過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

宗教の原初は、爆発だ!パンクだ!と思う。「躍動」「エネルギー」そして「神秘体験」

「宗教は外部からじゃわからない。内部に入って儀式をして体験してみないとなんとも言えない」
私はそう思っている。それで、縁があれば、いろいろな宗教を体験してきた。ほんのつまみ食いだけど。

伝統宗教では、天台宗真言宗臨済宗曹洞宗、浄土宗、真宗日蓮宗修験道、仏立宗、日本山妙法寺など、いろいろ体験させてもらった。
出会った霊能者も数々。もうたくさん過ぎて書き表せないけど。
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日本だけじゃないよ。インドでは、あちこちのアシュラムに出かけた。シヴァナンダ、ヘラカーンのババジ、サイババ、OSHO、ケララのアンマ、オーロビンド、シッダメディテーション、ラマナマハリシ、ラーマクリシュナ、シークのゴールデンテンプル、チベタンテンプル、さらにはモスク。ドイツではキリスト教のミサ。ハワイの霊地も訪ねた。
出会った霊能者も数々。もうたくさん過ぎて書き表せないけど。
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新興宗教は、生きているエネルギーがあるので、関わることが多い。

渋谷の駅頭で「あなたの幸せを祈らせてください」と言わればば、「はい、お願いします」。「本部に行きませんか」と言わればば、桜新町の本部まで行って、祝詞まであげた。手かざしの神慈秀明会だった。世界救世教も行った。岡田茂吉教祖の書もよく拝観した。日蓮原理主義顕正会の本部も出かけた。
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人生の大先輩(北大路魯山人の「星ヶ岡茶寮」で働いしていた方)が世田谷の赤堤にいたので訪ねると、近くにオウムの世田谷道場があった。それで、ひょいと訪ねると「きょうはサクラー正悟師がきておられるので会いませんか」というので、面談があって話をしてきた。

麻原彰晃川崎市民会館での一日講演も聞いた。オウム出版から依頼されて、麻原の講演会の企画までしたこともある。あとで、キャンセルになったけど。

幸福の科学の本部にも出かけた。真如苑の本部は近所だったので冬の寒行に参加した。創価や天理、立正佼成会キリスト教は、よく出かけている。黒住の教祖とは知り合いだし、金光教会も出かけた。エホヴァも王国会館の儀式にも出かけた。
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いろいろな宗教があって、濃密度に差異はあるけれど、それぞれ味わいがあって、学ぶこと多し。

「あちこち興味本位で出かけると、せっかくの先祖の徳をつぶしてしまいますよ。石橋を叩いて渡りなさい」とは、心霊科学協会(大本にいた浅野和三郎師が設立した)の指導だった。

「あなたを見ていると、めずらしいことばかりに心が動くから、そこはちょっと心配です。大切なのは、当たり前、日常の暮らしですよ。そこを大切にしないさいね」とは天命庵(天理教中山みきさんをチャネルされる)の大徳寺さんの教えであった。
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まあ、そんなこんなで体験主義なのだ。向こう見ずなのだ。

しかし、そんな私でも統一教会はというと、縁が少ない。

学生時代は、巣鴨に暮らしていた。よく巣鴨の駅前で「原理講論」の講義を黒板でやっていたのは聞いたことがある。聞いている人はむ誰もいないのに、頑張ってすごいなと感心していた。内容はさっばりとわからない。ただその講師の女性と住所を交わして、やりとりしたことがあったけれど。
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こないだ、妻の診療で医院に行った時、浜北の統一教会の拠点を訪ねてみた。ぼくは、ほとんど考えずにひょいとたずねる。しかしだれも出てこなかった、むこうが、アヤしいやつと思って、出てこなかったみたい。まあ、縁がなかったということかな。

統一教会はともあれ、日本では真面目で自己抑制的なキリスト教が、韓国ではエネルギッシュに躍動している気がする。さらには、とてもシャーマニックだ。フィリピン、アメリカや南米ではさらにものすごい。
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宗教の原初は、爆発だ!パンクだ!と思う。「躍動」「エネルギー」そして「神秘体験」。そういうところにも、興味が大いにある。

世界も日本も、これからますます陰に入っていく、暗くなっていく。そうして、陰が極まれば、陽が起きる。爆発がおきる。陰の極まる過程を、これから身にしみて体験していくことになる。これは切実なんだけど。

