過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

マムシは尾っぽを振って威嚇している。ぐわっと飛びかかってきた

マムシは尾っぽを振って威嚇している。ぐわっと飛びかかってきた。
山中で、マムシ発見。アイフォンで映像に撮ろうとしたが、ZOOMが効かないので近づくしかない。ああ怖かった。
マムシは、土とか杉の枝と区別がつきにくい。そして、人が近寄っても逃げないで、じっとしている。あやまって踏ん付けたりすると、噛まれてたいへんなことになる。

以下映像と画像。

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いよいよ、ますます、深い闇の時代になっていく

いよいよ、ますます、深い闇の時代になっていく。深い闇を突き抜けなければ、光が現れないのかどうか。
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予測される最悪のストーリーを、語りあった。①「食糧難」。小麦も肥料もどんどんと高騰していく。食べ物がなくなっていく。高くて買えなくなる。
②「エネルギーが高騰」。ガソリン、石油が高騰する。電気代も高騰していく。
③「建材が高騰」。アメリカでは、すでにウッドショックで杉などは数倍の値段に。ロシアは針葉樹の輸出はしなくなった。
④「憲法の改正により、緊急事態条項を創設」。また与党が選挙では大勝利。憲法改正に動く。防衛費は増大していく。怖いのは緊急事態条項。検閲、表現の自由などが奪われる。系列下に置かれ支配が強くなる。資産凍結もありうる。
⑤「疫病」。次なるコロナ、あるいは疫病が蔓延する。
⑥「自然災害」。度重なる自然災害。地震、風水害が起きる。
⑦「戦争」。戦争に巻き込まれる。殺し合いが起きる。
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では、どうしたらいいか。いかに生活を防衛するか。①「自給自足のみちづくり」。田んぼを借りてコメを作る。畑で野菜を作る。自給自足の道へ。さいわい、この山里には田んぼや畑がある。水も薪も無限にある。
②「節約」。とにかく支出を抑えていく。すべて見直しだ。
③「シェアとサポート」。お互いにサポートし合える友人づくり、ネットワークづくり。
④「新しい食料の探求」。山菜、芋、雑穀。さらには、昆虫食、カエルとか。試していく。
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生き方の大きなありよう。

①「長いものには巻かれろ」。とにかく体制に順応して、唯々諾々と生きる。
②「受け入れる」。なにがあっても、神のはからい、天のお示しとして、運命を受け入れていく。「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」(良寛
③「波動を上げる」。とにかくエネルギー上げていく。現実を打開していくには、エネルギーが必要。集中力をあげる。それには、祈りと後の響きがたいせつ。
④「瞬間瞬間、一日一日」。そこにして人生はない。なにがあっても、すべては過ぎていく。その瞬間を賢く、集中して生きる。
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価値が大きく転換していく。先のものがあとになり、あとのものが先になる。時代遅れが最先端に。ともあれ、人間はいかに愚かであるか、自分はいかに愚かであるか、それをよくよく観察して死んでいく。
 

ヤママユ(天蚕)の飼育の準備

栗の木に4メータ四方の網を覆った。ヤママユ(天蚕)の飼育の準備だ。

ヤママユの卵をいただいた。およそ500個。ヤママユが食すのは、桑の葉ではなくて、クヌギや栗の葉っぱだ。鳥に食べられないように、木をすっぽり網で覆う。卵から孵化したら、この中に放つ。

さて500個の卵がすべて孵化したらどうなるか。一本の栗の木だけでは無理かもしれない。まあ、栗の木は50本くらいはあるので、次々と増設していけばいい。

幼虫が育つと、それはそれは美しいエメラルドグリーンの輝き。繭はクヌギの葉で育つと、薄緑色になる。栗の場合には、黄色。ひとつの繭から1,000メートルの絹糸が取れるという。今年は、ともあれ飼育の観察だ。

 

 

草花をすき込んだ和紙

竹山美江さんの布絵の本作り(第二集)のために野草などの布絵の撮影に行く。
帰りに、阿多古和紙の大城忠治さんを訪ねる。
大城さんはあいにく不在で、お会いできなかった。工房には、草花をすき込んだ和紙が乾燥中で、板に貼られていた。
あとで電話をいただいた。
「悪かったのぉ。会いたかったのぉ。人に会うと元気になるもんで、また来てやぁ」

 

