過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

スマナサーラものがたり(56)本を出すということ

スマナサーラものがたり(56)本を出すということ

仏教は伝統的に、説法ということでいくし、本を書くのは、もうテーラワーダ仏教の歴史ですからね。テーラワーダの歴史において、すごいものはたくさんあります。

大事なテキストはやはりパーリ語で書くんです。私にはもうその能力はなくなしまいましたが、若いときはパーリ語で書こうと思ったら、さらさらと書けました。
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テーラワーダの歴史では、パーリ語で書いて言葉をしっかり固定させて、それをテキストにする。学生たちはそれを学ぶ。経典の注釈書にしても厳しい監督の中で、いい加減な注釈書は認めません。だから資格をとって許可を得て、注釈書を書く。

注釈時代が終わると、次に注釈に注釈を書く時代になる。つぎにまたその注釈書を書く。さらに注釈書時代もあったりするわけです。
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それから勉強するテキストは別な所に出てきて、例えばアビダルマ(abhidharma)というのは7種ですね。そうなってくると、アビダルマを深く探求しているプロ以外は読めなくなるんです。

あれはかたちとしては本ですけど、本じゃないんです。ただデータが集まっているだけで、読む本ではありません。

例えば知恵の分析というテキストがありますが、それは素人にはわからない。そこからデータを取って、ふたたび「知恵とはなんぞや」という本を書かなくちゃいけないんです。

ともあれ、そのように本を書く、説法するということはテーラワーダでは伝統的なことです。説法もけっして長くはないんです。午後はじめたら、翌日の朝終わるとか。長くないんです。一晩で終わったら長くないんです。
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そうした中で、島影透さんがあらわれて、サンガという出版社を起こして、私の本を次々と出すようになりました。不思議な流れなんですね。

一番売れたのは『怒らないこと』。シリーズで40万部と聞きます。サンガさんが倒産したあと大和書房から出て、それも7万部くらい売れているようです。

アビダルマとは哲学文献や教理学体系を指す言葉、真理を悟る智慧を表す言葉、ブッダの教え(ダルマ)に対する考究を意味する言葉という意味。

アビダルマは、ブッダが説いたダルマを解釈して仕上げられた思想体系で、インドで展開された仏教思想の流れを読み解く鍵となる。ブッダの没後、数世紀を経てインド諸学派ごとに体系化され、多くの部派が登場し教えの研究が深められていった。また、アビダルマ仏教はその後の大乗仏教にも大きな影響を与えた。