過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

最後はもう。祈りしかない、ということになるよね。

友人と話していて、その方のいろいろと難しい問題をともに考えた。どう解決したらいいかという話。


──う〜ん。とっても難しい。いろいろ考えても、難しい。
どうしたらいいか。
最後はもう。祈りしかない、ということになるよね。


「やはり、そこにいくよね」。


──それしかない、ということになるかなぁ。


「でも、具体的にどうしたらいいか、というのも難しい」。


──祈りはいつでもできると思う。どんなときでも。けれども、祈りの場があったほうがいい。たとえば、家の中になにか清浄な空間を作る。ちょっとした場所。そこを清浄にする。そして、祈る。祈る対象はあってもなくてもいい。でも、あったほうが祈りやすい。旭でもお月さまでも。なにか、縁のある神仏。イエス像でも十字架でもなんでも。


祈りの言葉。
あってもなくてもいいけど、あったほうがいいかも。
たとえば「悩み苦しみがなくなりますように……」とか。


それで、かたちとしていいのは、時間を決めて祈ること。
毎朝、8時とか夕方の7時とか。かたちにしたほうが、実践しやすい。でも、もう3日もすると、難しいってことになる。それはそれで、仕方がないわけで、でも時間を決めて祈る。たとい1分でも。結構、効き目あるかも。


そんな話をしたのであった。自分も模索中。