過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

思うようにならない、そして逃げられない現実とのダンス

思うようにならない、そして逃げられない現実とのダンス。
「泣く子と地頭には勝てぬ」とはよく言ったものだ。まったく、思うようにならないのが子育て。

この歳にして、魂の修行をたくさんさせてもらえることになる。何年かたったら、幸せで満ち足りた一日一日と思えると信じつつ。

日々、たいへん。父ちゃんも母ちゃんも、ともに体力なし。これが、ふたりとも若かったり、近所にじいちゃんばあちゃんがいたら、ずいぶんとラクなんだろうなあ。

まあしかし、こんな山里で、近くに幼稚園、保育園があるのは、まことにありがたいこと。都会にいたら、たいへんなこと。
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8時半、幼稚園に送りに行く。幼稚園の駐車場は、地主が太陽光パネルを設置することになったので、遠くに移動となる。坂道を歩くのは、結構たいへん。近くまでクルマで行き、停車。妻があかり送っていく。その間、クルマの中で小説などを読んで待つ。

11時20分。お弁当を届けに行く。幼稚園は、給食なんだけど、やはり食についての安全という点から、お弁当にした。なるたけ、みんなから浮かないように、給食のメニューにあわせたものにする。こちらも、ぼくはアッシー君。

14時。幼稚園に迎えに行く。そこから近くの保育所に移動。
17時。迎えに行く。

おとなしく保育所に行ってくれるときもあれば、「家に帰りたい」と泣いて手がつけられないこともある。その時は、いったん家に連れて帰る。おやつをあげて、なだめて保育所につれていく。
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きょうは、妻が用事があって〈まちなか〉に出かけた。あかりと二人で帰りを待つ。時間をかけて、梅肉エキスを作って、「あんぱんまん」などを見せながら、プレゼンのデータ作り。

かあちゃんがいないと、たいへん。「おかあちゃん、探しに行く」と言って外に出ようとする。なだめても、泣く、騒ぐ。集中力というか、意志をなんとしても押し通すという性格が出てきている。一筋縄ではいかない。

どのあたりで、ちゃんとしつけていくかなあ。叱るのがいいのか。ちゃんと「意識」(気づきとマインドフルネス)して、だめなときは「だめ」と。怒りとして、感情として叱ることは、しないようにしている。難しいところ。
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夜になったら、ホタル公園に肩車して出かける。ほわあーと、切ない、かそけき光が流れて光る。100匹くらい現れたろうか。毎夜、みられることになる。あと10日くらいかな。

いわば「失敗事例」から学ぶというところで、講演させてもらう

集落が自分たちの所有物と思っていたが、実はそうではなかった。建物を他人に貸そうという時点で、そもそも不可能なことであった。借りるほうは、集落の所有と思っていた。そこで正式に契約した。

機材もすべて入れ替えた。保健所の許可も下りた。レトルトパックのデザインもできた。真空パック機も発注した。「さあ稼働だ」という直前。「所有者」から「待った」かかったのだった。

所有者とは、市である。県であり、さらには国である。すなわち、公共の助成金で建てられた施設であった。「施設の助成金の縛り」があったのだ。

その「縛り」を貸すほう(集落)も認識せず、紹介してくれた人も知らず。それをつなげた私も、知る由もなし。すなわち、入り口から「アウト」の案件であった。
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今回のインドネシア家族によるハラール食品加工場の件である。当初からも、無理筋とわかっていたら、そ乗る話ではなかった。あるいは、背景を知っていたら、行政の規程をよみこみ、行政を絡めて、巻き込んですすめていたとしたら、落とし所はあったろう。

しかし、納得がいかない。かれらインドネシアの家族に申し訳ない。規程を読み込み、国の省庁レベル、大臣官房まで話を伝え、こちらの趣旨には賛同してもらえた。市も、「国の考えには従う」と回答した。

では「ゴーサイン」か、というと。これが手間がかかる。ーそれは総論であり、各論となると。一つ一つ精査していくということで、えらく時間がかかる。ということで、インドネシアの家族たちは、足踏みの時間がないし、光が見えてこない。なので、彼らには、撤退して転身する道をすすめた。

