過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

やっと本決まり。春から動き出す

この3年間は、縁あって介護施設を経営。ド素人からのスタート。申請まで半年。介護保険の仕事だから、書類が山ほど。また、地主との土地の購入とか、いろいろ障壁が立ちはだかる。が、なかなか学びがあって、おもしろかった。

しかし、妻のほうは事務処理がたいへんだった。そして、手術・療養もあって、事業は閉じることにきめたのが、昨年の6月。正式には12月20日で廃業。残務処理、まだいろいろあるんだ。
 ▽
「昔ついた餅をつく」ということで、編集の仕事に入るか……。そう思っていたら、ありがたくも、大手の奈良の大寺院(総本山)の二か寺から「出版してもらいたい」という依頼があった。企画から執筆、印刷、そして出版社に渡りをつけるまでの仕事。ありがたいことであった。

そして、すばる舎さんから連絡があった。ぼくの書いた原稿をネットで読んでくれて「本にしたい」と連絡があった。途中挫折しかかっても、しっかり尻を叩いてフォローしてくれた。その後、婦人公論とか宝島とかNHKにも段取りしてくれた。

自分で書いたものが本になるのは、ありがたい。やがては自分が書きたいものが本になって、それが売れるとなったら、最高の人生である(まだ実現してないなあ)。

というわけで、自分の世界は、Facebookなどで書きためて、いつか整理して本にしたいと思いつつ。当面は編集の仕事に進んでいくことになる。
 ▽
フリーの編集とかライターの仕事には、いろいろなパターンがある。

編集なら、いろいろごちゃごちゃ原稿をまとめて整理してリライトして形にするという仕事がある。デザインして版下まで作る。難しい医学書なんて作ってきたのだった。仕事をくれた親友のMさん、ありがとう。

ライターなら、定期的な月刊誌に執筆とか取材の仕事がある。あるいは、こんな人にインタビューしてまとめてくれということもある。東京時代には大きな宗教団体の機関紙の取材をさせてもらってた。いろんな人に出会えてとても楽しかった。
 ▽
でも下請けじゃなくて、企画するのがおもしろい。
ただこちらは版元ではないので、決められないのが難しいのだ。

順番はこうだ。企画書を出版社に持ちにもちこんで、「いいねやりましょう」ときめてもらう。次に、著者に持ち込んでオッケーもらう。そして、書いてもらう場合もあれば、こちらでインタビューして書いたりもする。印税は半々とかその状況に応じて。

この企画はいいと思って、企画書を書いて原稿を添えて出版社に送ったとする。
で、だいたいみてはもらえない。

ある出版社は、編集長に電話して、オッケーもらって原稿を送ったが、なしのつぶて。「どうなりました?」と電話したら、「原稿?どこかにいっちゃった。ごめん」ということもあった。

版元に強力な編集者、あるいは社長と親しければ、電話で話してその場でオッケー。早くていい。

だが、親しかった勇壮な社長に電話しても、「こないだ脳梗塞して、もうさっぱりわからん。だれそれに言ってくれ」なんてこともあった。

ある出版社の社長からは、
「今月の売り玉がない。なにか、すぐに本にできるものないか」
とよく電話があったりした。出版して配布、返品の山、そして出版して配布という自転車操業

結局その会社は、心筋梗塞でばったり亡くなった。そして自己破産した。しかし、本の社員がクラウドファンディングで立ち上げて、新会社で動き出している。
 ▽
なにしろ、編集を離れて10年余。みんな世代代わりをしていて、こちらは山里暮らしと子育てで東京に行く機会もない。

さてしかし、動かなくちゃならん。ということで、ぼちぼち企画書を書き出している。
ある出版社は、企画してから決定まで一年近くかかった。編集部内での会議、編集長の決定、販売との会議、取締役との会議と、時間がかかる。

で、やっと本決まり。春から動き出す。動き出したらしっかりやらなくちゃいけない。ひとつ動けば、そこからまた動き出す。しかし、先のことはわからんのだなあ。

 

他人のサポートをすることで、自分の世界が動き出す

臨死体験した友人がいる。「本にしてみたら」と声をかけた。友人は書き出した。
これからの時代、価値があるものと思った。親しい出版社に出版企画書をメールした。

A社:うちのカラーに合わない。こういうのは、専門家じゃないと読まれない。
B社:親しい編集者が編集長になった。長い付き合いで親しい。丁寧に感想を送ってきてくれた。こうしたらいいとアドバイスももらった。けれど、決定には至らない。
C社:もう担当者は退職。なしのつぶて。
D社:もう担当者は退職。世代代わり。なしのつぶて。

