過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

イエスは踊ったろうか

エホバの人がよく訪ねてくれる。ぼくと同年齢。
24日の集会のお誘い。あいにく、山下洋輔のライブで行けないけど。
東北出身の方で、語りあっていると、なにかやすらぐのがいい。
つまらぬ教義や神学論争にはならならない。
───は池谷。「」は、エホバの人。

───死んだら天国ですか。
「いや、天国に行けるのは、144,000人しか行けない。(世界のエホバの平均伝道者数は約722万4千人)
あとの人は転生してくる。転生を繰り返す。すなわち、それは永遠の生命を得るってことでもある」

───「詩篇」をいくら読んでも面白くない。
あれは、ヘブライ語の韻が踏まれていて、本来、味わい深いに違いない。
メロディーがあったはずだ。さらには踊りもあったはずだ。

「聖書には、ダビデが踊ったという表現がある。旧約聖書の『サムエル記』や『列王記』。ダビデは、レビ人たちの肩に担がれた主の箱の前で力の限り踊ったとある。
ダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。 ダビデイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。」

───躍動して身体が踊るんだろうね。
インドのお寺のキールタンやBajanのときに、躍動して踊り出す人がいる。
イスラムでも旋回舞踏があるし。
エスは踊ったろうか。とても静かな感じがする。神殿で商売をする人に、激しく怒った場面もあるが。踊ったという表現はない。