担任の先生が毎週、訪ねてくれる

「あかりさん。学校ではこんなことあったよ。こないだ、おんぶバッタをね、あつるさんが、いっぺんに二匹も捕まえてね。」

そんな話をしながら、先週、持ってきてくれた漢字書き取りのプリントを見ながら教えてくれた。
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「先生は、漢字をちゃんと書けたことに対して、二重丸をあげたいです。でも、細かいところもチェックしたほうがいいんだけれども。
ひとつ一つ直すと、減点されてしまうようでやる気を無くす子もいるのよ。それで、先生は悩むんだけれど。どうする、すこし直してもいい?」

あかりの書き取りの「ハネ」とか「ハライ」のミスを直してくれた。相手の達成感、やる気をみて教えてくれる。

「きょうは握力計を持ってきたので作成しようか。なんと、みよりさんは11キロ。先生は昔ソフトボールしてたので50キロあったんだよ」
あかりは、7キロだった。
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学校に行かないことを決めたあかり。ありがたいことに、担任の先生が毎週、訪ねてくれる。校長先生も理解が深い。

そんなことで、また来週、来てくださる。校長も心配してくれている。

こちらで日々、学習の進捗と暮らしの出来事をクラウドに入力している。それをちゃんとアクセスして読んでくれてコメントも書いてくださる。こんどは、あかりを連れて校長先生をお訪ねするつもり。

おかあちゃんと「やること」のリストをつくった

学校に行かないと決めたあかりは、とにかくずっと家にいる。こちらも仕事に手がつかないので、自分で自分を管理するようになってもらわねば。7歳じゃ無理なことだけれど。
かあちゃんと「やること」のリストをつくった。ちゃんとやったら、あかりがシールを貼る。
百ます計算、九九、教科書音読、名文暗記、漢字書き取り、英単語、英語の歌、読書、図工、音楽、家事手伝い、鉄棒、体幹運動、武道。
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すると、あかりはシールを貼りたいので、「おとうちゃん、鉄棒にいこう」といっては、逆上がりに挑戦。
「おとうちゃん、体幹運動ってなに?それやろう」
ということで、ヨーガの木のポーズ、三角のポーズ、鶴のポーズと教えた。そのあとは、空手の突きとケリ。気合を入れて。
「音楽はなにやろう」というので、「インドの歌はどう?」。
すると、「おとうちゃんが毎日歌ってるハヌマンチャリサがいい」という。インドのお猿さんの神さまの歌だ。
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それじゃあと、サンスクリット語のアルファベット表記にカタカナを振ってテキストにした。10分くらいかかる歌を、一緒に歌い上げた。
まあ、そんなこんなで、日々、賑やかなこと限りなし。

 

 


岸信介と創価は親しくなる。互いに利用する価値があった

アメリカという敵国の占領下にあって、なんとか生き延びる道は、「長いものには巻かれろ」だ。パペット(傀儡)になって日本の統治をすること。天皇も官僚たちも。面従腹背しつつアメリカのポチとなる。

アメリカの統治の基本は、間接統治。日本の行政、立法、司法の全権をGHQのもとに従属させる。政府への指令で政府を動かす。日本政府はGHQの言うことを聞いていれば、その存続が維持されるわけだ。

間接統治には、有能な日本の官僚が必要であった。それに最もふさわしいのは岸信介であったろう。戦時中、満州国の行政を管理し内閣の商工大臣をしていた。

頭はいい、人脈はある、行政の隅々まで把握している。だからGHQA級戦犯だった岸を巣鴨刑務所から出して、やがて総理につけた。
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世界の情勢は、ソ連や中国がどんどんと赤化勢力を増やしていった。このままでは自由陣営が危ない。アメリカは、トルーマン・ドクトリン(1947年)によって、反共政策に舵をきる。

日本を「反共の防波堤」にすることにした。当初の日本の軍事力を徹底的に削ぐ(戦争放棄・戦力不保持の憲法をつくった)という政策は転換する。

朝鮮戦争が起こり(1950)戦力そのものである警察予備隊(後の自衛隊)を創設させる。そして、日米安保条約(1951)、日米地位協定(1952)を結ぶ。

そうした反共の流れから、岸は「勝共連合」と手を結ぶ。その中身は統一教会。岸の館の隣に統一教会の施設ができ、やがて岸の館は統一教会の本部となる。

宗教は、反共の防波堤となりうる(マルクスは「宗教は民衆のアヘン」と呼んだ)。占領軍はそれらを保護していった。これは、戦後たくさん輩出された新興宗教がそうであり、創価学会とておなじ。
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そのような背景から、岸信介創価は親しくなる。互いに利用する価値があったわけだ。その象徴的なことは、1958年3月、創価の式典に岸が出席するのがきまった。