他の過疎地の加工所、さらには元社長の別荘など、いまあたっているが、時間はかかる。かかるけれども、かならずカタチにはしたい。できると思う。また、今回のことで、それを教訓として次に活かすことはできる。
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ま、ありがたいことに、マスコミ(東京テレビ、NHK、朝日、地元紙)も関心を示してくれて、昨日は、NHKが打ち合わせに来た。

また、隣の市町の議員さんから講演依頼を頂いた。議員と行政の方80名に対して、いわば「失敗事例」から学ぶというところで、講演させてもらうことになる。インドネシアの友人にも来てもらい、話してもらえるかもしれない。その流れから、次の展開も起きてゆくだろう。

ボタンの掛け違いで、トントン拍子ところで、急激に瓦解しそうになるという事例はよくある。いま、別にもう一つかかえている。ただいま奮闘中。それはまた、別の機会に書く。

梯實圓和上のお話から

そのお顔を拝見して、ああ、すてきだなあと思った。浄土真宗本願寺派の梯實圓(かけはし・じつえん)和上。

その名前だけは知っていたが、内容が難しいので敬遠していた。YouTubeで講話を聞かせてもらったが、なかなかよかった。

真宗の教えは、門外漢のぼくにはむつかしい。なにしろ、はじめから救われているという教えだからね。

如来によって、すでに救われている自分に気づき、その報恩感謝の響きがお念仏という。これは難しい。

ま、教義はともあれ、そのお顔がいいのでご紹介。おはなしの一部をテープ起こししてみた。以下。講話の内容。(5年前の投稿だが、シェアしてくる方がいたので再掲載。読み直して味わっている。)
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できるだけ簡素にして、簡素な人生を生きたらいいんだから。すこしずつふるい落としながら生きていけばいい。そうおもて、わしは生きているけどね。

3年前には気がつかなかったけど、いまになってありがたい言葉だったんだなあ。10年前に聞いたときにはなんともなかったけれども、いま聞いてみるとこの言葉はありがたいなあ。そういう気持ちが起きたとき、それだけ成長している。

3年かけて成長した、10年かけて成長した。そうやって死ぬまで育ち続けていく、そういう人生がある。それが仏法を聴聞しながら、仏法によって育っていく。その年相応に育てられ続けていく人生でしょうね。

「死なば浄土にまいりなん」(法然上人の教え)

死ぬということは終わりじゃない。新しい人生、悟りの生のはじまりだ。仏陀としての生涯の始まりだね。死ぬんじゃなくて、生まれていくんだ。それを「往生」といわれていますんや。

これ、ええ言葉でんなあ。悟りの領域に生まれていくんだと。そういう人生観というものをもつ。

その人には、死はないねえ。死なんか存在しない。生まれていくということがあるだけだ。

この世に生まれてきたのが誕生。お浄土に生まれていく、これを往生という。わたしの中には死は存在しません。
と、こういって言うてみたらどうですか(笑)

生と死を超えたということは、生と死もなくなったんじゃなくて、生と死を全うすることができるわけです。死ぬことがムダなことじゃない。死ぬことに豊かな意味がある。

これが「生きらば念仏の功つもり、死なば浄土にまいりなん」(法然上人の教え)という。

「とてもかくてもあるべし」。死んでも生きても、どちらを向いてもありがたいことだといわれている。「死生ともにわずらいなし」。そのように法然上人は言われています。

親鸞聖人はね、そうなんだけど、「親しい人と別れるのは寂しいな」とおっしゃる。これがいいわーー(笑)

死ぬのが嫌だというんじゃなくてね、親しい人と別れていくのは寂しいことだよな。だから人生の名残りをしっかり惜しんで、一日一日を大事すごさせてもらいなさいや。

そういう言い方が御開山(親鸞聖人)でしょうね。その中でお念仏がどう私を育て、私を導き、目覚めさせるか。

浄土っていったいどこなんだというと、念仏が出てきたところ、念仏の郷だ。

仏様の悟りっていったいなんだというと、悟りが声となって聞こえておる。それが、念仏だ。

浄土とはそういう無碍の光がみなぎっている領域。そのなかでは捨てるものはひとつもない。すべては光り輝いている。と、仏様の目からご覧になったら、見えるんだろうな。

ああ、そのうちに見える。もうすぐや(笑  

わたしたちからみたら、あれはつまらん人や、つまらんことやとみえるけど、如来様の光が現れたら、どなたも光りかがやく。如来の子として輝いている。そういことなんでしょうね。ほんとにみなそうなんでしょうね。

