過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

ブッダ

刺繍で作られた精緻なチベットマンダラ(タンカ)の出版企画

刺繍で作られた精緻なチベットマンダラ(タンカ)を500余点所有している方がいる。 中国のお坊さんだ。信仰的にも、チベットの精神世界的にも、美術的にも貴重なもの。 これらのタンカをきちんとした図版にして、世界に出版したい。チベットマンダラと法具を…

すべてを失う可能性が、一気にくることだってある

オーストラリアで山火事、いまだ終わらず。日本での九州と四国くらいの広大な面積が火事になっているという。2020年1月3日時点の被害は、5.9million hectares(59,000㎞2)。これによって、5億頭以上の動物が死亡とか。 インドネシアでは大洪水が起きている。 …

イエスとブッダ

きょうはクリスマス。イエスが生まれた日。以来、2019年となるわけだ。 『新約聖書』のなかで語られるイエスの言葉は、わかりやすい。親しみやすい。心に伝わる。 ------------------- イエスは「共感性」の強い方と感じる。相手の苦しみを、自分の苦しみと…

最重要仏教書として『大乗起信論』

大乗仏教の根本思想を簡潔明瞭に語る、最重要仏教書として『大乗起信論』がある。 古代インドの著名な仏教哲学者、馬鳴(アシヴァゴーシャ)がサンスクリット語で書き、真諦パラマールタ)が翻訳した。-------------------最重要仏教書として、日本においても多…

こうして仕事をいろいろやってきた

大手の会社(12年間のサラリーマン)をやめて、「さてなにしようか」と思い悩んだ時期があった。37のときだ。 会社では、海外との貿易、ドイツとイギリスの生産手配、海外物流コストダウン、株主総会対策など、もういろいろやらせてもらえた。しかし、どれひ…

日本仏教の特色

彼岸も近いので、仏教について考えてみた。ざっくり言って日本の仏教の特色は二つ。 一つは、その教義(習俗)には、「この世における輪廻はなく、あの世において転生する」ところにあり。「先祖供養」が軸となる。 もう一つは「妻帯」。「出家とは名ばかり…

宗教と霊性は、どこが違うんですか

きょうはニール・ドナルド・ウォルシュの「新しき啓示」(The New Revelations)から。 珠玉の言葉がたくさん出てくるが、すこしずつ。---------------------──宗教と霊性は、どこが違うんですか? 一方は制度で、もう一方は体験だ。宗教は、ものごとのあり方…

話は祈りにつながらないといけません

話は祈りにつながらないといけません「池谷さん、祈りのともなわない話は、たんなる話だけで終わります。話は祈りにつながらないといけません。わたしどもは、南無妙法蓮華経と唱えて祈り尽くしていきます」と。いきなりそういう電話だ。祈りの力。 ……ほんと…

富永仲基の仏教批判

江戸時代の富永仲基という三十二歳の若さで亡くなった天才がいる。彼の仏教批判は、いまだに説得力がある。その一部を紹介。田村芳朗さんの「法華経」(中公新書)から。引用。------------------風土の影響ということについては、たとえばインドの風土的特…

ミャンマーのお坊さんと歩いた時

ミャンマーのお坊さん(ウ・ウィジャーナンダ師)と増上寺の境内を歩いていたときのことだ。しばらく散策していると、突然、二人の男が走ってくる。なにか必死の形相だ。「な、なにごと……」突然のことで驚いた。すると、かれらはお坊さんの前にひざまづく。…

生かしてもらっている現実に対しての感謝の心こそが

競売物件を落札したのだが、その土地のゴミの片付けを開始した。そこの見晴らしは素敵だ。梅の花が咲いている、やがて桜、そして桃の花が咲くことだろう。清流・気田川の水音も聞こえる。-------------------まずは、落ち着く場所を作ろう。事務所の庇の下を…

ブッダはお経を読んだことはなかった

ブッダは、文字で書かれたお経を読んだことはなかった。もしもブッダがお経を読んだとしたら、その修行時代に仕えた師のもとで、ヴェーダの経典だったろう。ブッダの在世のとき、弟子もまた、お経をよんだことはなかった。そもそも、そのとき、お経はなかっ…

いちばん最初の仏様とは

「徒然草」の最後に、兼好が八つになったとき、父に聞いたという話がある。「仏とは、どんなものなんでしょうか?」 「仏とは、人がなったものだよ」「では、どのようにして人が仏になったのですか?」 「それは、仏の教えによって、仏になったのだよ」「じ…

インドの人とお寺で講演してきた

曼珠沙華が咲いている。彼岸の時になると、全国各地で同時に花ひらくというのが、とても不思議な花である。お彼岸の日曜日ということで、お墓参りに行く人も多いと思う。 今日は、お寺から講演を依頼されて、お話をしてきた。ぼくが「神社・寺カフェ」(いわ…

「哲学と仏教 生き方講座」2回目/9月30日13時半〜

講師︰長野貴晃 1部︰13時半〜16時(2時間半) 2部︰17時〜19時半(2時間半)参加費︰各千円(1部・2部)/要予約 TEL080−5412−6370(池谷)主催︰いちりん堂会場︰県居(あがたい)協働センター(商工会議所隣) 浜松市中区東伊場二丁目7-2駐車場︰有(無料…

麻原彰晃との対談企画の顛末(3)