大石寺日蓮正宗)に寄進した「大講堂」の落慶法要である。ちなみに、「大講堂落慶記念総登山」には、創価学会員は延べ20万人余が参加している。

時の総理が、一新興宗教の式典に現れる。こんなすごいことはない。日蓮の遺命したとされる「国立戒壇」建立への一歩となる。創価は、急遽、青年部3千名を集めて大儀式を挙行する。

ところが岸は、参加を当日、急遽キャンセル。代理としてきたのが娘と娘婿の安倍晋太郎安倍晋三の父親である。
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そして統一教会は、「反共」という蓑で、勝共連合を作り、占領軍の保護を受けていく。占領軍の反共政策のもとで、布教拡大していく創価統一教会。さらには、霊友会立正佼成会

自民党は自分たちの政権が維持できれば、いい。アメリカのポチになること、統一教会の力を借りること、創価の力を借りること。なんだっていいのだ。

そして、創価統一協会も、いつかは自分たちの世界を作るという意識はある。やがては朝鮮半島の独立、そのマネージをしたいという野望というか熱意があったのかもしれない。
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あるとき、統一教会は、北朝鮮金日成に接近する(1991)。多額の寄付を行う。その資金源として、日本の信徒からあつめた献金が使われたろう。その額5000億円。その金で、北朝鮮はミサイルなどを作ることになってゆく。

創価創価で、着々と布教して会員は一千万人を超え、公明党を作り、今では政権与党にいる。そして、立法、司法、行政、マスコミに多くの人材を配置している。いつかは、自分たちの天下を取る、という意識はある。かれらはそれを「総体革命」と呼んでいる。

東京地検特捜部、どれだけ金メダルを得られるか

東京地検特捜部に関心がある。
オリンピック疑惑、どこまで突き進められるか。
電通、大会組織委員会、さらには森や竹田。明治神宮外苑の再開発利権も出てくるかも。
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東京地検特捜部は、政治家汚職、大型脱税、経済事件など大規模事件を集中的に捜査の案件に取り組む機関である。
一般的な刑事事件は警察による捜査、逮捕が行われる。この種の大規模事件では、最初から特捜部が捜査・摘発してゆく。
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東京地検特捜部のできたのは1947年(昭和22年)旧日本軍と政界、財界の汚職事件を契機に発足した「隠匿退蔵物資事件捜査部」がおおもとである。
敗戦時の空白期間に、軍隊の貯蔵物資や民間から徴収した貴金属宝石のたぐいは横流しされて、闇市でうりさばかれたり、政治資金になっていった。
児玉誉士夫などは、戦争中、海軍航空本部のために物資調達を行い、終戦時までに蓄えた物資を占領期に売りさばいて莫大な利益を得た。この豊富な資金を使って、戦後分裂状態にあった右翼を糾合し、鳩山一郎など大物政治家に政治資金を提供し、フィクサーとなっていくのである。
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占領軍(アメリカ)は、旧日本軍が貯蔵していた隠退蔵物資を摘発してGHQの管理下に置こうとした。それで、できた機関が東京地検特捜部。以来、ずっとアメリカの息がかかっているわけだ。
これまで東京地検が捜査に入った事例を見ると、なんとなく偏りを感じる。
たとえばロッキード事件田中角栄逮捕、造船疑獄、東京都議会黒い霧事件、石油ヤミカルテル事件、ダグラス・グラマン事件、KDD事件、リクルート事件東京佐川急便事件・金丸事件・ゼネコン汚職事件、山本譲司衆院議員逮捕(秘書給与詐取事件)、堤義明証券取引法違反有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)事件、ライブドア事件村上ファンド事件、福島県知事汚職事件、徳洲会事件……。
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そんなわけで、アメリカの意向によって腰砕けになることもありうる。
東京オリンピックはまったく見なかったし関心がなかったが、今回の捜査は、大いに関心をもってみている。東京地検特捜部、どれだけ金メダルを得られるか。
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ところで、先日の統一教会の記者会見だが、統一教会側の弁護士は、元東京地検特捜部に在職していた。
こうして、統一教会は政治家だけではなく、司法、行政、マスコミなどにも食い込んでいるのだろう。ちなみに創価学会などは、各分野においてたいへんな人材配置をしている。

