花が咲くような呼吸瞑想の実践です。
私たちの心は、喜び、悲しみ、怒りなど、次々と移り変わっていくことがわかりますね。
仏教というものは、感覚を閉ざして、禁欲的で隔離された環境のなかで、何も感じないようになることだと思われていますね。そうではありません。暮らしのなかで、気づきをもたらす教えです。
たくさんの経典がありますが、それらを知識として学ぶだけでは意味がありません。人生、生活に応用、実践することです。
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『安般守意経』(アーナパーナスッタ)というお経があります。
吐く息、吸う息にだけ意識を集中する、というものです。
歩く時、座る時、食事の時、24時間、呼吸はいつでも私たちとともにあります。
ブッダの修行というものは、つねにこの呼吸に意識を向けていくことにつきます。
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息を吸って、息を吐く。それだけです。そこに気づいているのかどうか。いまの呼吸が長いのか短いのか。浅いのか深いのか。
呼吸をコントロールしようとしないで、ただ、呼吸に気づいていくのです。何かしようとしません。なにかしようとする意図を手放すのです。ただ、観察する。
うまくいかなかったら駄目だとか、そういうジャッジを外すことが大切です。くつろいでいることが大切です。
うまくやらなければとか、過度の集中がプレッシャーになると、気づきが起きてきません。
自分の体を体として、ただ気づいていくことです。眠気、怠け心と集中力がバランスを取るところで、くつろいでください。
対象に集中しすぎない。けれども忘れない。リラックスしている。そこに気づきが起こります。
お腹の動きに意識を向けてみましょう。息を吸うと、お腹はどう動きますか?生きを吐くときは? お腹に手を当てながらやってみましょうか。それだけに集中するのもよいでしょう。
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自分の体を明らかに意識する。気づくこと。これはとてもシンプルなことですが、実践していくと、たいへんに奥が深く、そして楽しいことがわかります。
そうすると、妄想が手放されて、平安な自分にいることができます。心がスッキリします。心身は健康になっていきます。
心を観察するときは、いつでもどこでもできます。
初心者は、まず座るのが良いでしょう。歩いていてもできます。料理する時、食事のときもできます。寝ていてもできますね。
うまくいかなくても、何も問題ありません。そういう気持ちを持っていれば、バランスがとれます。コントロールしようとすると、妄想が余計に強くなります。
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では、歩いてみましょう。経行(きんひん)と言います。しっかりと意識を足に向ける。右足、左足。足が上がる、運ぶ、下ろす。
一歩一歩、「気」が足先まで流れていくのを感じられるように。
人体は、微弱電流の信号で筋肉に命令を伝えて動く仕組みです。電気が流れていくのがクリアに感じられるようになりますよ。焦らずゆっくり。リラックスしましょう。
遊ぶことも修行。座るだけが修行じゃないのです。
これが、「いまここ」を離れずに行うことができる実践方法です。普通に暮らす中で、できることです。
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修行というと、世間のすべてを手放すことだけが強調されますね。
でも、修行すると、呼吸を通して身体の観察、心の観察ができるのです。また、人生を豊かにする多くの素晴らしい師との出会いにも恵まれることになります。
この世に生きることは幸せであり、お腹が空けば満足するまで食べて、眠い時には休めばいいい。ひとつひとつそれらの執着に気づいて、手放していくことです。
宝物はいまここにあるんです。もう外に探し求めるのはやめましょう。
暮らしの中で、心がさまざまに反応する。そこをしっかり観察してほしいのです。怒りや嫉妬、悲しみ。そうした苦しみで、私たちの暮らしは乱されます。
乱されて波打つ心を、穏やかな凪(なぎ)に戻してあげるのが、自身に課された責任なんですね。
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歴史上のブッダはすでにいません。でもその教えは残っています。そして、サンガ(ともに学び合う集い)とともに学び実践ができます。
水が雲になり、雨になるように、すべては移ろいゆくものです。不変の自己というものは、存在しません。瞬間瞬間、変化していくのです。
ブッダは、呼吸に気づき、感覚、体、すべての対象が変化していくものだと、気づいたのです。そこが理解できれば、もう苦しまない。それがブッダの悟りでもあります。
私たちが、呼吸に気づいていくというた実践を重ねていくと、集中力が現れ、知恵が現れてきます。
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私たちは、よく鈴(りん:ベル)を鳴らします。これは高級輸入品で、とても良い音がします。このベルの音が響いた時、自分の心に戻ってください。呼吸に戻ってください。
マンゴーの種をまけば、マンゴーの実が収穫できます。良いマンゴーが実るには土、太陽、雨、風、いろいろな要素が必要です。
自分以外に、ブッダを求めないのです。外に求めないのです。
「いまここ」に、自分がすべてを持っているのです。
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お寺に来て、良い種をまくようにしてください。幸せの種を。作務の手伝いではなくて、マインドフルネスの実践に来てください。
実践をする信徒なら、老若男女というものは関係ありません。
いま僧俗で植林活動を行い、コンクリートジャングルの気候変動を緩和する取り組みをしています。社会と人類のために。
今日、みなさんが、少しでも実践に前向きになったなら私の講義は成功です。それでは、わたしは今から歯医者に行きます。(笑)
音楽を流します。私は帰りますが、音楽をお楽しみください(笑)
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タン師のリトリートをうちの施設で行ったことをきっかけに、康ちゃんが、ベトナムに打かけた。タン師とともにマインドフルネスのリトリートに参加している。なかなかリラックスした様子が伝わってくる。
ベトナム語の指導だが、タン師が通訳してくれていると思う。どんな内容なのか、適当に池谷が抜粋して紹介してみた。
(マイクを持ってい指導しているのはタン師:ティク・ナット・ハン師のもとで13年間つかえていた)