過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

東南アジアの仏教の人たちとの交流

【東南アジアの仏教の人たちとの交流】2024.01.20
①浜松のベトナム寺院
②東京八王子のタイ寺院
③インドの老人ホーム
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ベトナムのお寺(天恩寺)の信徒の方から電話があった。
「池谷さん元気ですか。お体を大事にね。心配しています。おいしいもの、たくさん食べてね。近くならご飯を作ってお持ちするのにね、遠くて残念です。」

このお寺は、ある時、ふと見つけて物見遊山で突然訪ねた。それが三年前。どこのだれともわからぬ私たちに対して、心から歓迎してくれた。本も頂いた。「せっかくいらしたので、ご飯を差し上げたい」という。とっても美味しい料理であった。なにより、心からの歓迎がすごいなあと感心した。

お寺の建物などすべては、自分たちで作り上げたという。土木工事も、大工工事もみんなで。本堂、宿坊、食堂、講堂など。

中秋の名月には、子どもたちのために集いがあり、200人くらいが参加して、たいそうにぎわっていた。国籍は全く関係なく、あかりはベトナムの子たちと一緒に遊んでいた。
ベトナム料理は美味しくて、参加した人々もみんな穏やかで、あたたまる集いであった。

フランスのプラムビレッジにあるティク・ナット・ハンの弟子のお坊さんに、我が家に来てもらいマインドフルネスの瞑想会を企画したこともあった。プラムビレッジとZOOMで結んで瞑想会も行ったこともあった。

いまは、そのお寺は宗教法人をとるための準備段階。市街化調整区域にお寺を建ててしまい、都市計画課とのやり取りが課題になっている。
講堂との接道の関係で、農地を売ってくれる人が現れたので買いたいという。
ただ、農地は農地法の制限があって手間がかかる。そのあたり、教えてもらいたいという。また5月にお釈迦様の誕生祭をやるので日本人とベトナム人の交流の集いをやりましょう、と。
こちらの余裕次第だが、サポートをして差し上げたいと思っている。
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先日は、東京都八王子市のタイのお寺に泊めていただいた。住職がピカピカで清々しかった。静寂で清潔なお寺。その住職の穏やかな波動のもとお話をさせていただいた。タイの方々が作った料理の美味しいこと。こんなお寺の近くで暮らしていたら、さぞかし心身ともに健康になるだろうなと思った。
きちんと戒律を保って精進しているお坊さんがおられるので、みなさんはお布施をして、サポートしあいうまく循環している。そうしたサンガがあればこそ、ブッダの教えが二千年余も継承されてきたのだなあと思った。

なによりも生きている人のために役に立っている。いろいろな人が集いあう場として機能している。それがお寺である。サンガである。
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インドから帰ったきた友人が言うには、インドの老人ホームを見学して、そのハートフルなことに驚いたという。彼女は日本で介護関の仕事をしているので、日本との比較で実に驚いたという。日本だと、胃瘻と点滴で生かされているお年寄りたちがたくさんいる。
日本の老人施設とインドのそれとの大きな違いは、インドの施設がびっくりするほどハートフルで幸せそうだということ。こんなすてきな施設ならインドで死を迎えたいという話もしていた。

インドというと道端で生まれて道端で死んでいくというカルカッタのイメージもあるが、一括りにはできない。
かつて40人の学生を連れて南インドケララでボランティア活動していた時には、アンマ(マータ・アムリターナンダマイー)が、慶応病院の100倍もあるような大きな病院を建設中であった(コーチンにある)。
広大な敷地にきちんとしたドクターもいて、利用者はお金を取らないということであった。

信徒の方々も大変真面目で信仰熱心。それを率いるブラマチャリー(アンマの弟子の僧侶)たちもとっても優秀で真面目。そこから献身というものの凄さを感じた。そして、弟子や信徒を率いるアンマの愛の波動を隅々まで感じた体験であった。

放浪していると、基本はなんとも過酷なインドではあるが、ある意味では日本よりもセーフティネットがしっかりしているとも感じた。