それを自分勝手に利害損得で様々な姿を描き出して、自分の妄想に迷っているだけのことなんだ。

それがすきっとなったらどうなるか。天地輝く、すべてが光りかがやく。仏の世界として光りかがやく。そういう世界をほんまは生きている。

わたしたちは、別のものになるんじゃない。ほんらいの姿で光りかがやく。それが浄土の世界。

また、こんど光りかがやく世界で会わせてもらいましょう。きょうはこれでおわります。

梅肉エキスづくり

いまの季節しかできないことなので、がんばった。きょうは、梅肉エキスづくり。
梅はうちの敷地に生えているやつ。8年前に植えた苗木が大きく育って、たくさんの実っていた。1まずは10キロ。
①青梅から種を取り出す。まな板の上に青梅を乗せて、もうひとつのまな板をかぶせて体重をかけてつぶして種を取る。酸で指がシワシワになる。一粒一粒の作業。1時間余。
②ジューサーで汁を搾り出す。ここまでで2時間。
③煮こむ。タールのようになるまで煮こむ。10キロの梅が梅肉エキスになると500グラムくらいになってしまう。これが2時間半。以上で合計4時間半。
根気がいる。でも、つくってしまえば、何年も保存できる。美味しい。健康にいい。明日も、もうひとがんばりしてみるか。
さて、残った種と繊維のカスはどうしようか。繊維のカスはジャムにしてもいいし。種はホワイトリカーで漬けておけば、なにか役立つものができそう。梅の種シロップとか、虫除けスプレーとか。不老不死の妙薬になるかもしれない。ちなみに、ビワの種だと、杏仁豆腐みたいな美味しい果実酒ができる。

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政治家の資質が劣化している背景を考えてみた

政治家の資質が劣化しているように感じる。とくに国会議員たち。どうしてだろうか。背景を考えてみた。
①「二世、三世議員」。「地盤」と「看板」と「カバン」の3つがないと、通らないと言われる選挙。なので、二世、三世議員が増えていく。ボンボンの議員だから、世の中の苦労を知らないってことか。
②「インターネットの普及」。政治家はもとより、その程度であり、昔も今も変わらない。しかし、20年前と事情が違うのは、インターネットの急速な普及。細部にわたって迅速に事実が知れ渡るので、政治家の底の浅さがみえる。
③「自主独立が保たれていない」。太平洋戦争(大東亜戦争)に完敗して無条件降伏し、日本は、アメリカの直接・関節の支配下にあり続けきた。つねに、親方のアメリカのご機嫌を伺うという政治になる。「長いものには巻かれろ」的な政治から、有能な政治家が出るのは難しい。
④その他:「報酬が高額過ぎる」。まず年収(「歳費月額」と「期末手当」)で2,200万円。その他、諸手当がある。
文書通信・交通滞在費が月額100万円、立法事務費が月額65万円、議会雑費が日額6,000円、JR特殊乗車券、国内定期航空券タダ。ということで、合計で約4,167万円余。さらには、秘書の給与が3人分(約2,500万円)も出る。
収入面から見ると、国会議員は、とてもおいしい仕事である。そのことで、有能な政治家があらわれるのか、かえってそうでなくなるのか。そこはわからない。
⑤結論:「国民が選んだのだから、それは自身の姿」。そもそも国民が議員を選出するのだから、国民自身が劣化しているということになる。