ということで、角度を変えてみた。
ある財団に、助成金を申請した。これが1月末。採択されれば、その費用で自費出版という道もある。そして各地で講演してもらう。がしかし、これは採択されるのかどうかわからない。3月に結果がでる。
 ▽
一昨日、C社(かなり大手)から電話があった。
おもしろいので、本にしたい。縁がありそうだから、わたしが担当したい。社内会議に企画書を出したい。それについて、タイトルはどうしましょう、どういう角度から掘り下げましょうという話になった。

C社は、ぼくがかつで企画した本が、いまも売れていて累計16万部、もひとつは7万部。ということで、池谷が企画する本でこれまでの実績があるので、可能性はあるかもしれない。そういう話になった。

ということで、C社が今月、友人のところを訪ねて具体的な打ち合わせに入る。動き出す。

まあしかし、今の出版業界、本は売れない。書店も姿を消している。うまくいくかどうか、それはまったくわからない。
 ▽
これは、友人の出版サポートであり、ぼくはつなぎの役目だ。
自分のものだと力が入らないけれど、他人のものだと力が入る。というか、あんまり執着がないので、客観的に見られて気楽で伝えやすい。そのことで、伝わることもある。

そうしてここが大事なんだけど、他人のサポートをするということで、自分の世界が動き出すってことがある。これは、人生で幾度も体験していることだ。そして、節分あけで、いろいろ動き出す。エネルギーが湧いてくる。

まあともあれ、このように縁を繋いで仕事する。つねに人生、綱渡り。

きょうも、はるの冒険遊び場

きょうも、はるの冒険遊び場。
あかりが遊んでいる間、おとうちゃんとかあちゃんは、仕事に集中できる。

行きはMさん(89歳)を連れて、Mさんの菩提寺に一緒にお墓参り。
初対面なのに、山寺の和尚はとてもいい人で、和顔施そのもの。畑で作ったほうれん草と小松菜を頂いた。

「この近くだから、行ってみませんか」と、Mさんを誘ってはるの冒険遊び場に。
西田夫妻と西田さんのご両親もおられた。
子どもはあかりと大知君。Mさんとは年齢差80歳以上。

こうして地域の人たちも関わってくると、冒険遊び場も懐が深くなってくる。地域の人の交流広場、おしゃべりの場になるといい。この夏は太鼓叩いて盆踊りができたらおもしろい。

 

あかりを連れて小学校に行く

色弱と身長体重の検査のためにあかりを連れて小学校に行く。あかりもついに20キロ間近。ちょっと大きい男の子は、もう28キロくらいある。

あかりも、生徒のみんながいるときには、やはり気おくれするのか行きたがらない。それで、みんなが帰った頃に行った。まずは保健室、そして校長室。
 ▽
──あかり。保健室と図書室と校長室だけの通学でもいいんだよ。月に一度でもいい。あるいは、図工だけでもいいし。

そう言うのだが、「いやだ」。やはり学校は窮屈で楽しいと思えないらしい。

校長先生としばしいまの教育問題について雑談。
とても理解のある先生で、話しやすい。あかりは物怖じしないで、校長室を飛び跳ねていてた。

隣は職員室で、先生たちがみんな「あかりちゃーん」と手を振ってくれた。
 ▽
帰りに、学童が終わった同級生2人が「あかりちゃーん」と走ってきた。
Mくんは「あかりちゃん、近ごろ、授業は面白くなってきたよ」と。

──さくらんぼ計算とか、終わった?何時何分という計算は?
さくらんぼ計算は終わって、時計の計算はおもしろいよ」

そんな会話ができたのだった。
 ▽
まあこうして、保健室と図書室と校長室に週一でも来るようにしたらいいのかもしれない。

人生にはいろんな選択肢があって、自分で選べる。
思っていたこととはちがって、実際に来てみたら、いろいろな出来事、出会いがあって、たのしめてしまうこと。

NHKの取材ですよ。ZOOMにアクセスしてください

薪割りしてたら、ケータイが鳴った。
「池谷さん、NHKの取材ですよ。ZOOMにアクセスしてください」
すばる舎の編集の水沼さんから。
──え!14時じゃなかったっけ。わわわっ。

と、あわててZOOMのセット。
もう、着ている格好など構わず普段着の作業衣。
 ▽
「過疎の山里に暮らす普通なのに普通じゃない90代」(すばる舎刊)の著者インタビュー。

こないだの「宝島」の取材も時間を間違えていた。大丈夫か、自分。
だがこうして、取材する方もされるほうもZOOMで可能になってきたのはありがたい。
 ▽
ただ、あかりがいつもいるので、取材中に横から入ってきてカメラに写ったり、いろいろ厄介なこともあったが、まあ、それはそれで、暮らしのありのまま。

