過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

建長寺と狸和尚の話

おばあちゃまの妄想であっても、その人にとってはリアルなストーリー。「そこに沿って歩む」ということを書いた。
思い込み、妄想、強い信念、あるいは霊感……という世界がある。じつは、そういう方たちとわりと縁がある。
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これは、90を超えた霊感のあるおばあちゃまとのことだ。
その方の故郷は、山梨の秋山村で、集落には、建長寺の和尚が、寺の再建のために不施を依頼にきたことがあったという。鎌倉の大寺院の住職なので、村ではたくさんのお布施を差し上げた。そして、接待した。
ところが、お酒を飲んで酔っ払った和尚は、じつはタヌキが化けていたのであった。油断してタヌキは尻尾を出してしまった。そんな逸話がのこっている。
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この「狸和尚」の掛け軸が村にあって、そのまま放置していたおばあちゃまは、「そのままでは村のためにならない。きちんと建長寺お返ししなくては」と言い出した。
それで、「池谷さん、お願いします」ということになった(笑)
ぼくとしては、建長寺と縁があるわけではないし、「困ったなあ」と思った。
おそらく、そんなことを寺に電話しても「はあ?なんですかそれは。うちは、関係ないので」と言われるのが関の山と思っていた。
「まあしかし、これも縁だ。頼まれごとは、お試しごと。ひとつ電話してみよう」
いきなり建長寺に電話した。そうすると、不思議や不思議。
「はい、ああいいですよ。そしたら、お寺にその掛け軸を持ってきてください」と言うではないか。
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それで翌週、おばあちゃまとその信徒、秋山村の市会議員の家族、みんなで建長寺にでかけた。
初めてお会いした電話の主は、なんと宗務総長(いわば、実務としていちばん偉い人)であった。高井さんという。
建長寺では、掛け軸を本堂にかけ、宗務総長自らが本格的な供養の儀式を行ってくださったのだった。
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それから別室で、高井宗務総長と話していたら、「おや、どこかでみたことがあるなあ」とお互いにいい出した。
そうだそうだ。立松和平さんの講演を高井さんのお寺でやられたとき、お会いしていたのだった。
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こういったことが、しばしばある。
一見、へんてこりんで、そんなことありえないだろうという話でも、縁があれば動くということを、ひとつの行動基軸にしている。
そうすると、思いもよらない、面白い展開が起きていくこともある。そこに、脈絡があるかというと、難しいけれど。