炎の舞

本日の炎の芸術。炎の舞のようだ。古材ゆえに味わい深い。

製材会社の敷地に打ち捨てられている材木。充電式のチェーンソーで伐って、もらってきた。

毎日、炎で遊べるしあわせ。炎を観てはインドの祈りの歌(ハヌマンチャリサ)をいつも歌っている。

 

おそうじ楽しいという二人

なかよしのなっちゃんが来てくれた。いま二人でかいがいしく事務所の掃除をしてくれている。「おそうじ楽しい」って言っていた。
土間サロンに続いて、空中サロンも建設中。近所のおじいちゃんやらおばあちゃん、ちっちゃな子も遊びに来てくれるようになってきた。
夏には、この近くにバイクのツーリスト向けの喫茶店をつくる計画なんだけど。さてさて。



 

 

スウェーデントーチが、炎を感じるのにもっとも手軽で味わい深い

炎をみる、炎を感じる。薪が炭火になり灰になっていく変化していくさまを味わう。光を熱を。色を。空気の波動を。

瞑想が自然と起こる。瞑想とは、想念、考え、あれこれとはからうことが消えていくこと。

そうして、スウェーデントーチが、炎を感じるのにもっとも手軽で味わい深い。それが毎日、楽しめるという幸せ。

 

 

土間サロンでの語らい

寒い雨の日。土間サロンでの語らい。薪ストーブをつけるほどではない。燃焼後のスウェーデントーチを受け皿に竹炭であたたまる。
じんわり、まったりした火を囲んでの語らい。ごごごーっと燃える炎、ぽつぽつ、びしょんびしょんという雨音。すべては瞬間瞬間、変化していく。
竹炭は火の付きが早い。臭い消しや水質浄化にもいい。スウェーデントーチとともに、竹炭と竹酢液を作っていくかな。

 

裁判の過程で、相手の矛盾がかならず出てくると思うので、そこを衝いていく

昨日は裁判書に出かけた。こちらが原告だ。

ぼくはこれまでの裁判やら調停、仮差押の申請などで5回、裁判に関わっている。出会った裁判官は6人。そのうち女性の裁判官は4人だった。今回の裁判官は、30代の知的で可愛らしい感じの女性。

訴状を書いてからもう半年。口頭弁論は、3回目。裁判は軽く一年や二年はかかる。まあ、じっくり攻めていく。
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といっても、テレドラマのように弁護士とやりあうわけではない。日本の裁判は、書面主義だから、「準備書面」を毎月提出する。書面で反論しあう。

法律に基づいた主張をして、根拠として証拠をあげていく。ディベートとはちがうので、相手を説得したりやり込めるわけではない。

あたりまえだが、裁判というものは、裁判官が判断する。説得相手は、被告ではなくて、裁判官である。

裁判官は、法的構成に無理がないか、証拠がきちんとあるのか、争点はどこか。筋道だって判決を書けるか、というところを見ている。
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勝算があるのかないのか、わからない。いつもそうだが、ぼくは戦いながら学んでいくというスタイルだ。それが事実、真実であっても、証拠をきちんと出せなければ認められないわけだし。

その立証責任はこちらにある。ひとつひとつ調べて証拠を整理するのがすごく手間だ。

まあしかし、裁判の過程で、相手の矛盾がかならず出てくると思うので、そこを衝いていくという戦法でゆくしかない。

 

スウェーデントーチとジェットログを、対馬に送った

スウェーデントーチとジェットログを、対馬に送った。
友人の韓さんが、連休に、息子家族と対馬でグランピングするという。その時に、スウェーデントーチのあかりを囲んで、ゆったりした静かな時間を過ごしたいという。

「じゃあ、差し上げますよ。まだ試作品だし、ちゃんとしたものじゃあないので」と言うと「いや、ちゃんとお金をとってください。ぼくは、池谷さんの一番最初の客になりたいんです」と言ってくださった。なんとまあ、ありがたいこと……。

ということで、今年は、スウェーデントーチとジェットログを商品化していこうと思う。燃料とか賑やかなキャンプじゃなくて、ほんとうに静寂な瞑想の幸せ時間をもてるものとして。祈りの幸せ時間をもたらすものとして。

インドを旅していると、夕方、油にともしたあかりが、ぼわっとともされている光景によく出会った。インドの方たちは、毎夕、川の畔で、家の外などで、アラティ(あかりをともなった供養の儀式)を行っているのだった。ああ、いいものだなあ。日本もそういう暮らしがあるといいなあと思ったものだ。

