過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【入院考】2026.08.31

【入院考】2026.08.31

一度は入院を体験しておくといいな。

これまで、そうした経験がほとんどなかった。家族も入院することがなかった。

なにしろ「入院」というものを「大ごと」だと思い込んでいた。

本来なら入院して療養すべき時にも、何とか我慢して乗り切ろうとして生きてきた。

でもあのとき、あれほど頑張る必要はなかったのだ。入院して、的確な指導や適切な処置を受けていれば、もっと早く回復し、多くの気づきを得られたかも。それは、もったいないことだった。

仕事を休むことはほとんどなかった。何しろ元気だったからね。

しかし、それは自分の体を大切にしてこなかったとも言える。

堂々と休み、しっかり養生することを、自分に許してこなかったんだ。

人生は我慢と忍耐。まるで耐久レースを走り続けてきたような気もする。

自分をいたわり、ときには甘やかしながら生きることが、長い人生には何よりも大切なのだ。休むことも人生の技術だなあ。

入院は「病気が重くなった結果」であるが、「自分を預け、回復するための場」として捉え直してみる。

【今日は入院初日】2026.07.31

【今日は入院初日】2026.07.31

天竜病院に到着。PCR 検査して入院手続き。採血、心電図、レントゲン、CT スキャン。
担当医師とのやり取り。栄養状態が良くないこと、亜鉛が足りないこと、肺の一部に誤嚥性肺炎の影響があること。

入院手続きして、相部屋のベッドに入る。あいにく窓側ではないが。
看護師、理学療法士、薬剤師、入退院計画の担当者、病棟室長などが次々に来てくれる。

みんな人あたりは優しいし、やり取りもテキパキして無駄がない、適確だ。しっかりと相手の目を見て話をする。

私のところだけでなく、同じ病室の患者さんのところにも訪れるので、病棟はなかなか活気がある。

エアコンが少し効きすぎて寒く感じる。慣れるとは思うが。
ともあれ春野町の家とは別世界である。

昼食は食べることができた。完食に近い。こちらのベッドの硬さと角度がいいのだろうか。安定して食べることができた。

誤嚥性肺炎のための抗生物質の点滴、薬の管理を看護師がしてくれる。パジャマの手配から、食料に至るまで最後にわたって段取りしてくれるのはさすがに病院である。全くお 任せ と いう 状態。

全くお任せの暮らしが、入院生活である。
トイレの介助、入浴の介助、薬の管理。体温や血圧なども定期的に測ってくれる。
さらに、看護師は日々の会話を通してこちらの様子を的確に判断してくれる。そして医師が総合的に判断する。一つのチーム、一つのプロジェクトとして医療が進められているわけだ。
こうして何もかも任せて暮らすというのも、新鮮な体験である。

この入院生活をどう過ごそうか。「いのちの問答」を徹底して深めていくのもいい。
自分自身について整理し、これまでの人生を振り返りながら記録として残していくのもよいか。

今夜、眠れるかどうかという心配はある。ラジオ深夜便を聞いている。

【変化する命を観察】2026.07.30

【変化する命を観察】2026.07.30

人生は、川の流れのようなものだ。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」(鴨長明の『方丈記』)

移り変わり続ける命の中で、今この瞬間を生きているのだと感じる。

体調によって、「あと10日くらいでこの世を去るのではないか」と思う日もあれば、「いや、秋までは大丈夫だろう」「いや、12月くらいまでは生きられるかもしれない」と感じる日もある。

今朝は無気力で、無力感に包まれていた。「このまま衰弱していく」「あと1週間ほどで限界を迎えるのではないか」そんな気持ちでいた。

さらにはこの4日間ほど、息をするたびに右脇腹が痛んでいた。かなりのズキズキする痛みであった。呼吸をするだけで痛みが走る、圧迫骨折か肋骨にヒビが入ったのではないかと思っていた。