鉄棒を毎日やることにした

鉄棒を毎日やることにした。ついでに、アチョー!と叫んでの空手の突きとケリ。
おとうちゃんも、ひさしぶりの鉄棒。中学のときは器械体操部で、大車輪もできたのに、今では懸垂も一回まで。
そのうちお友だちが来たので、長い影の遊びしていた。こうして、友だちが来てくれると、なんともありがたい。

 

鉄棒を毎日やることにした

鉄棒を毎日やることにした。ついでに、アチョー!と叫んでの空手の突きとケリ。
おとうちゃんも、ひさしぶりの鉄棒。中学のときは器械体操部で、大車輪もできたのに、今では懸垂も一回まで。
そのうちお友だちが来たので、長い影の遊びしていた。こうして、友だちが来てくれると、なんともありがたい。

 

週一は社会勉強のために、一緒に連れて行く

学校に行かないことにしたあかりは、週一は社会勉強のために、一緒に連れて行くことにしている。
年金事務所、お寺、市役所、市会議員の事務所、出版打ち合わせ、など。山里から遠いので出かけるときには濃密だ。
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年金事務所はさすがに暇を持て余す。すぐ隣のお寺(妙恩寺)を訪ねる。本堂でお題目、広いのでごろごろしてた。
住職に挨拶する。たまたま家康公の御真筆の写真撮影の最中で、すこし見学。家康は信玄との戦いに追われて、この寺の天井裏に逃げ込んだという伝説がある。
なんと、日蓮の真筆の漫荼羅がある。御宝蔵にも入らせてもらう。巻いたままの紙幅の漫荼羅を見せていただいた。日朗、日像の漫荼羅も保管されている。郷土の偉人、治山治水に尽力した金原明善菩提寺でもある(5枚目が明善の墓)。
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市役所に出かけて、NPO法人決算と事業報告書の提出。ついでに、市会議員の控室に立ち寄る。気楽に入っていける共産党の事務所、酒井とよみさんと小黒啓子さんを訪ねた。いつも大歓迎してくれる。そして、無所属の鈴木恵さんを訪ねた。
みなさん、Facebookを見てくださっているので、あかりの動きはよくご存知。恵議員から、ちゃんと名刺を頂いて喜んでた。

いつ死んじゃうか、わからないので早く作ってね。姉はもう94歳だし、まず姉に見せたいから

「いつ死んじゃうか、わからないので早く作ってね。姉はもう94歳だし、まず姉に見せたいから」
竹山美江(たけやまよしえ)さんの「もめん大好き」(第2集)をつくりだした。布絵の作品集である。
第1集は4年前に作らせてもらった。天浜線の駅や車窓の風景、古民家などを中心に、300点以上の作品から160点を収録した。新聞はその時のもの。最後の写真は、今年2月の個展のときのもの(くんま水車の里)。
今回は、山野草、道端の草花、花紋、写楽人形、お地蔵さんなど200点余となる。なんとか10月発行に向けて作業中。
「夫と別れて、幼い二人の子を抱えて生きてきた。50代になって布絵に目覚め、60代になって教室に通ったのよ。それから30年余もずっと作り続けてきた。わたしはもめんが好き。布との出会いが楽しい。まだ元気で生きている限り、布絵を作り続けていくわよ」
竹山さんも87歳になる。ひとり暮らししながら、日々、創作に打ち込んでいる。 細かいクロスステッチもつくっている。こんど、あかりのために布のバッグを作ってくれるという。

 

 

 

 

 

「過疎の山里に暮らす普通なのに普通じゃないすごい90代」すばる舎からの出版がすすんでいる

「過疎の山里に暮らす普通なのに普通じゃないすごい90代」すばる舎からの出版がすすんでいる。
92〜99歳の方9人、医療と買い物支援70代の方2人、計11名の方を取材した本だ。ほとんどがこの春野町の私の親しい人たちだ。

10月に発刊。初版は7,000部という。
10月の初頭に出版社の編集の方と取材先にお礼の訪問の予定。
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この本ができるまでの経緯。

静岡県の「健康長寿財団」というところの特派員を2年間、務めた。身近な元気なお年寄りの生き方を取材して原稿にする仕事。

交通費込みで月に報酬1万5千円。大した報酬じゃないけれど、おもしろい人に出会って文章にするのは楽しかった。
文章は「健康長寿財団」のホームページに掲載される。あるいは冊子になった。