このスウェーデントーチとジェットログは、おのずと瞑想的になる。瞑想するぞ!として坐るではなく、その火をみていると、自ずと瞑想になる。頭が空っぽになる。深い祈りになる。時を忘れる。心身が休まる。

テーマ「おやこ森の学校」──山里のあそびと暮らし入門──

助成金の申請完了。いまポストに入れてきた。

テーマ「おやこ森の学校」──山里のあそびと暮らし入門──

空き家にしていたうちの土地と家(1,700坪 宅地、農地、山林、2階建ての家、合宿できる納屋が二つ)を活用して「おやこ森の学校」を立ち上げる。
それは、山里のあそびと暮らし入門でもある。
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課題
この山里は、著しい少子高齢化(過去10年で20〜25%減少。50年代の1/3)。ひとり暮らしの老人が増える。小学1年生は7名。山里に活気はなく衰亡するばかり。

山里の自然は豊かだが、子どもたちが遊ぶ場と機会がない。地元の人とまちなかの人、親子、家族が交流できる場がない。さらには、コロナ禍によって室内での交流が難しい。

町なかの閉塞感から田舎暮らしをしたい人は増えている。オールシーズンのキャンプも活発になってきている。しかし、いざ山里で遊ぼう・暮らそうとしても、とっかかりない。ネットワークも少ない。そこで、そういう人たちとの交流の場作り、情報交換の場作りをしたい。やがては、交流人口を増やし、定住促進につなぎたい。
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提案事業の内容
「木」「土」「火」「水」の遊びの場・交流の場をつくっていく。
おやこで遊び、学びを通して密接な交流となってゆく。また、地域の先達たち、移住者とも交流する。

「木」
スウェーデントーチ、ジェットログで遊ぶ。
②杉の間伐材で小屋やツリーハウスづくり。
③放置竹林を伐採して、竹炭と竹酢液づくり。
④杉の木の伐採。薪割り、薪作り。
⑤栗やブルーベリーの収穫。
「土」
①田んぼ:無農薬。田植え、草取り、稲刈り、稲架掛け、脱穀、籾摺り。薪で米を炊く。無農薬ゆえに、タニシやイモリなど生物多様性の観察になる。
②畑:無農薬。大豆を中心に植える。収穫した大豆は味噌で仕込む。
③ヤママユの飼育と観察。ヤママユ(天蚕)を栗林(網を張る)で飼育、繭にして糸を作る。
④山菜採り。
「火」
スウェーデントーチ、ジェットログづくり。
②ロケットストーブづくり。コーヒーの焙煎や食事を調理。
③焚き火を通して、静寂な体験、語らいの交流。
「水」
①清流の気田川があり、水遊びやカヤック体験ができる。
②沢の水を活かした水遊びを行う。

まあ、採択されるかどうかは縁次第。だが、この試みは続けていく。

 

柳生博さんが亡くなった

柳生博さんが亡くなった。
よく清里の帰りに「八ヶ岳倶楽部」に寄った。いまでは清里はすっかり寂れて、八ヶ岳倶楽部のある北杜市大泉町が充実しているように思う。

初めてレストランに行くと、「あれ?柳生さんがいる」と驚いたものだった。訪ねるたびにいつもいるのだ。それはそのはず。柳生さんが経営者、柳生さんが設計した建物であり、森であった。

柳生さんは、俳優業よりも、ナレーションよりも、この八ヶ岳倶楽部の森を心から愛しておられた。

雑誌の取材で訪ねた時、奥様と一緒に5時間以上も語りあって、「このまま泊まっていけ」みたいな感じであった。

柳生さんは、剣術の柳生流のながれを汲む家系であった。
柳生家には「十三歳になったら一か月間旅をしろ」という家訓があった。中学二年生のとき、「夏休みの一か月間、帰ってきてはいけない」といわれた。

それで、何とはなしに八ヶ岳のふもとにやってきた。一か月間、夜は駅のベンチで毛布にくるまって寝て過ごした。その旅で、植物や動物、水、土、月、星など、たくさんのものを全身で感じとることができた。感受性がもっとも豊かな時だったから、感動的な一日一日。その感動を思いだして、住むならあのすばらしい体験をした八ヶ岳がいい、ということで作ったのが「八ヶ岳倶楽部」だった。