オウムは、解脱に至る基本的な修行法である「四念処」の「念」(サティ)については「記憶習修」としていた。ま、これは東大の中村元大先生も含めて学者の多くが、そのようにとらえていた。(いまではほとんど学者の主流は「気づき」=アウェアネス、マインド…

いま長野貴晃さんの本作りにトライしている

いま長野貴晃さんの本作りにトライしている。長野さんは、天才的で、とてつもなく深い内容の原稿を学生時代に書き上げている。だがそれは、たいへんに濃縮されたもので、普通の人には難しすぎる。ので、読みやすい、わかりやすい、それでいて生き方の深いと…

カール・リンポチェに出家を勧められたこと

ブッダが悟りを開いたブッダガヤ。レストランで食事していると、西洋人の坊さんがいた。チベット仏教の衣を着ている。めずらしいので声をかけた。デンマークの人で、元はドライバーだったという。ある坊さんに会ったのが機縁で出家したという。どんな体験か…

「仏教の源流・インド」の話をお寺で

このお彼岸に、お寺で講演を依頼されている。臨済宗方広寺派の泰月院。法要の後、檀家さんを相手に話してほしいということだ。100人くらい来られるようだ。9月23日。といってもぼくは、壇上からありがたい話はできそうにない。何を話そう。春野の山里暮らし…

いまここをちゃんと生きる、それしかできない。それもできないのだ。

すでにして、9月も7日。秋だなぁ。 鈴虫とコオロギの鳴く声がする。そして、雨粒の音。網戸の外には、ヤモリが数匹、あるいている。その這うすがたが、可愛らしい。 あかりがよろこぶので捕まえてあげた。洗面器の水に浮かべてたら死んでしまった。ぶーんと…

8月27日(月)哲学・仏教・生き方講座〜この地獄のような苦しみをどうやって遊ぶか、遊べるか。

「この人生は、あたりまえじゃないんですよ。ありがたいことなんですよ。そこに気がつくと、ありがとうと言える。ありがたいと思える。そういう行為一つひとつが、現実の苦悩を開いていきます。現実の苦しみは瞬時にシフトすることができます。相転移が起き…

湿気が少ないと、とてもからだがラク。気温が高くても過ごせるものだ。

いま事務所は37.5℃ エアコンは付けていない。ありがたいことに、ここは風通しがいい。湿気が少ないのだ。湿気が少ないと、とてもからだがラク。気温が高くても過ごせるものだ。いっぽう湿気が高いと、これはたいへん。わがやの方はというと、山裾なので、山…

「スジャータ」と命名している

焙煎した玄米。種籾から苗づくり、田植え、栽培、収穫、天日干し、籾摺りまで一貫して自分で行ったお米。それを焙煎して、細かく粉砕して粉にする。ミルクで少し煮る。砂糖を入れて、でき上がり。「スジャータ」と命名している。ブッダが苦行をやめて里に降…

僧とはサンガのこと 教えを学び合う集い

仏教の三つの宝。それは「仏法僧」といわれる。まず、仏=ブッダが宝である。ブッダとは、真理に目覚めた人の意味である。ゴータマ・ブッダ(お釈迦さま)は、みずから解脱しその修行法、教えを伝えた人格者だから、仏教徒はブッダを宝と思い尊敬する。つぎに…

「仏教の源流、インドを学ぶ」。「楽舎の学校」の2つ目の企画

「仏教の源流、インドを学ぶ」。「楽舎の学校」の2つ目の企画。講師は、横田スワルナリさん。東インドのベンガル州出身。夫が春野出身で、夫婦で実家を訪ねた折にいつも寄ってくださる。日本語が堪能で、インド哲学、歴史、宗教、日本の仏教についても詳しい…

その座標は、なんといっても創始者、ブッダに求められるべきもの

仏教という壮大なムーブメント。それは、膨大で複雑。矛盾して、混交し融合している。混乱するので基軸がほしい。その座標は、なんといっても創始者、ブッダに求められるべきもの。インドにおいて生を受け、悟りを開いたブッダという人格、生き方、日々の教…

やはり仏教とは、「ブッダの教え」であるから

ほんらいの仏教とは、ということを考えている。これ、とても難しい。なにしろ仏教は、二千年以上にわたる歴史があり、インド、中国、朝鮮、日本といろいろな国や民族、言語を経由して、生成発展あるいは停滞、混交あるいは融合してきたのだから。キリスト教…

そのま死んでしまったら、来世は地獄かもしれないと

死の瞬間に、どういう境地にあるのかによって、来世のいわばステージがきまってしまう。死は人生の集大成であり、次の生のスタートとなる。なので、死の瞬間の心こそがもっともたいせつである。そう信じている友人がいた。かれは熱心な仏教徒だ。日頃から、…

死んだらどこへ行くのか。そして、供養は届くのだろうか。

死んだらどこへ行くのか。死者に「供養」は届くのだろうか。いろいろな考えがある。死んだら、なにもない。無だよ。いやいや、転生するんだ。次の生があるよ。いやいや、霊界(浄土、天国、幽界とか、別の次元の世界)にいくのだ。けれども、これから体験し…

心を主とし、心によってつくり出される

生きていると、いろいろとうまくいかないことが出てくる。どうも運勢が悪い。いつも引っ張られてうまくいかないみたい。おかしいなあ、と。そうしたとき、方角が悪い、北東にトイレがあるのは凶相だ、玄関の方角がよくないからだ、そう言われるとそうかなあ…