しかしまあ、ホームページのアクセスは少ないし、冊子などほとんど読まれることと思っていた。期待すらしていなかった。

それが、たまたま「すばる舎」の編集者の目に止まった。
以下のメールをいただいたのが一年前の2021年5月12日。
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はじめまして。
突然のご連絡大変失礼いたします。
すばる舎編集部の水沼三佳子と申します。

しずおか健康長寿財団の池谷様の記事、またブログを拝見し、
宮脇眞一様についてお尋ねしたく、ご連絡差し上げました。

90代でお元気に一人暮らしされ、朗らかに、無欲で、人の役に立つことを楽しんでしている……池谷様の記事にある宮脇様の生き方に、非常に感銘を受けました。
https://ichirindo.hatenablog.com/entry/2019/02/13/200420

宮脇様をぜひ著者として、本を作らせていただけないか。
『93歳、過疎の山里で「人様のお役に立つ」生き方』(仮)
といったテーマで考えております。
(中略)
「人生の師」である高齢の人徳者から、生き方の知恵を授かりたい─そうしたニーズが、今非常に高いように思います。
宮脇様の生き方は、「長い老後、どう生きたらいいか」と悩むシニア層、さらにはその下の世代にも大きな勇気を与えてくださるものです。

もしよろしければ、ぜひとも宮脇様におつなぎいただけないでしょうか。
さらに、誠に図々しいお願いで恐縮ですが、
宮脇様のお人柄、「里山の鉄人」のすごさを誰よりもご存じなのは池谷様と思います。
池谷様に取材執筆をしていただくのが最上の選択、
ぜひともお力をお借りできたら……と、勝手ながら願っております。
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90代の元気なお年寄りなら、この山里にたくさん知っているので、10人くらい訪ねて本にするというのなら可能性がありそう。そう返答した。編集者からは「それでいきましょう」と回答をもらった。

ぼくが文を書き上げて、編集者が東京から来てくれて、同行。内山さんが写真撮影してくれた。

ぼくは、瞬発的に一気に文章は書き上げる。けれども、少し休むと、他にエネルギーが向いてしまうという特性がある。
それに、自分の生き方、自分の思想の本ではないので、どうしても、あとまわしになる。

なんどか止まっていた。そこを編集者の水沼三佳子さんが、叱咤激励、鞭打ってくれて、どうにかこうにか形になった。一年余かかったことになる。

ごちゃごちゃになっていた文章も、きれいに構成してくれている。伴走してくれる編集者というのは、まことにありがたい。
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まあ、むかしとちがって本は売れない時代。まさに構造不況業種。しかし、やはり本という存在は、これからも影響力は大きい。

売れるか売れないか、わからない。内容もたいせつだが、タイトル、カバーデザイン、発行の時期、出版社の広報と販売力、いろいろいな要素が加味して動いていく。
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この10年余、編集の仕事とは離れていた。
東京では、仏教書と医学書の編集と執筆で暮らしていたのだった。合間に、ちょいちょいとインドに出かけたりして(累計13回も)、たいして仕事はしていなかった。

東京暮らしは家賃などに金がかかる。そうだ田舎暮らししよう、とひらめいたのが11年前。それで春野に移住したのだった。

山里に暮らしてみると、編集の志事よりも、山里暮らしの魅力発信のほうがおもしろい。田んぼもはじめた。NPO法人も立ち上げた。

そのうち、介護施設も経営するようになった。しかし、人件費やら事務処理がたいへん。なにより子育て(いま、娘は7つ。しかも学校に行かず宣言発令中)にエネルギーと時間をとられる。

妻の病もあって、手術と療養を機に介護施設は休業することにした。そのうち、このまま廃業しそうだな……。
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そういうなかでの出版の事業が再開したことになる。すばる舎の仕事がきっかけに、信貴山真言宗、吉野の金峯山寺佼成出版社、anemoneと仕事をいただけるようになってきた。

PHP社から出していた「死んだらおしまい、ではなかった」は51刷の累計15万部となったぞ。ありがたいこと。
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ということで、出版のほうに舵を切った。
文章を書くのは好きだし、飽きっぽいわたしが唯一続いているのは、毎日、文章を発信すること。

それが形になって、収益があって、そのことで暮らしていけたら、まことにありがたいこと。そんな可能性が開けるのかもしれない。いやそれよりも、まったく違う世界があらわれるのかもしれない。