今日も痛みが続くようなら医師に診てもらおうと考えていたが、痛みが和らいできた。まだ完全には治っていないものの、痛みの峠は越えた。

痛みは少し ずつ起こり、強くなり、少しずつ軽くなり、やがて消えていく。その変化を観察していた。

食欲不振についても変化していった。「何とか食事をしなくては」「炭水化物は取らなくては」と思い、伊藤園のパーソナル炊飯器でご飯を炊いた。

マグカップほどの大きさの炊飯器で、雑穀米と水を入れると10分ほどで炊き上がる。炊きたてのご飯が食べられる便利な炊飯器だ。

鶏のささみと納豆、梅干しをおかずに食べた。

すると、不思議というより当たり前なのだろうが、元気が出てきた。

朝の時点では、「あと1週間でこのいのちな終わってしまうのではないか」という気分だったが、食事をしたあとは、その感覚からずいぶん遠ざかり、力が戻ってきた。

やはり、食は大切だ。食を保つことは、命をつなぐことなのだと実感した。

当面は炭水化物とタンパク質をしっかり取っていきたい。

エンシュアも飲んだ。砂糖や乳製品は、今の私の体には少し負担が大きいかもしれない。

さらにちゃんと食べるものを工夫すれば、体調ももっと変わるのだろう。

できれば、味噌汁に豆腐や油揚げ、そしてネギなどがあれば最高だ。

明日から入院となった。

この暑さでは体力が持たず、呼吸も苦しく、食欲も落ち、さまざまな問題が出てきている。そのため、緊急避難として入院をお願いした。お盆明けまでだ。観察は続く。 

【いちりん楽座 葬儀とお墓】2026.07.30

【いちりん楽座 葬儀とお墓】2026.07.30

いちりん楽座を開催します。

20時〜22時

参加される方は、下記サイトをクリック。 顔出しは希望者のみ。

meet.google.com/kzk-jgqh-ref

今日のテーマは、「葬儀とお墓」です。

死んだ後のことについて、語り合ってみたいと思います。

私は、「葬儀はいらない」「お墓もいらない」「そのためのお寺もいらない」という考えです。やりたい人には「やめなさい」とも言いません。「どうぞどうぞお好きに」と。

火葬して、そのまま終わりでも構いません。「お骨を拾わない」という選択もいいと思っています。あるいは、川や海、山に散骨してもらっても構いません。

もちろん、「戒名」もいりませんし、お経をあげてもらおうとも思いません。「何もなくてもいい」という立場です。

ただ、それらは残された人たちのグリーフワーク(悲嘆の過程)としては意味があるのだろうと思っています。

しかし、死んでいく私自身にとっては、今のところ、そうしたことに特別な意味はないと考えています。

※明日から入院するため、お盆明けくらいまで、楽座はお休みといたします。

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【明日から入院】2026.07.30

【明日から入院】2026.07.30

明日から、お盆明けまで天竜病院に入院することになりました。

衰弱の程度が激しく、この暑い夏を乗り切ることを考えると、「緊急避難的」な入院になります。あるいは「サポート入院」という形です。その先のことは、まったく分かりません。