やっぱり、好きなこと、やりたいことをして生きていかなくちゃ。しかし。

はじめてインドを旅した時、36歳だった。よくインド人から、「Where are you from?(どこからきたのか)と聞かれた。「日本」というと、感心された。次に、「What do you do?」(なにをしているんだ。仕事は何だ)と聞かれた。まあ、どこに行っても、よく聞かれることだが。
その時、「はて、自分は何しているんだろう」と感じた。日本だと、「どこそこの会社にいます」で通じても、インドじゃ通じない。サラリーマンやっているけれど、「これをしているんだ」と、誇らしげに言えること、やっているのかなあ。ううむ、どうもそうじゃない。
その頃の自分は、「よらば大樹の影」で生きていた。いい会社に入れば、なんとかなる。有名で大きくて見栄えのいい会社にいればいい。たいせつなのは、仕事の中身なんだけど、そんなことはなんとでもなる、と思っていた。
社会的に成功したい。安定した暮らしを得たい。そうすると、安定した会社にいて、うまくやることが求められる。
職場に適用するということ。上司の命令に従う、仕事をきちんとこなす、仲間とうまくやる、得意先とうまくやる。そして、配置換えがあればまた新しい分野にとりかかる。
で、結局のところ、ほんとうに自分がやりたいことをしないで終わる。自分の勝負する土俵がなくて終わる。ああ、それじゃあ、いけないなあ。
やっぱり、好きなこと、やりたいことをして生きていかなくちゃ。その時、リアルに実感したのだった。
じゃあ、自分の好きなことってなんなんだ。
そのことで、暮らしていけるのか。
そのためには、具体的にどうしたらいいんだ。
はじめてインドを旅して、実感したのだった。
 

なぜ核兵器を持つのだろうか

なぜ核兵器を持つのだろうか。

核兵器は、持っていても使えない。もしも使えば、報復合戦になって相手も自分も破滅する。地球が破滅する。なのに、使わない兵器を開発し量産し持ち続けている。どうしてだろうか。
①「威嚇」である。
「これだけの兵器があるのだ。おれを怒らせたら、お前らは粉微塵だ」と脅しをかけられる。
②「抑止」である。
「おまえたちよりも、おれのほうがたくさん兵器がある。報復されるとこわいことなるぞ。だから、歯向かうのをやめろ」いうことになる。
③「取引」である。
本気でぶっ放すかもしれない。それは怖いから、言うことを聞こう。北朝鮮などは、それをうまいこと利用している。
④「ビジネス」である。
核兵器の開発、保管、維持に関して、厖大な設備費用がかかっている。そして人件費。そういう人たちの雇用維持のためである。
核兵器保有国は、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、インド、パキスタン北朝鮮イスラエル。核開発の疑いがある国は、イラン、シリア、ミャンマー

日本は、核兵器はない。だが、日本の中のアメリカ軍の基地にはある。つまり、日本にはある。

夢幻能(むげんのう)

能でよくみられる夢幻能(むげんのう)というのがある。世阿弥が大成した。
旅人 (ワキの僧侶など)に、老婆や老夫が土地にまつわる伝説などを語る。そして、一転して、神・霊・精などになって、舞うというパターン。舞うことで怨念が解放されて成仏に向かうであるが。
河合隼雄さんの「影の現象学」から以下、引用。
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能に先シテと後シテというのがある。ワキ役の旅僧などが一人の女性に会う、これが先シテである。彼女がこのあたりに一人の女性が住んでいたなどと話をしてくれる。
ところが能の後半になると、後シテが般若の面などをつけて現われ、実は私こそ、その女性だったのだというわけで、怨念をこめた舞を舞う。
こんなのを見ていると、人生の後半というのは、「実は私こそ―である」という自覚のもとに、自分の舞を舞うことではないか、と思わされる。
「私こそ―である」という「―」のところに、何らかの元型的イメージがはいってくる。

そして、それがどのようなイメージなのか、それをどのように舞うかについては、まったく自分にまかされている。それによってこそ真の個性というものが打ち出されてくるのである。
このとき、分析家は相手がその課題としての元型的イメージを見出すのを手伝い、それと類似の元型的イメージを参考として提示したりしながら、その個性化の道を歩むことを助けるのである。その過程のなかで、分析家自身の個性化の過程がそれに大いに関連していることを見出すこともあろう。

ユングは人生の前半と後半の課題を相当に割切った形で提出したが、現在はそれほど明確なことは言い難いようである。
青年期であっても元型的な課題に直面しなくてはならない人もある。このような人は他人からは容易に理解し難い苦悩を背負うことになるし、本人自身も何のために苦しんでいるのかわからないときもある。
本人に自覚されるのは、ただ何もする気がしないとか、ただただ死にたいとか、体が重くて動かせない、などということである。
こんなときに、周囲の人が「怠けている」と判断し、叱責したりして自殺に追いこむこともある。このような人の場合、その元型的課題について、誰かがはっきりと意識することが治癒への第一歩となる。
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相撲の伝統など実にいい加減