放映は3月12日あたりと聞いていた。1時間余に渡っての取材だったが、でるのは1分間くらいだと思うけれど。

横で聞いていた妻云く。
「相手の聞いている質問にちゃんと答えなくて、自分の言いたいことばかりバンバン話していた。あなたも年とったわねえ」と。

嫁が“産後うつ”でたいへんなんですよ、と友人が

──1月14日に生まれたって!それは、よかった、めでたいことだ。
「でも、池谷さん、嫁が“産後うつ”でたいへんなんですよ」
──そうか。それはたいへん。いまは、とにかく睡眠不足で、もうほんとにつらい時期。しっかり支えないと、生涯「あのとき、なんにもしてくれなかった」って言われるよ。ぼくみたいに。……まあ、それにしても、よかったよかった。
F君が報告に来てくれた。49歳、奥さん30代後半。はじめての子。
こんなぼくでも、まあ経験あるので、アドバイスができるというのは不思議なことなんだけど。失敗経験が役に立つ、と。
 ▽
そのうち、妻が友人の結婚式から帰ってきた。
妻から、「はじめての子育てはどんなにたいへんか。奥さんはどんな支えを求めているのか。3時間起きに泣くし、起きてを覚まして、母乳を与えなくちゃいけない。家事もある。家事もある。食事もある」という。
そこで、配食サービス、育児サポートなどのシステムの活用。子育てNPO法人がある。信頼できる助産婦さんに訪問してもらうことを具体的に伝えていた。
 ▽
まあ、そんなことを話しているうちに、妻は自分の育児体験がまざまざと蘇るわけだ。すると、夫がいかに協力してくれなかったのかという怒りモードに火がつき始めたので、ぼくは外に出て薪割りに専念したのであった。
ともあれ、育児は最大の事業。ほっといたら死んでしまう赤ちゃんを24時間、守り続け、育て続け、お母さんはヘトヘト。そのあたりが、父親は身体感覚としてわからない。なかなかサポートしづらいってこともある。
そして、自分の父親の世代。そのまた父親の世代は家事・育児ってのは何にもしない。仕事に出かけていく・帰ってきて寝る、という背景もあるわけだ。時代は変わっている。子どもはともに育てる、と。あたりまえなんだけど。

遊びの中で体得する

ぎったんばっこん。シーソー。
ふたりともおんなじ4歳。体重も同じくらい。

さあ、勝負!
よしこちらの勝ちだ。
それなら、後ろに下がって、ほらこちらが重いぞ。

支点があれば、こういう遊びができる。
小さな力で大きな重いものを動かすテコ、力のモーメントを遊びの中で体得することになる。

山里には遊び場がたくさん。子どもさえいれば、そのまま王国だ。

あかりは、半袖半ズボン。「寒い」と言ってニワトリを抱っこしてた。こちらは、小橋邸の敷地で。

 

 

 

 

カヤックデビューとなるか

あかり、気田川でカヤックデビューとなるか。ジョアキンさん、カヤックの挺を貸してくれるという。
その前におとうちゃん自身が、特訓しないとなあ。自分の船はあるんだけど、もう10年くらいなんにもしてない。せっかく、カヤックの本場、気田川のそばにいるんだから、もったいない。

 

山里は、資源の宝庫

薪ストーブにしたので、木の消費が激しい。杉や檜は、すぐに燃えてしまう。トロトロとゆっくり燃えてくれるのは、広葉樹。
クヌギ、クリ、コナラ、カシ、そういった広葉樹をさがす。チェーンソー(充電式)で伐ってきた。伐るのも難儀だが、軽トラに運ぶのに重たいこと、重たいこと。太い孟宗竹も、竹炭にしたいので伐らせてもらおう。
しかしまあ、山里は、資源の宝庫。

 

今日も「はるの冒険遊び場」たくさん遊んだ

今日も「はるの冒険遊び場」。たくさん遊んだ。親としては、ほんと助かるなあ。ありがたいなあ。
ハンマーでおっきな石を割った。割る時に火花が出たよ。タイヤを転がした。ニワトリとヤギと遊んだ。芋掘りした。自然薯の入ったお好み焼きを頂いた。なんとも、ありがたいこと。
公園によくあるブランコとかシーソーとか滑り台みたいな遊具がないほうが、たのしく遊べるようだ。

 

いつもあかりは「おとうちゃんを寝かしつけている」という。

20時前、あかり寝かしつける任務なんだけど、おとうちゃんは先に眠っている。いつもあかりは「おとうちゃんを寝かしつけている」という。
で、2時か3時に起きて仕事したいところなんだけど、起きようとするとあかりが、「おきないで」とぐわしっとだきついてくる。

