過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

50年余も片手を上げつづている男

50年余も片手を上げつづけている男。
このサドゥ(苦行者)に会ったことがある。

それは25年くらい前のこと。
ハリドワールに行ったとき、「クンブメーラ」という12年に一度の大祭が近づいてきた。祭りが近づくに連れて、数百万人ものサドゥがインドの各地からやってきていた。
ハリドワールの川の畔では、次々とサドゥのテントが立ちならぶ。
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ものすごいまつりが始まるぞ。インドからは一千万人規模で人か集まるようだ。総勢1億人になるという。うう、すごすぎる。

そして、サドゥたちは、見るからに興味深い人たちばかり。
かれらのテントを訪ねてみた。
「ハリオーム」(宇宙全体に幸運があり、すべて人たちが平和を迎えることがありますように。すべての生き物が幸せでありますように、というようにな意味)。
そう言っては、恐るや恐るテントを開ける。
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すると、「おお、よくきた。まあ入れ」と奥に通してくれる。とても自然で親しみやすい。「何しに来たんだ」「お前はよそ者か」みたいな意識はまったくない。
奥に通してくれる。なんだかラクに自然に一緒に座っていられた。

サドゥ自らがチャパティを作ってくれてごちそうしてくれたり、当然のようにパイプがまわってくる(神につながる儀式だからね)。まことに居心地が良かった。
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そのテントにこの方がいた。
ずっと右手を上げ続けていた。当時は20年余だと言っていた。
なかなかいい顔立ちをしていた。

また、隣のテントの木ノ下では、ロープを吊るしてゆらゆら揺れている人がいた。7年間、横になったことがないというのだ。
まあ、そんな人があちこちにいたのである。
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サドゥは、いまのインドですら400万人から500万人いるといわれる。
すごい数だ。さすがのインドだ。

サドゥは、ほとんど森のなかで瞑想し、聖地を巡礼して暮らす。
もちろん仕事などしない。
肉食はしない。木の実を食べたりしているが、インド社会はそのような修行者に食べ物を布施する習慣がある。それこそ5千年も前からだろう。
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ヒンドゥー教の規範の書である『マヌ法典』(前2世紀から後2世紀までに成立したヒンドゥー教の法典)によれば、人生を4つの段階に分けている。「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」だ。
それぞれが「アーシュラマ」とも呼ばれる。

「学生期」は、社会全般を学ぶ期間。「家住期」は、家庭を持って仕事に精を出す。子孫を残す。「林住期」は、俗界から離れて森で暮らす。「遊行期」は、全てをなげうって無所有で各地の聖地巡りをしていく。

ブッダもまさにそうしたサドゥの一人であったろう。

それぞれのステージで規範に沿った生き方をすることで、幸せな人生を送れる。数千年に渡って、そしていまでもインドの生き方の基底部にある。そうした生き方をしている人たちに、いきなり出会ってしまうのがインドのすごさだ。