「女性の方は土俵から降りてください」と救急救命の看護師にクレームを付けたことがあった。しかし、トランプ大統領や安倍首相がスリッパはオーケー。女人禁制といっても、かつてはオッケーだったわけだし、相撲の伝統など実にいい加減。そのことが露呈されましたね。

 

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女人禁制については下記に書いた。
https://ichirindo.hatenablog.com/entry/20180406/1522978883

鉄棒で足のストレッチ

ワンコの散歩の途中にホタル公園に行き、毎日、鉄棒に向かう。でも、懸垂や逆上がりをするわけではない。そんな元気も筋力もない。
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ただ、片足を鉄棒の上に乗っけて、ギリギリと開脚ストレッチする。足の筋を伸ばす。
正面から、横から、斜めから足を乗せては、息を吐いてはストレッチ。あるいは、足を乗せたまま、鉄棒を両手で掴んで瞑想している。
適当に身体にストレスをかけ、じわじわと痛みを味わいながら、身体感覚を味わう。これが、なかなかの快感となる。ままさにmindfulnessである。これを繰り返していくと、自然と開脚はできていくことだろう。目標は180度だ。
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いつも長時間、座位の姿勢をとり続けているので、体の筋肉は硬くなる。血管やリンパ管が圧迫されている。これが「疲れ」の原因ともなる。
胴からから脚にかけての筋肉には、相当量の血液が、老廃物がたまっているのだと思う。
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足のストレッチすることで、血流とリンパを流すことになるのだろう。疲労回復にもなる。いい気分転換にもなる。
ストレッチ瞑想しながら、山鳩やガマガエルの鳴き声、ミミズが這う様子を眺めたり、風で葉っぱの揺れる音を聞いていた。
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マインドマップづくり

マインドマップのトライアル中だ。マインドマップは、中心にテーマ(セントラルイメージ)を書き、そこから放射状に、線を引いて項目を書き込んで整理していく方法。
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手描きが自由でいい。アートフルに作っていく過程が楽しい。ひとつの作品に仕上げる喜びがある。

文学者の鈴木秀子シスターに、手製のマインドマップを見せてもらったことがある。手帳カバーはインド更紗だし、それはそれは美しい見事なアートになっていた。

だが、手描きは難しい。無機質だがクラウドで上でパソコンでつくるのが便利。フリーソフトはたくさんある。だが、「これだ」という決定版に出会わない。Lucidchartもよかったが、とりあえずMindmasterというアプリがシンプルでよさそう。きょうは、ためしていろいろつくってみた。
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マインドマップは、全体を可視化できるのがいい。つくる過程で頭の中を整理するのにいい。ある部分だけ、問題点ごとに、整理していける。複雑になったら、分割して深めていけばいい。パソコンだと、気楽だ。付け加えたり、削除したり書き直して自在だ。本作りにも展開できそう。
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後回しにしていた問題に対して「とりあえず手を付ける」のにもいい。モチベーションが湧いてくる。イメージが明確になっていく。そこから現実化の動きが起きるわけだ。整然とした体系を作ろうと思わないこと。流れては消えてゆくフローとして思考を整理するだけ。とにかく始めて、あれこれと試行錯誤していく過程で、システムができ上がっていくということになる。
 

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年齢差91のやりとり

年齢差91のやりとり。デイサービスにて。

土日は幼稚園がないので、あかりは退屈で退屈で仕方がない。お父ちゃんも、「ぬいぐるみ遊びしよう」と言われても、疲れてしまって。

川に行って水遊び、公園に行ってブランコ、そしてデイサービスに寄る。あかりも混ぜてもらってゲームを楽しんだ。

幼児がひとりいるだけで、なにかと楽しい笑いが生まれる。お年寄りと幼児とうまい具合に出会う場とあるといいね。

夜になると、ホタルを見に出かけた。これから、たくさん現れてくる。毎夜毎夜、見に行くことになる。

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なかなかの冒険世界

うちの近くのホタル公園から気田川に水を排出する水路の門。きょうはここで、あかりを遊ばせていた。なかなかの冒険世界。うちから徒歩5分のところだけどね。夜になると、ホタルが21時ころから光りだした。家族で見に出かけた。