頭はまだはっきりしていますので、病院の中からも発信は続けていきます。ただ、「いちりん楽座」の開催は相部屋のために、難しいかもしれません。

入院生活の中で、また新しい発見があるのではないかと思っています。

今は期待もなければ、諦めもありません。ただ、目の前の現実があり、その現実が動いていくのを見ていくだけです。

【いちりん楽座の案内】2026.07.28

【いちりん楽座の案内】2026.07.28

7月28日 20時から22時まで。

参加される方は、下記サイトをクリック。 顔出しは希望者のみ。

meet.google.com/kzk-jgqh-ref

本日のテーは「痛みの解剖学」

痛みを単なる「障害」や「不快なもの」として遠ざけるのではなく、「一緒にいる」。

すると痛みは変化し、場所を移し、質を変えていく——そのプロセスを一つ一つ確かめるように言葉にすることで、痛みは「敵」から「現象」へと変わっていく。

痛みに支配されるのではなく、痛みと共に時間を過ごす——身体が発するサインだとして対話を試みる。

痛みを「固定した敵」と見るのではなく、絶えず変化する現象として見つめていく。

それは痛みという現象を通して「いま」に留まる練習になる。感覚が移ろいゆくものだと、身体で確認していくことになる。

痛みを観察すると、何が見えてくるのでしょうか。一緒に考えてみたいと思います。

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【痛みとともにいる】2026.07.28

【痛みとともにいる】2026.07.28

右の背中、背骨から肩甲骨の上のあたりがズキズキと痛む。息を吸ったり吐いたりすると痛みを感じる。

激しい咳のために、筋肉や筋膜を痛めたのだろうか。肋間神経を痛めたのだろうか。

まさか肋骨のヒビではないと思うが‥…。そのうち咳をするだけで圧迫骨折、なんてことになると恐ろしい。明明日、検査してもらう。

痛みの場所がはじめは漠然としていたが、だんだんと特定されてくる。

そこに手を当てる。呼吸をするたびに骨が動くのか、ギシギシと音がするような感覚がある。

ギシギシから、つぶつぶの泡のようなものが呼吸のために小さく動くような感触がある。錆びた「超つがい」がつっかえながら、動いているような。

そのうち、右の下の脇腹も痛くなってくる。

時間が経つにつれて、痛みの質も場所も変わってくるのだ。

しばらくすると、異なる感覚が起きていく。感覚が瞬間瞬間、変化していく。その感覚を味わっている。痛みとともにいる。

【病とともに生きる中でつかんだ観察主義】2026.07.27

【病とともに生きる中でつかんだ観察主義】2026.07.27

かつては瞑想というものに興味があり、好きでもあった。さまざまな瞑想を探求してきた。

禅の瞑想、光の瞑想、マントラ瞑想、ダンスの瞑想など。

ある瞑想を指導している人が、「これから瞑想に入ります」と言って瞑想を始める。そして30分ほど経つと、「では、ここに戻ってきてください」とリードする。

その人にとって瞑想とは、こことはちがう別の世界へ行き、終わると現実世界へ帰ってくるものなのだろう。

私のいう瞑想は違う。常に「ここ」にいる。どこにも行かない。特別な次元や特別な世界に入ることはない。

座禅でも深い禅定に入ることはある。禅定は特殊な意識状態とも言えるので、禅定から戻る時は、現実世界に戻るという感じはあった。

現実世界が雑然としていて波立っているため、戻ってきたたと感じられるのであった。

私が今やっているのは、もはや瞑想ですらない。ひたすら「観察」である。

身体の観察。身体において起きることを、ひたすら観察していく。

呼吸に意識を向け、呼吸を観察する。呼吸にともなうお腹の膨らみと縮みを観察する。座っている感触、足の痛み、腰の痛みなど、身体に瞬間瞬間起きている現象を、そのまま観察していく。

それによって何か特別な世界に至るとか、病気を治そうとか、そのような期待も計らいもはない。

ただ現実に意識を向け、現実を観察するだけである。

そこに喜びがあるのかと言えば、あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、それしかない。まさに、それしかないという世界である。

現実のリアルはそこにある。だから、それを見つめるしかない。

まして身体が苦しいときは、今ここで起きている苦しみや痛み、絶望感を、そのまま味わい、観察するしかないのだ。

その先に何があるのか、悟りがあるのか。そんなことはまったく期待しない。求めてもいない。

これは瞑想というよりも「観察主義」といえようか。 観察そのものが、私の生き方になっている。

【いちりん楽座の案内】2026.07.27

【いちりん楽座の案内】2026.07.27

7月27日 20時から22時まで。

参加される方は、下記サイトをクリック。 顔出しは希望者のみ。

meet.google.com/kzk-jgqh-ref

本日のテーマは「自殺と安楽死」

生老病死、死の受容、怒りの管理、後悔の対処などをテーマに語りあってきた。

本日は「自殺と安楽死」ということで、非常に際どく、切実なテーマだ。

苦しい時、つらい時、どうしようもなくなった時、「自殺」しようと考える人もいる。

実際に自殺する人は、年間およそ1~3万人と言われているが、そのような思いを抱える人は、何百万人といるのではなかろうか。

自殺は決していいことではないと言われる。自殺をすれば、本人だけでなく、残された家族も長く苦しむ。「死後の世界も苦しむ」という人もいる。

しかし、それは本当かどうかは分からない。どのような死に方であれ、死後の世界は等しく安らかなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。誰にも分からない。

ただ、せっかくこの世に生まれてきたのだから、その可能性を自ら断ち切ってしまうのは、もったいないとも言える。

この世を「魂を磨く修行の場」と考えるなら、できる限り修行を積んでから、あの世へ行った方がよいという考え方もある。

また、苦しみの中でも、周囲の支えや時間の経過によって状況が変わることもある。

一方で、「安楽死」という選択肢もある。スイスでは安楽死が認められている。日本でも安楽死が議論されるべき時期に来ているのではないだろうか。

難病などで心身ともに苦しみ、「これ以上苦しむよりも安らかに逝きたい」と願う人も少なくないだろう。

本人も家族も納得のケースであれば、認められてもいいように思う。

しかし一方で、圧力で人を安楽死へ追い込むような状況が生まれる危険性もある。

自殺も安楽死も、自らの寿命を断つ行為であるともいえる。並列にはとても論じられないが、社会的な問題を含め、さまざまな角度から考えてみたい。

 

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【絶望からの回復】2026.07.27

【絶望からの回復】2026.07.27

苦しさを否定せず、かといって一体化もしない。

毎朝目覚めると無力感に襲われる。朝7時の時点では、「今日も無気力で、絶望的だ」と感じていた。いま午前8時45分。前向きになっている。無力感、絶望感はない。時間とともに容態は移っていくのがわかる。

