呼吸法についての探究。
息を吸うとき、「ここまで」と止めない。
かぎりなく吸い続ける。やがてある時点で、吸うことが止まってやがて「吐く」ということになる。
吐くときも、「ここまで」と止めない。
かぎりなく吐き続ける。やがてある時点で、吐くことが止まってやがて「吸う」ということになる。
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これ、体操でもそうなんだけど「ラジオ体操」の動きのように、はい、ここまで、と止めない。
かぎりなく伸ばしていく。かぎりなく。そして、かぎりなく縮んでいく。かぎりなく。
いつまでもいつまでも続くというかたちで、身体の動き、呼吸の動きを味わう。内側から観察する。
原始仏典の「大念住経」(マハーサティ・パッターナ・スッタ)のなかに「身随観」という表現がある。身体の動きを身体に従って観察していくというふうに捉えている。
坐禅の数息観にも通じる。初期仏教のヴィパッサナー(ヴィ=ちゃんと パッサナー=観察する)の実践でもある。
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そんなことして、どういう効果があるのだ、と言われる。
やっていておもしろい。
いまここに集中できる。
リラックスする。
あれこれと飛び回る想念、思考が減る。