 

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バラマキ政策でつくられたハコモノが利用できない

山里には、活用されないハコモノが残っている。農村体験施設、食品加工所、福祉センター、憩いの家、○○博物館。幼稚園、小中学校も、廃校になって残っている。
かつてのバブル時代、高度経済成長時の、いわばバラマキ政策でつくられた経緯もある。
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つくられた当時と、いまでは環境が変わっている。山里の仕事のメインであった林業は大不振。仕事はなくなれば、若者は〈まちなか〉に行く。ゆえに高齢者しか残らない。過疎・高齢化は進む。このあたりの山里は、10年で30%近い減少率だ。
豊かな自然があり、いろいろな施設はあっても、その利活用はできなくなっている。活用の企画も生まれてこない。それを担おうという元気ある人もあらわれず。
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だが、そうした施設を活用して、収益に結びつけながら山里の活性化につながる流れは、ある。今回の、インドネシアの家族によるハラールの食品加工もそのひとつであった。
地元の野菜などを購入して加工し、国内外にハラール食品として販売する。山里にも若い家族が移住し、〈まちなか〉と山里を結び付けられるという可能性があった。
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ところが、大きな「壁」があった。こうした施設は、国・県・市の補助金で作られたために、「転貸してはならない」など、条件面での縛りがあった。ゆえに、ハラール食品加工施設は、最終段階で、市から「待った」がかかり、貸してもらえず挫折した。(そのようなことが、最初からわかっていれば、契約するはずもないので、時間とエネルギーがじつに惜しまれる)
乗りかかった船で、いま他の市の施設もあたっているのだが、やはり「縛り」はきつい。
役所に問い合わせると、たとえば、こういう回答をもらう。 「国有林有償貸付契約において、第三者への転貸等が禁止されている。当該施設は、国及び県の補助事業により整備しており、処分制限期間内であり、国及び県への照会、承認を得る必要があり、相当の期間を要する。貸付けの可否はなんともいえない」など。
また大きな施設となると、浄化槽の点検代、水道光熱費など、維持費の負担がかかりすぎるのも難点だ。
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じっくりと攻めていけば可能性はあると思うが、なにしろ時間はかかる。かくして、施設は利用されないまま、いたずらに老朽化し、やがては解体となる。解体する際には、何千万円もかかることだろう。
だが、いろいろ調べていくと、補助事業であっても、市などに返還し、市からの指定管理を受けて、無償で活用している加工所などもある。
また、NPO法人などに無償貸与しているケースもある。運用次第では、可能性はないとはいえない。このあたり、すこし整理してみようと思う。まあ、時間のかかる話ではある。

 

話は祈りにつながらないといけません

話は祈りにつながらないといけません「池谷さん、祈りのともなわない話は、たんなる話だけで終わります。話は祈りにつながらないといけません。わたしどもは、南無妙法蓮華経と唱えて祈り尽くしていきます」と。いきなりそういう電話だ。祈りの力。
……ほんとうにそのとおりで、いま、祈りの力の枯渇ををつくづく感じているところである。祈りだなあ。そこの原点に立ち還らねばばと感じた、ちょうどその瞬間、お電話を頂いたのであった。
その方は、インドで40年余に渡って、僧侶としてお寺で活躍している森田上人(71歳)である。ムンバイ(ボンベイ)にある「日本山妙法寺」の住職である。このお寺は、インドの方が千人くらい祈りに来られるらしい。「きょう日本についたばかりだ」という。
昨年、その森田上人のお話の集いを企画させてもらった。講座の後で、森田上人とインドのスワルナリさん、夫の横田さん、そして日本山妙法寺の市川庵主さんと、夕食ともにして語り合ったことは、とても楽しかった。
今年も、講演をお願いしたいと思いつつ。しかし、森田上人の言われることは適確。「池谷さんとは語り合いたい。なんとか時間か取れないか」とおっしゃっていただいた。さて、どのような展開になるか。一か月は、日本に滞在される