過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

自分が死んだ後も、この現実は存在し続けるのだろうか……。

自分が死んだ後も、この現実は存在し続けるのだろうか……。

自分がいなくても、この現実はつづく。自分があるからこそ、この現実があるのであって、自分がいなくなれば、この現実はないのか。

このリアルな現実というものは、じつは自分が作り出している幻想なのかもしれない。となると、死んだら、もうこの現実はない。夢まぼろしなのか。

もしもそうであれば、あとのことは、なんの心配もない。そういえるだろうか。

ともあれ、死んだらどうなるかということは、まったくわからない。まったくの死から、生還した人はいない。死んだら無なのか。霊界とか来世というものがあるのか。転生するのか。だれにもわからない。

いずれにしても、この生は今回限り。自分という人格は、この人生だけと思っている。

じゃあ現実論として、どうなる。

だから、今日だけがんばる。毎朝、よし今日だけ頑張ればいい、ということになるか。いまここを、しっかりやる。いろいろあるが、とにかく「直面」するのみ。逃げずにすすむ。

明日のことは、いまこの次の瞬間ですら、自分たちには、ほんとうにわからないのだから。