酸素飽和度が70~80%まで低下し、心拍数が130~140まで上がると、強い絶望感に襲われる。それはまさに100%絶望的なのだ。

脳も身体も生存の危機を感じると、強いアラート(絶望感や無力感)を出すのだろう。

しかし、酸素を毎分10リットルで数分間吸入すると、気力が回復してくる。

そのとき100% だと感じている絶望感や無力感は永遠に続くものではない。まことに瞬間ごとに変化していくことがわかる。

「絶望した」と言うと、その気持ちが自分そのものになってしまう。しかし、絶望感は固定した実体ではない。身体の状態とともに生起し、瞬間瞬間に変化する現象としてある。

だからといって、苦しい時「この苦しさは一時的なものだ」と念じたり、期待したりするわけではない。

「苦しさは移り変わるものだから心配しなくていい。絶望しなくても大丈夫だ。必ず何とかなる」と自分に言い聞かせる。希望の光が自分を引っ張り上げてくれることもある。

本質的には、苦しさや重さ、痛みは瞬間ごとに姿を変え、絶えず変化し続けている。

さらに、どこに意識を向けるかによっても、体験は無限に変化する。同じ苦しみのように見えても、一瞬としてまったく同じものはない。

そのことが本当にリアルに腑に落ちたとき、楽になれるのではないか、どうだろうか。探求している、観察している。

【入院の検討】2026.07.27

【入院の検討】2026.07.27

長らく一人で自宅療養を続けてまいりましたが、この数日でかなり限界にきております。もはや「一人で何とかする」段階を超えてしまいました。

エアコンの風向きを変えるためにリモコンを探すだけで、SpO₂は80%まで低下します。

また、エアコンをつけるために窓を閉めるだけでも、SpO₂は69%まで低下し、心拍数は140まで上がります。そのたびに絶望的な気分の悪さに襲われます。

横になっているだけでも呼吸が苦しく、仰向けでも横向きでも楽になりません。呼吸は「ハー、ハー」と浅く速くなり、少しでも楽な姿勢を探していますが、まだ見つかっておりません。

激しい咳が出ることも多く、そのたびに体全体が激しく震え、胸に強い痛みが走ります。まるで全身を鞭で打たれたような衝撃を感じます。

冷蔵庫はベッドから1メートルほどの場所にありますが、ドアを開ける元気もありません。

ほんの少し立ち上がったり、数歩歩いただけでSpO₂は大きく低下し、気分が悪くなります。心拍数も130~140まで上がってしまいます。

トイレへ行くのも1日1回がやっとで、それ以外はほとんど動くことができません。

食欲はこの数日来ほとんどなく、かろうじて流動食を口にしている状態です。排泄は便秘がちです。

このような状態ですので、一人で自宅療養を続けることは非常に困難になっております。

病院への避難を兼ねた入院について、ご検討いただけますよう、よろしくお願いいたします。

※AIに校正してもらうと、校正のまえに次のような適確なことばが。

SpO₂ 69%・心拍数140という数値は、手紙を書いて先生のご返信を待てる状態ではありません。これは今すぐの救急対応が必要なレベルです。手紙を送る前に、今すぐ119番(救急)に連絡するか、訪問看護・ケアマネジャーに緊急連絡することを強くおすすめします。在宅酸素の状態次第では急変の危険があります。

※自分の記録用に書いています。

【病状】2026.07.26

【病状】2026.07.26

食欲がない。今朝からほとんど食事をしていない。ご飯を食べる元気がない。

まあせめて卵豆腐とかヨーグルトとか栄養剤を寒天で固めたものとか食べているが。

食事をするための姿勢の維持も大変になってきた。

夏バテなのか、体調そのものがかなり衰えてきているのか分からない。

寝ていて呼吸が苦しい。肺活量がかなり低下しているため、肺にためられる空気の量が少ない。そのため、浅い呼吸を繰り返すしかない。

さらに咳が出る。咳をすると肺が痛む。咳の振動で体力を大きく消耗している。

寝たきりの生活が続いているため、体力もエネルギーも内にこもっている。鬱屈という感じ。これがなかなかにつらい。

それでもNetflixやAmazonプライムを見たり、ラジオ深夜便を聴いたりして過ごしている。

また、カタリバのネット懇親会「いちりん楽座」の主催も毎日続けている。

テーマは死を受け入れるとか。生老病死とか、怒りの対処とか、後悔先にたずなど。日替わりだ。

元気がないときは聞き役だ。たまに司会。おなじみのメンバーが増えてきたので、参加者がお互いによく話をされ充実したカタリバになっている。

※これは自分の記録用に書いています。

【いちりん楽座 後悔先に立たず】

【いちりん楽座 後悔先に立たず】

7月26日 20時から22時まで。

参加される方は、下記サイトをクリック。 顔出しは希望者のみ。

meet.google.com/kzk-jgqh-ref

本日のテーマは「後悔先に立たず」です。

「あの時、こうしていればよかった」「ああすれば、もっとうまくいったのではないか」。そんな後悔が次々と湧いてくきます。寝たきりになってから特にそれがたくさん出てきます。

