【「いまここ」でしかない】2025.5.24
「お金があればなあ」「健康であればなあ」「もっと暮らしやすい場所であればなあ」……など、いろいろと「こうだったらなあ」「ああだったらなあ」という思いがたくさん湧いてくる。
さらに、「あのときこうしておけばなあ」という過去の後悔や、「この先どうなるのかなあ」という未来の心配。そういう思いは、尽きることがない。
▽
それは夢想の世界だ。現実とは違う。いくら描いても実現するわけではない。悔やんでも過去は元に戻らない。未来はまだやって来ない。とは言うものの、湧いてくるんだなあ。
結局、いまの現実に立ち戻るしかない。しっかりと立つしかない。それしかできないのだ。
課題は「今ここの現実そのもの」。それが人生のテーマそのものだ。
「まあ、なんとかなるかなあ」「いざとなればなんとかなるし」という楽観主義もある。
しかし、それはきちんと現実に立脚したものじゃあない。「現実に立脚しようとすることが怖いので先送りしている」という場合もある。
▽
それらすべてを含めて、とにかく「いまここ」でしかない。
「いまここに生きる」とは、いまやっていることに集中することだ。
その鍵の一つは「呼吸」だ。息を吸う、息を吐く。吸うと体が膨らみ、吐くと体が縮まる。
座る、立つ、歩く。持つ、運ぶ、引っ張る、見る、聞く、考える、むかっとする、苦しい、痛い、重い、だるい。
瞬間ごとに起こる動作や感情の生起と消滅に意識を集中し、意識をつなぎとめる。そこにしか人生はない、と言える。
▽
さて、そんなことをしてどうなるのか。
これは簡単には言えない。
それしかできない、とも言える。しかし、書いてみる。
無駄な思考にエネルギーを浪費しなくなる。
現実の変化に次々と対応する俊敏さが生まれる。
良い「ひらめき」や「問い」が浮かぶ。
自分の思い込みに気づく。「なんだ、そんなことだったのか」と。
何かを失っても、失敗しても、「まあ、そういうことか」と執着が薄れる。
結局、心が平安になり、楽になるのだろう。
しかし、まだ、平安や楽という境地には程遠い。いつも何かに追い立てられている。仕事の山を崩しても崩しても、また新しい山が築かれる。問題という海に浮かんでいる。
▽
悔昔憂来夢裡遊
唯今只此是眞洲
一呼一吸皆生滅
歩立観聴即自由
(読み下し)
昔を悔い、来(きた)るを憂えるは夢裡(むり)の遊び
ただ今、ただ此こは真の洲(す)なり
一呼(いっこ)一吸(いっきゅう)みな生滅
歩き立ち観(み)聴(き)くこと、即ち自由
(意味)
過去を悔やみ未来を憂えるのは、夢の中の旅にすぎない
今ここにあるものだけが真実の洲なのだ
一呼吸ごとに生まれては消える
歩き立ち見聞きする そのままが自由である
- 「夢裡の遊び」= 夢想にふけること。現実ではない空想。
- 「真の洲」= 確かな足場。現実の世界。
- 「生滅」= 現象が絶えず現れては消えること。
- 「即ち自由」= ただ今ここに在ることに気づくことで、執着から解放される。
※漢詩の難しいところは「韻を踏む」ことです。これ、わたしには無理。
一句の「遊(ゆう)」二句の「洲(しゅう)」四苦の「由(ゆう)」と韻を踏んでいます。
芯を韻むことで、余韻を残すような響と調べ を作り出し、詩に落ち着きを与えると。これ、日本人にはなかなかハードル高いです。