過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【スマナサーラ長老との対談】2025.6.28

スマナサーラ長老との対談】2025.6.28

いよいよ幡ヶ谷のゴータミー精舎へ。
今回の旅の目的は、スリランカテーラワーダ仏教スマナサーラ長老との対談だ。

昨年、長老の生い立ちから日本での活躍に至る自叙伝を聞き出す大役を仰せつかった。インタビューし、執筆し、編集者として「あとがき」まで書かせていただくことになった。

さらに、クラウドファンディングに参加してくれた541名の方々に向けて、サンガ新社が長老との対談を配信することになった。その聞き役を仰せつかったのだ。
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長老との出会いは40年前になる。それ以来、そのご活躍を目にし、何冊かの本作りにも関わらせていただいた。

しかし、昨年末あたりから私も長老も重篤な病に罹り、互いに息も絶え絶えという状態での対談となった。長老は「私にはもう赤血球がないんです。白血球ばかりで、酸素が体を巡らないので、歩いては止まり、歩いては止まりでここまで来たんです」と言われていた。

それでも不思議なことに、ブッダの哲理を語り始めると、長老のシャープな頭脳はさらに深淵さを増す。私も咳き込みながら、問答を重ねていく。

互いに病を抱え、死が間近にあるのは事実だ。そんな状況だからこそ、死や病、生老病死について語っていただかなくては、と思った。
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ブッダの教えは「生老病死」という苦(ドゥッカ)の観察である。しかし、この問答では、決して「病」だけを強調するのではない。

瞬間瞬間に生老病死がある。すべてのもの、微細なものから極大なものまで、瞬間瞬間に「生老病死」がある。そして、「原因と結果が同時である」という話だった。これらはとても腑に落ちる話だった。

私は若い頃、大乗仏教を学び、さらに日蓮仏教や日蓮本仏論に関わる探求を続けてきた。

「久遠即末法」「化城即宝処」「一念に億劫の辛労を尽くす」「本来無作三身 念念と起こる」など、日蓮に仮託された偽書説が濃厚な『御義口伝』を繰り返し読んできた。そのあたりとつながり、あるいは交差する軸を捉えたような手応えを感じた。
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もちろん、スマナサーラ長老は大乗仏教日蓮本仏論を、ブッダの教えから大きく逸脱していると認識されていると思う。ましてや、仏教は信仰でも宗教でもなく、「自己を学ぶ道」そのものであるという立場だ。

しかし、ブッダが説いたのか説いていないのか、日蓮が説いたのか説いていないのか。そうした文献学や歴史考証の枠組みでは語り得ない。

生き方や心のありよう、物事の本質や宇宙の真理としてのもの。「なるほど! そういう捉え方ができるのか」と納得したものがあった。

これは私にとって、原始仏典の視点からも、大乗仏教の文脈からも、日蓮の本仏論からも、まるでレーザー光線のように鋭く深く、納得のいくものだった。