⑤【スマナサーラ長老のエピソード】2025.6.3
今回の自叙伝の取材は、一対一のインタビューではなく、出版社から2名、テーラワーダ仏教協会から1名、デザイナー、そして私の友人など、かなり多くの人が同席した。複数の人が質問することで、私一人よりも多様な視点が生まれ、話を引き出しやすいと考えた。
しかし、今回は長老自身の体験を深く聞き出す場である。
私たちが準備して待っていると、長老が到着された。
緊張する。
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長老は外から来られたためサングラスをかけており、表情が読み取れない。
席に着かれてしばらく無言。そして、最初にこう言われた。
「どうしてこんなにたくさんの人がいるんですかね……。不愉快です」。
長老は自身の体験を語る場には、せいぜい私と出版社、協会の関係者くらいを想定していたようだ。予想以上に多くの人が同席したことに、不愉快な思いをされたらしい。
しばらくの沈黙。
その瞬間、「ああ、機嫌を損ねたかも。今回の取材は失敗かな」と思った。
しかし、数秒の沈黙の後、長老は「はい、さぁ、始めましょうか」と気を取り直し、取材を受けてくださった。
インタビューは、まるでピンポンのようなテンポで進んだ。私の悪い癖で話が脇道にそれると、協会の佐藤哲朗さんが本筋に戻してくれた。
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取材の主なテーマは、「なぜ長老は日本に来て、ブッダの教えを伝えることになったのか」だった。1日目と2日目にその話をじっくり伺っていた。
ところが、3日目に次に長老の本を出す予定の出版社の女性編集者が同席し、「どうして長老は日本に来ることになったんですか?」と質問した。
2日間その話をしていたので、また同じ話を繰り返すことになり、長老がムッとされるのではないかと心配した。
すると、長老はこう答えた。
「わかりやすく言えば、穴に落ちたんです。穴に落ちたら、どうすればいいんですか。誰も助けに来ませんよ。自分で這い上がるしかない。やっと這い上がっても、そこで人生が終わることもある。そのとき大事なのは、『負けるなよ』ということです。負けずに這い上がる。それが私の人生でした」。
この言葉があまりに印象的だったので、自叙伝の冒頭に据えることにした。
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その前には、バツイチの人が離婚の体験を話す場面もあった。長老はその流れを受け、こう語った。
「夫婦でも、家族でも、落ちる穴は一人ひとり違います。みんなそれぞれ違う穴に落ちるんです。そのとき、負けてはいけない。自分で穴に落ちたんだから、自分で這い上がるしかないんです」。
この言葉は、長老の人生哲学をわかりやすく象徴するものとして、強く心に残った。