きょうは、トイレに目が覚めて起きたら「おとうちゃんのおかげで起こされた」と叱られた。
4時頃に、そろそろと布団から出ようとしたら、「だめー」としがみつかれた。

それをなんとか振り切って、薪ストーブに火をつけてやっと部屋があたたまってきた頃だ。

コーヒーが切れたので、また焙煎しなくちゃ。代わりに、ヨモギをもんで焙煎したのをコーヒー代わりに飲んでいる。これもなかなかおいしいし、コーヒーっぽい味もする。カフェインなし。浄血作用あり。ドクダミヨモギは、いたるところに生えてくるありがたい薬草なのだ。

好きなことを見つけて、それを伸ばしていく。集中していくのがいちばん

あかりを図書館に連れて行く。一緒に絵本を読んでた。

──あ、そうだ、Aさんちにいこか。猫がいるし。薪ストーブがあってあったかいし。
「いこいこ」
ということで、訪ねた。
いまはAさんは個展の準備ために忙しいところ、お邪魔したのであった。

「うちの娘も、小3から不登校でね。感性が強すぎる子は学校がつらいみたいで」
──そういう人いますよね。ぼくなんかは、感性、にぶいほうなんで、どんな人にて出会っても大体は大丈夫。あかりも大丈夫。でも、学校に行くと時間がもったいないというので、やめてしまった。

「当時は、学校に行くのは当たり前という時代だから、ずっと家にいたし。外に出歩くと、“どうして学校に行かないの”と言われるから、いやだったみたい」

──なにしろ、学校はみんな行くのはあたりのまえ。行かないなんて考えられない時代。いまもそうかなあ。でもまあ、不登校の小中学生は去年の統計は24万人(前年比25%アップ)。このままいくと、みんな行かなくなっちゃう。だって、いまの教育ってつまらないもの。個性潰すし、拘束でかんじがらめ。先生も縛られているし。

「でも、いい先生に出会えましてね。中1のときかな。通ってくれて、うちの娘の才能を見出してくれたんです。“学校に行かなくてもいいから、個展やりましょう”とすすめてくれて、絵の個展を近くの公民館で一ヶ月展示してくれたんです」

──おお、一ヶ月とはすごいですね。先生、よくやってくれましたね。

「それで、本人も自信が出てくるでしょう。嬉しいでしょう。そうしたら、こんどは松菱(かつて浜松にあっ一番大きなデパート)の人が来て、うちの社員食堂で個展やってもらいたい、ということになったんです」

──なあるほど。それはたいしたものですね。そうして、絵を描き続けて、またこうして親子で絵を描いているんだから、すごいなあ。
好きなことを見つけて、それを伸ばしていく。集中していく。好きなことなら、勉強って感覚じゃなくて、どんとんすすめる。それを見つけることですね。あかりは、絵とか工作かなあ。創作童話なんかもあっていると思うけど。まあともあれ、たくさん遊ぶことかたいせつ。

そんな話をしたのであった。きょうも、西田さんの「はるの冒険遊び場」で目いっぱい遊んでくるつもり。

あかりをなんとか振り切って、薪ストーブに火をつけてやっと部屋があたたまってきた

20時前、あかり寝かしつける任務なんだけど、おとうちゃんは先に眠っている。いつもあかりは「おとうちゃんを寝かしつけている」という。
で、2時か3時に起きて仕事したいところなんだけど、起きようとするとあかりが、「おきないで」とぐわしっとだきついてくる。

きょうは、トイレに目が覚めて起きたら「おとうちゃんのおかげで起こされた」と叱られた。
4時頃に、そろそろと布団を手用としたら、「だめー」としがみつかれた。

それをなんとか振り切って、薪ストーブに火をつけてやっと部屋があたたまってきた頃だ。

コーヒーが切れたので、また焙煎しなくちゃ。代わりに、ヨモギをもんで焙煎したのをコーヒー代わりに飲んでいる。これもなかなかおいしいし、コーヒーっぽい味もする。カフェインなし。浄血作用あり。ドクダミヨモギは、いたるところに生えてくるありがたい薬草なのだ。

精霊たちも喜んでいるんじゃないか

あっあぶない。というのも、学び。子どもは、どんなものでも遊びにしてしまう。柿の木の枝の中に出たり入ったり。軽トラックを押したり引いたり。すると軽トラがゆるゆると動くんだ。
西田さんたちが主催している「はるの冒険遊び場」。
地主の方がきて、「土地が喜んでいる」と言われたという。
子どもが自由に楽しく遊んでいることが、土地自体が喜ぶこと。さらには、この土地をフィールドにしている精霊たちも喜んでいるんじゃないかと思う。

 

はるの冒険遊び場 きょうも出かけた

はるの冒険遊び場、西田夫妻が主催している。あかりも、楽しんでいる。ニワトリとヤギさん。そして、自然薯のごちそう。産みたての卵かけご飯。焚き火。なんとも、ありがたい。