過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【掃除をしているフツーのおじいさん】2025.11.8

【掃除をしているフツーのおじいさん】2025.11.8

大磯にあるエリザベス・サンダースホームを訪ねたことがある。ここは、三菱財閥創始者岩崎弥太郎の孫である澤田美喜が設立した孤児院だ。

戦後の混乱の中、アメリカ占領軍兵士との間に生まれた混血児を救済し養育するために建てられた。その広大な敷地に、教会のような記念館があった。

入り口では、草むしりをしているおじいさんがいた。

私は、初対面の人にも気軽に声をかけるいつもの調子で、「きょうはやってるんですか?」と尋ねた。

すると、おじいさんはむっとした表情で言い放った。

「なんだいきなり。人にものを訪ねるときは、礼儀をわきまえろ」
わっ叱られた。しまった、たしかにその通りだ――と私は思った。非礼を詫びる。

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それがきっかけで、おじいさんはいろいろと質問してきた。

「あんたたちの家には国旗はあるのか? 掲揚しているのか?」
「日本という国をどう思っているんだ?」
「この国の教育はけしからん。祖国という言葉もないような国、国旗や国歌を大切にしない国は、とんでもない」

ううむ、困った人につかまったなあ。

でも、どんな背景でそんなことを言うのだろう。

その人の人生に興味が湧き、話を拝聴することにした。

それは単なる「老人の小言」ではなく、戦争を生き抜いた人間が体現する「日本人としての矜持」でもあるだろうから。

おじいさんは、ノモンハン事件昭和14年)に従軍したという。日本とソ連・モンゴルを巻き込んだこの戦争で、日本は大惨敗を喫した。戦車の装備など、ソ連と日本とでは圧倒的な差があった。双方で5万人近い死傷者を出しており、大東亜戦争の始まりともいえるかもしれない。

彼は航空兵として戦闘機に乗っていたが、墜落・不時着して頭に大けがを負ったという。初めて聞く話ばかりで、興味深かった。

「それで?」「それで?」と話を聞いているうちに、次第に打ち解けていった。

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すると、おじいさんは「教会を見学していくか?」と誘ってくれた。
「ありがとうございます」

教会の中へ入れていただくと、おじいさんは奥の部屋に入ったままなかなか出てこない。

しばらくして現れたその姿に驚いた。

きちんとした黒衣にネクタイ、白い手袋の正装――神父のような正装スタイルだった。

なんと、このおじいさんこそが教会の神父であり、館長その人なのだった。

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ここは「隠れキリシタン」の記念館でもあった。

館内には隠れキリシタンゆかりの遺品が数多く展示され、おじいさんは一つひとつ丁寧に説明してくださった。

数多くのロザリオ。観音像の姿をしていながら、背中にイエス像が描かれているもの。

仏像の胎内に十字架が隠され、台座には十字架のマークが刻まれたもの。観音様のように見えて、実はイエスを抱いたマリア様の像。

普通の鏡のようでありながら、反射させると十字架のイエスが浮かび上がるもの。最古の踏み絵(こちらは版木)もあった。かなりすり減っていた。

私と妻をポラロイドカメラで撮影してくれ、別れ際には力強い握手を交わしてくれた。

戦争での死と隣り合わせの経験を経た人が、最終的に「信仰」と「奉仕」の道へとたどりついたという深い人生の流れを感じた。

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たんなる使用人の、ふつうのおじいさんと思ってあなどってはならない。

実はすごい人が多い――ということを、私は幾度となく体験している。

特に掃除をしている方、下足番のような人、下座に座っている人。そういう人が、いちばん偉い人だったりする。

ある茶席に寄った時、箒で落ち葉を掃いているおじさんがいた。
「春でも落ち葉があって大変ですね」と声をかけたところから、立ち話が始まった。

話題は『平家物語』から龍樹の『中論』にまで及び、「生をあきらめ、死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり」という道元の『正法眼蔵』のことまで語り合った。たいへんな教養の持ち主である。

掃除をしている普通のおじさんやおばさんには、要注意だ。ただ者ではない人がいるからね。

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書いていて、気がついた。「見かけと本質」という普遍的なテーマでもある。

観音像でありながらマリア様である像

普通の鏡でありながら十字架を映すもの

掃除をする普通のおじさんでありながら、深い教養を持つ人物

これらの要素がすべて、「外見だけでは判断できない」というメッセージに向かって収斂する。

「あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える者でなければならない。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」(マタイによる福音書