過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

ブッダ

ブッダのたとえは、なかなかすばらしい

数多(あまた)ある経典の中でも、『ダンマパダ』は最古層のたぐいである。他に、『スッタニパータ』もそうだ。 そこにはみられるブッダのたとえは、なかなかすばらしい。たとえをとおして、なるほどそういうことかという感じがつかめる。ダンマパダから、た…

ふいに訪ねた磐田市の医王寺

「そういえば」と通りかかったお寺。ふいに訪ねた。磐田市の医王寺。───参拝させてもらっていいですか?「ああ、どうぞどうぞ」。 気持ちよく迎えてくれた。そして、仏前でしばし瞑想させてもらう。とってもいい時間を頂いた。なかなかこうやって、落ち着い…

『スマナサーラ長老が道元禅師を語る』(佼成出版社)の見本が届いた

『スマナサーラ長老が道元禅師を語る』(佼成出版社)の見本が届いた。 ようやく本の形になった。佼成出版社の編集の大室さんとは20年ぶりの仕事。 売れると嬉しいけれど、まあ縁があればの世界。それにしても、編集者のきれいな字、丁寧な手紙よ。 次は、死…

ブッダは釈尊だけではない。決して一人の人物を意味していなかった

「ブッダは釈尊だけではない。決して一人の人物を意味していなかった。」 これは、仏教学の大御所、中村元先生の論文である(「釈尊を拒む仏教」)。まさに「目から鱗」であった。かいつまんで、要約してみた。 ①仏教とは「ブッダとなるための教え」「ブッダ…

「私はこのように聞いた」(如是我聞)

経典は、「私はこのように聞いた」(如是我聞)ということばから始まる。 「私」とは、釈迦に常にともなっていた阿難(アーナンダ)である。経典は、阿難が釈迦の教えを聞いたことをもとに、つくられたということになっている。 釈迦が滅したあとに、その教…

カルマ(業 ごう)は必ず返ってくる

カルマ(業 ごう)は必ず返ってくる。インドでは、それを〝カラム・カルマ〟という。ヴェーダ哲学の根底にある思想だ。 仏教では、カルマ(業)は、身口意の三業(さんごう)という。ヒンドゥーでは、身と言葉のみ。心は入らない。しかし、言葉と身体は、か…

『スマナサーラ長老が道元禅師を読む』(佼成出版社) 4月16日に見本が出来あがる

『スマナサーラ長老が道元禅師を読む』(佼成出版社)いよいよ4月16日に見本が出来あがるとのこと。テーラワーダ仏教協会の機関誌「パティパダー」の編集後記。曹洞宗が推薦してくれるといいんだけど(笑 さて、どうなりますか。

永遠不滅の実体(仏性、法身、阿頼耶識)を立てる。パーリ仏典と矛盾する。どうしてか。

ブッダの教えは、徹底して「苦・無常・無我」である。そして、四諦・八正道。因縁生起であり、不滅の実体は認めない。パーリ語の経典を読めば、それぞれテキスト的には矛盾と逸脱はないことがわかる。 しかし、大乗仏教になると、「常楽我浄」と大転換してい…

ブッダと若者との出会い

「ブッダと若者との出会い」 本当の真実を求める人にとって、ある思想がどこから生まれたかは問題にならない。思想の起源や発展は、学者が問題にすることである。 実際のところ、真実を理解するのに、それがブッダに由来するものなのか、誰か別人に由来する…

たくさんのブッダのなかから、釈迦(ゴータマ・シッダールタ)だけをシンボルとして顕彰した。いわば、「釈迦教」と

インド人のスワルナーリ女史とのやりとり② ───ブッダについてお尋ねします。仏教というと、「ブッダの教え」であり、「ブッダになるための教え」です。しかし、ブッダとは、釈迦(ゴータマ・シッダールタ)だけとされてきました。これについてはどうですか?…

吉田真誉さん(長楽寺の尼さん)の仏画展

鴨江寺に、吉田真誉さん(よしだしんよ:長楽寺の尼さん)の仏画展を見に行ってきたよ。 真誉さんとは軽快な弾む語り合いがいつも楽しい。 庭師の朝倉さんとの語り合いも楽し。また、気賀の長楽寺にいかねば。 あかりは、いつもスケッチブックをもっているの…

「生存力」と「生存欲」

外風呂を沸かすときに、長い板はノコギリで切ることあるが、得意なのは「ハーッ!」と叫んで踏みつけて割ることだ。バキッと割れるのは気持ちがいい。ただ、とききに板が跳ね返って膝頭に当たることがある。さきほどは、それで思い切り当たって「いたたたた‥…

カミとホトケ そして天皇霊 

天皇はほんらいは日本国の「大神主」という意味あいがあると思う。肉体は人間であるが、いわば「天皇霊」ともいうべきのを代々の受け継いている器と考えられる。それが行われる儀式が大嘗祭(だいじょうさい)である。 靖国神社は、天皇のために亡くなった人…

村上老師が僧侶になることについて語った録音や記録

朝一で、フランスの僧侶からの次のような質問を受けた。 池谷さんへ、質問があります。村上老師が僧侶になることについて語った録音や記録はありますか?村上老師が僧侶になるために必要なことを教えています。特に、禅僧は組織の一員ではなく、森の中の虎の…

瞑想とは思考がフェードアウトしていくこと

瞑想とは思考がフェードアウトしていくこと。漢字だと、瞑(めをつむる)よりも冥(消えていく)ほうがいいかもしれない。 思考そのものは、絶えず忙しく動き回る。エネルギーを浪費している。なので、思考を静かにさせる。ほんとうの自分の立ち戻る。それが…