先のわからない人生をいつも船出している。

マスクしている人はまったくいない

エリザベスの葬儀式典見ると、マスクしている人はまったくいない。弔問している天皇と皇后もしていない。ただ、日本人向けに写真を配信するときだけ、マスクを付けているようだが。
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コロナが空気感染というなら、ウィルスのサイズからしてスカスカに通過している、空気も漏れている。まったく効果なし。
かえって、マスクは有害。体内の酸素濃度が低下。二酸化炭素と雑菌の温床。脳の機能に影響を及ぼす。酸素が低下すれば免疫力も低下する。心身の健康と人とのコミュニケーションを奪い、分断する。
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昨日は、まちなかに出かけた。山里から往復100キロ以上はあるので、出かけるときはあちこち濃縮して訪ねる。年金事務所、市役所、議員事務所、出版打ち合わせ、友人宅、お寺、スタバ、100均、カレー屋、ドラッグストアなど。わたしはほとんどノーマスクで通している。
ただ、役所での面談の時、苦笑いして言われた。「池谷さん、あのー、ほら。みんながへんな異様なものをつけているじゃないですか。それをお願いできますか(笑)」と。

寄り道、たまたま、ひらめき。そこに宝物がある。

こんなすてきなフィールドがあった。アート・クラフト展にいく途中に見つけた。ベトナムのお寺のすぐ近くにあった。
ツリーハウス、コンテナハウス、サボテン、みんなお洒落だ。
だれもいないので、勝手に見学させてもらう。
すると、御婦人の方が来られたので、話しかけて立ち話。
その方の甥が三年かけて作ったのだという。しかし、これだけのものをたった三年とかすごい。聞けば競艇選手のAクラスの方だという。それは、資金力もあるし。そして、センスあるなあ。
こんど、またお訪ねして、いろいろお聞きしてみたい。
そこに行く予定、目的こそが大切。でも、あれ?とひらめいたところに立ち寄ると、いろいろな発見がある。
寄り道、たまたま、ひらめき。そこに宝物がある。それはいつものことだけれど。

 

 



 



 

ベトナム寺院を訪ねる

「あれ?不思議なお寺がある」
見つけたのが、なんとベトナム寺院であった。天恩寺Chùa Thiên Ânという。
だれもいないが、本堂は引き戸が開く。勝手に入らせてもらう。なかなか派手な仏さまだ。
礼拝していると、外で作業している気配がする。
その方に話しかけると、ベトナムの女性の方だ。日本語は通じる。
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その方は「お寺を訪ねてくれてとても嬉しい。おもてなしをしたい」と、満面の笑み。ほんとうに心からの歓迎が伝わる。本もいただいた。
さらに「せっかく来ていただいてので、昼ごはんを食べていってください。これからつくります」と言う。
こういうとき、ぼくはほとんど遠慮しない。
「ありがとうございます」と昼食を頂いたのだった。
これがとってもおいしい精進料理だった。肉のようでいて、素材は大豆でできている。
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感心したのは次の5つ
そして、日本のお寺にはなかなかありえないこと。
①みんなの寄り合いの場であること
②みんなで作り上げた手作りの場であること
③来訪者を心からもてなし、喜んでくれること
④一緒に食事ができること
⑤お金を取らないこと(お布施をしたい人は自由にお布施)
月に一度は、埼玉のお寺からベトナムのお坊さんが来られて、お話と坐禅会があるという。いいご縁ができた。

 

 

 

ワクチンの製造拠点を日本に

「モデルナ社の協力によって日本でメッセンジャーRNAを活用したワクチンの製造拠点を造りたい」。
公明党が動いている。国内生産拠点整備を政府に訴えて強力に推進すると山口委員長。

公明党の厚生労働部会と医療制度委員会は9月15日、モデルナのステファンCEOらと意見交換。遺伝物質「メッセンジャーRNA」の技術を活用したワクチンの国内生産に向けて、同社の協力に期待を寄せた。

日本政府との10年契約、ワクチン購入が前提。利権が臭うなあ。
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こんなド暑いのに、大人も子どもも、みんな真面目にマスクしている日本は、治験(ようするに人体実験)に最適か。

①日本人は、まじめにちゃんとワクチンを打つ。
②後遺症があっても、人がたくさん死んでも、文句を言わない。疑問に思わない。
③「テレビが言ってたもん」で人が動く。自分で本質を考えない。
同調圧力で、みんなおんなじことをする。「みんなやっているから」ということで、竹槍もったり、人殺しでもするようになるのか。
⑤忍耐、がまん、しんぼう、努力。勤勉の国民性。なので、支配側は管理しやすい。
⑥生産管理、ロット管理もちゃんとするので、治験(ようするに人体実験)に適した国である。