、あちこちの窓口に行ってお金を払ったりする作業が、なかなかの手間だ。これに30分。
車検コースに入るまで、待っている間が30分。
実際の車検のコースそのものは、20分くらい。
不合格になると、修理工場で調整してもらって再検査。それで合格すれば、車検証がもらえる。まあ、全部で3時間かなあ。
  ▽
浜松市陸運局に行く。あかりも一緒だ。
13時からのコースを予約していたが、早く着きすぎて昼休み。窓口は閉まっている。

さて、どこで時間を潰そうか。
近くに、浜松の繊維産業の展示館があったので、見に行く。
しかし、まったくつまらない。よくもつまらない。
「もう帰ろうよう」とあかりは言う。
──どうしてつまらないか。それを観察するのが目的なんだよ。

浜松市の重要産業の礎は織物にある。その展示館なのに、もったいないことだ。
お役所仕事だと、どうしてかくもつまらない展示スタイルなるのか。そこを観察する。

お役所の人は、見に来る人が多かろうが少なかろうが給料には関係ない。むしろ少ないほうがラクだろう。ということで、かたちだけの展示になる。浜松の繊維産業のことを伝えようなんて気持ちはないなぁ。「形だけはやっている」というところ。

まあ、行政が企画管理する展示館や博物館は、どこも同じ構図になる。
たとえば、銀座の近くにある消防博物館やら、九段にある昭和博物館、小石川だったかなあ、戦争で被災した人の博物館など、ものすごい一等地なのに、おそろしく見事につまらない。そんなのは数えあげればキリがない。まあ、そこは深入りしない。制度設計の問題。
 ▽
さて、時間が来たので陸運局に行く。
待っている人たちをぱっとみて、整備会社の人が5割、ブラジル人が3割かなあ。モスリム(イスラム教徒 たぷんパキスタンの人かなあ)、そしてタトゥーをしている人もいる。多国籍の現場。

「おとうちゃん、どうしてブラジルの人が多いの?」

──中古車の売買を仕事にしている人がいるってことだよ。おとうちゃんの友だちのインド人やネパール人は、中古車の売買で1億円くらい儲けたんだよ。ブラジル人も有能な人が多いよ。あかりも知っているペルー人のパチェコも中古車の売買をやっている。たいしたもんだよ。

「へええ、それはすごいね」
──だからあかりも、将来は海外で働いて仕事ができるようになるといいね。まずは外国語を覚えることだなあ。
 ▽
ユーザー車検なので一番の窓口に行く。事前にデータは登録しているので、わりと俊敏に書類は出てくる。
「13番に行って、印紙を買って、それから11番に行って、自賠責を払って、それから13番で書類の確認。それから、ここにまた来てください。

ということで、あちこちに行って書類を書いたり重量税や自賠責を払う。そしてまた一番に戻る。しかし、自賠責の期間が間違っているとかで、またやり直し。
ということで、やっとコースに行く。
 ▽
「タイヤのホイールを外してください」
と言われた。外すのがわりとたいへん。
ボンネットあけて、車台番号の確認、それからウィンカ、ハザード、ウィンドウォッシャーの確認など。

本コースに入る。
まずは、排気ガスの検査。‥‥合格。
次は時速40キロ出して、ブレーキの確認。‥‥合格。
ライトの確認。‥‥こちらは、不合格。(光軸のブレ。だいたいここで、いつも不合格)
それから、車の下回りの検査。‥‥合格。

不合格になったライトは、近くの修理工場に行って調整してもらう。2千円かかった。
それから、再検査。‥‥合格。
やっと新車検証を発行してもらえた。
 ▽
──まあ、こういうことで、おもしろくはないとおもうけれど、勉強になったかなあ。

「うん、どきどきしたよ。でも、車検が通ってよかったね」

──ユーザー車検を体験した8歳の女の子なんて、日本では一人くらいだと思うので、そこは誇りに思っていいよ。

「そんなことより、おとうちゃん。〝たこまん〟によって、美味しいお菓子を食べよう」

しかし、iPhoneを忘れたために、〝たこまん〟にたどり着けず。〝きころ〟という店とパン屋に寄って、おいしいプリンとかフランスパンを買って帰ったのだった。

ツルハシでザクッザクッと草取り

ツルハシでザクッザクッと草取り。根っこがものすごい雑草が多い。ツルハシの重さと勢いで根っこごと掘ってしまう。
ザクッと掘るワザは、武術のようである。
腰を中心にぶれないで、打ち込む瞬間だけ丹田(たんでん へその下にあるエネルギーの源)と腕に力を入れる。
あかりも結構、なかなかコツが分かりだして、上手になってきた。
  ▽
草は段ボール箱にぽいぽい放り込んでいく。すぐに一杯になる。
こうして段ボール箱に入れて枯れさせる。
土の上に置いておくと、草の根は生きているので、またそこから雑草が生えてくるのだ。
ダンボール箱が草で一杯になると。やった!という達成感もある。なかなかの筋トレでもある。丹田の鍛錬でもある。こんないい運動はないな。
  ▽
掘っていくと大きなミミズが出てきたので、ちょんとつついては縮まるさまを観察したのだった。
「ミミズは目がなく、手足もないんだ。でも、ミミズが掘った孔は、空気や水、そしてもっと小さな動物の通り道になるよ。微生物が活発に働いて、有機物を分解していんくだよ」
昆虫の観察、トレの鳴き声の見分け方。いろいろと自然から学ぶことがたくさん。

 

朝はドラム缶風呂

朝はドラム缶風呂を沸かす。
早起きして朝風呂というのがいい。あかりは二度も入っていた。
これは、U字溝を利用したロケットストーブ型のドラム缶風呂。
不要になった廃材、家具、書類などもバンバンと燃やす。
古民家の改修は、少しずつすすんできている。まったく森の中だよ。ウグイスとホトトギスがよく鳴いている。こないだは、シカが庭を飛び跳ねていた。