「この二十六年の間に、シラカバやミズナラなどの雑木を一万本以上植えてきたよ。重い枕木や大きな石を一つ一つ運んで、散策路を整備して、やがて、一ヘクタールの森の一角にギャラリーやレストランのある『八ケ岳倶楽部』をつくったんだ。

ここでは、木々を渡る風の音、山野草の可憐な姿、野鳥のさえずりを聞きながら雑木林を散策できるんだが、今では毎年十万人以上の人が訪れてくれるようになったよ。

落ち葉の上を歩くと、カサコソ、カサコソって音がする。孫には、それがとっても楽しいんだなあ。子どもは、大人の何千倍もの感じる力をもっていて、五官のすべてで自然を体験しているんだと思う。」

俳優、NHK「生きもの地球紀行」のナレーター、日本野鳥の会会長などを務めた。

ウクライナの戦争の映像を見た

浜松医大に妻の診察の付き添いで行く。CT検査のために、地下の狭苦しい待合室で待つこと一時間余。その部屋には、テレビが放映されていた。久しぶりにテレビを見る(家にはテレビがない、暮らしの中では全く見ることはない)。

バラエティとニュースをやっていた。
ウクライナの戦争の映像を見た。一方的にロシアが侵略していて、ウクライナが気の毒だ。子どもたちが可愛そう、ウクライナは勇敢にロシアに立ち向かっている、というような文脈であった。そこで、こんなことを考えた。


①マスコミのほとんどは、一方的な報道になっているのかも。ロシアが侵略している。プーチンが悪い。ウクライナはがんばっていてすごい。ウクライナを助けなくちゃいけない。西側のG7のマスコミも同様か。

ウクライナを舞台にした、ロシアとアメリカの戦いになっていくんだろうな。ゼレンスキーは、たんなる操り人形と。

③こんな構図かもしれない。「ロシアと中国とインド、さらにはアラブ、アフリカのグループ」対、「ウクライナアメリカ、イギリス、日本などG7諸国」との戦い。いわば第三次世界大戦になっていくような。

アメリカなどは、軍産複合体の国家だから、在庫一掃セールで、軍需産業は大儲け。嬉しくてたまらない。ダウの株価もどんどとん上がる。この戦争は、景気拡大のためにも終わってほしくない。

⑤ロシアを叩きつぶす絶好のチャンス。プーチンを悪者にして失脚させ、ロシアの資源をアメリカの傘下、系列化にして大儲けするぞ。イラクリビアのように。

⑥ということで、G7はロシアに経済封鎖をかけている。しかし、ロシアは自給率が高い、資源は豊富。さらには、中国やインド、アラブやアフリカもついていく。となると、経済封鎖したG7諸国が、食料や資源、エネルギーの面で行き詰まってくる。

⑦食料自給率が低く資源の少ないに日本は、とても苦しくなっていく。食力不足、高騰。エネルギーの高騰。そうして、原発は再稼働せざるを得ない。

⑧悪いロシアが、ウクライナのように攻めこんでくるかもしれない。北朝鮮の脅威もある。中国は恐ろしい。なので、防衛力をさらに高めなくちゃいない。自衛隊も海外で戦えるようにする。「専守防衛」のために、敵の基地も攻撃しなくちゃいけない。そして、堂々と軍隊が持てるように憲法を改正するのだ。

そんなことを考えた。じゃあ、どうしたらいいか。というと、なんにもできない。わからない。

まあしかし、この過疎の山里に暮らして、ありがたい。水や薪、田んぼと畑、そして森がたくさんある。なんとか自給自足の道を切り開いていきたいものだ。

 


 

ひろさちやさんが亡くなった

宗教評論家のひろさちやさんが亡くなった。
親しくさせていただいて、10冊以上の本も担当した。


「いつも家族で食事をする」を大切にされていた。
それをつねに実践しておられた。
気象大学で哲学や論理学を教えていたときも、家が近くで昼ごはんも家族で一緒にしていた。
旅をするときも、講演に行くときも、いつも奥様と一緒だった。


先日、納屋の片付けをしていたら、「ひろさちや×スマナサーラ対談」のテープが出てきた。
なつかし。なにしろ22年前の対談だ。


帝国ホテルのスイートルームをとって、そこで延べ10時間以上の対談、論争をしたのであった。


数ヶ月して、それを原稿にまとめ上げた。出版社も「ぜひ出したい」ということであったが、ひろさんのほうで「出したくない」ということになった。それで、諦らめたのだった。幻の対談である。