「死後の世界」についての本の企画中

「死後の世界」についての本の企画中。タイトル的には、「死に方を学ぶ」「いかに死んでゆくか」「Peace in Die」とか。 コンテンツとしては、これを初期仏教からみて、どうとらえるかと。 ざっくり考えてみた。①死後の世界はあるのか、ないのか。②あるとし…

いちりん楽座「題目パワーの現代的探究」2/24

いちりん楽座「題目パワーの現代的探究」──南無妙法蓮華経とはなにか。科学的に探求する──2月24日(土)19時〜21時 16時半から入室可(雑談から)参加ご自由、参加費無料、途中入退室自由。顔出しもご自由。GoogleMeetで行う。Googleのアカウントがあればワ…

①本尊☓②真言☓③信仰☓④熟練度☓切迫度・必死さ=⑤結果 という公式

①本尊☓②真言☓③信仰☓④熟練度☓切迫度・必死さ=⑤結果という公式を考えてみた。 ▽親鸞の主著は『教行信証』だが、信仰と実践と結果という点から見ると『教信行証』となるか。教信行証とは、教えがあって信仰があって実践して結果が出る。 日蓮的に言うと、こうな…

村上老師と歌舞伎に

「ああそうだ、池谷さん。券をもらったので、歌舞伎にいかんかね」と老師からお誘いを受けた。歌舞伎は高価なので、ぼくはいつも劇場の最上階、一番後ろにある「幕見席」だ。役者の顔などはっきりと見えない。老師と行ったときには、舞台からわりと近い席で…

本日、いちりん楽座。 テーマは「歎異抄を読む」

本日、いちりん楽座。テーマは「歎異抄を読む」世間は休みだし、本日も「いちりん楽座」開催する。 1月8日(月)19時〜21時(入室は18時半〜雑談)参加費無料 参加ご自由 途中入退室自由 顔出し自由アプリ GoogleMeetGoogleのアカウントがあれば参加可能。ス…

ベトナムの寺院「天恩寺」にドゥ・ティエン師が入られた

浜松のベトナムの寺院「天恩寺」にドゥ・ティエン師が入られた。先日、入国管理でビザを申請したところ、布教師として正式に来日。とりあえず一年の滞在のビザであるが、次には5年の予定。やがては宗教法人を申請のサポートをさせてもらうつもり。 ▽天恩寺…

オン・ライン・プラクティス  マインドフルネス プラムヴィレッジから

オン・ラインリトリートマインドフルネス そしてカタリバ南フランスのプラム・ヴィレッジと日本をつないで、リトリートを行う。12月20日(水)18時〜20時 17時半から入室可(しばらく雑談)参加ご自由。途中、入退室自由。参加費無料。GoogleMeetで行う。Goo…

山伏と生活仏教 語りあい

友人の田中利典さんとの語らい。まあ、二人のよもやま話になると思うけれども。参加者からどんどん突っ込んでくれたら、そこから話は展開していく。 11月30日(木)13時〜15時 12時半からは雑談と打ち合わせ。 GoogleMeet。URLは後日記載。 参加ご自由、途中…

外国人(ベトナム、タイ、ミャンマー、ペルー、インドネシア、インドなど)との交流も、すすめていきたい

一年前からベトナムのお寺と縁ができた。浜松動物園の近くにある「天恩寺」である。 ふいに訪ねたのがきっかけで、日本とベトナムの交流の集いを企画したり、中秋の名月の集い、ティク・ナット・ハンの弟子によるマインドフルネスのリトリートを、わがやで行…

時間と空間、死後の世界、どこまでいったも不思議

「炎って不思議だよ。こうして炎が見えるだろ。これは一瞬として同じものじゃない。瞬間瞬間、ガス状態のものが発火して火となって天空に消えていく。で、ものごとはすべてこうして、瞬間瞬間、変化しているんだよ」 そんな話を、焚き火しながらあかりと話し…

ぼくと松尾さんによるパーリ語とサンスクリット語のお経

こないだの森林セラピーでは、ぼくと松尾さんによるパーリ語とサンスクリット語のお経。パーリ語は、古代インドの俗語ないし方言の1つで、南伝上座部仏教の典籍で主に使用される言語。サンスクリット語は、いわば文語体。ヒンドゥーの教典、大乗仏教の教典な…

あらかたの宗教は、形式を伝えている。しかしその本質は?

ある有名な神社にあかりとともに参拝した。 それはスッキリして豪華、歴史のある祭りが継承された拝殿であった。 「あかり、こういう神社はとってもいいんだよ。スッキリしているだろう。このスッキリした感じが大切なんだね」 というのは、数日前の夕方、知…

わたしのイスラム体験①

イスラエルとハマスの戦い。イスラムの残虐性が報道されるのだが、じつのところイスラムの人々はどうか。ぼくは、報道はあんまり信用しない。自分の体験をもとにものごとをみるようにしている。ということで、すこしぼくのイスラム体験を連載してゆく。 ▽西…

べてに「自分」を入れない生き方をしてみめ 道元の現成公案から

スマナサーラ長老の本作り(道元の「現成公案」をよむ)をしているのだが、そのことが機縁で実践していることがある。これが、なかなかうまいこといきそうなのだ。それは、「自我を入れないで行動する」こと。 自分がいる、自分がある。どんな瞬間でも自分が…

親友たちの奇想天外・八艘飛び。ベトナムとネパール

親友たちの奇想天外・八艘飛び。ベトナムとネパール。ふたりとも、いいなあ。〈康ちゃん〉ベトナムに出かけて、いま寺院でマインドフルネスのリトリート中。ベトナムをふらっと訪ねた縁で、日本とベトナムの交流会を企画した。タン師(ティク・ナット・ハン…