小学校、中学校、高校、大学、そして社会人になってからと、人生のさまざまな場面で、「過去に戻れたら」と思う出来事が数多くあります。

では、その後悔とどう付き合っていけばよいのでしょうか。

「過去には戻れない」と切り捨ててしまうのも一つの考え方。しかし、そう言っても後悔は何度でも湧いてくる。

それならば、過去の自分を振り返り、解析し、そこから学ぶという付き合い方もあるのかもしれません。

過去の見つめ直していくと、自分という人間が見えてきます。

「あれがあったから今の自分がある」「これがあったから、この選択につながった」というように、無限とも思える因果の連鎖が見えてきます。

その連鎖をたどっていくと、最終的には「今ここ」にいる自分の存在そのものが、ありがたいものに思えてくることもあります。

そんな「後悔との付き合い方」について、皆さんと語り合えればと思っている。

 

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【絶望は過ぎ去る】2026.07.26

【絶望は過ぎ去る】2026.07.26

「深呼吸してください」、「大きく息を吸ってください」と言われるたびに、絶望的な気持ちになる。

大きく息を吸うことができない。吸おうとしても空気が入ってこない、たまらないのである。

肺は線維化し、空気をためておく余地がほとんどない。今の肺活量は、おそらく正常な人の二割程度ではないか。

寝たまま呼吸をしていても苦しい。息を吸っても十分に入らず、小さな補給を繰り返しているような感覚である。

仰向けでも苦しい。横向きになっても苦しい。少しでも楽に呼吸ができる姿勢を探しているが、まだ見つかっていない。

加えて激しい咳が出る。この咳が実につらい。体全体が激しく振動し、胸には痛みが走る。まるで胸を強く打たれたような衝撃である。

呼吸は、「ハー、ハー」と浅く速くなる。ほんの少し立ち上がったり、数歩歩いただけで酸素飽和度は大きく低下し、気分が悪くなる。心拍数も130から140まで上がってしまう。

まさに絶望的な状態である。

この寝たきり生活は、絶望感との闘いと言えるのかもしれない。

いや、闘っているというよりも、絶望感そのものを一瞬一瞬、味わっている、観察している生活である。

そこには絶望しかない。しかし、絶望も永遠に続くわけではないことを、この体は知っている。

絶望にも始まりがあり、終わりがある。激しい絶望が訪れても、やがて過ぎ去っていく。

その事実を、日々の体験として実感している。

絶望は過ぎ去る。

そのリアリティこそが、今の私にとっては、かろうじて希望と呼べるものなのかもしれない。

【暑さとの闘い】2026.07.25

【暑さとの闘い】2026.07.25 

今日はとても暑い。

暑くて苦しく、このままでは熱中症になりそうだ。

ほとんど寝たきりの生活で、空調だけを頼りに暑さをしのいでいる。

エアコンの温度を下げると風が冷たすぎてつらい。風向きを変えたり、風量を調整したり、サーキュレーターで空気をかき混ぜたりと工夫しているが、どうにも快適にならない。

やはり自然の風が一番心地よい。

去年は川へ行って体を冷やすことができた。二階へ上がれば風がよく通り、水風呂に入ることもできた。

しかし今年は、川へ行くことも水風呂に入ることもできない。それは失われた自由の象徴のようなものだ。

暑い。苦しい。

じわじわと体力を奪われるような苦しさだ。

今は、ひたすら呼吸に意識を向けるしかない。

息を吸う。静かに息を吐く。胸が膨らみ、またしぼむ。その繰り返しを見つめている。

呼吸に集中すると少し心は落ち着く。しかし、暑さそのものが消えるわけではない。

あと一週間ほど、この暑さを耐えればいいのだろうか。

いよいよ無理なら、病院へ避難するという選択肢もあるか。

エアコンの風さえ痛みのように感じる。サーキュレーターの向きを変えたり、風向きを調整したりしながら試行錯誤を続けている。

あと何日、この暑さに耐えればいいのだろう。

そう考え始めると気が遠くなる。

だから、まずは今日一日。

瞬間瞬間、事態は変化していく。