地蔵通りの思い出(1)「この中には毒蛇がいるぞ」。え!通行人が足を止める。「噛まれたらひとたまりもないんだ。この毒蛇をいまから出すぞ、さあ出すぞ」。
路上に袋が置かれていた。中に何やら入っている。「いまからこの毒蛇に、おれの手を噛ませる」。そんなことを言うので、人だかりがしてくる。
巣鴨の地蔵通りの縁日のことだ。ここは「とげぬき地蔵」で有名な通りで、4のつく日が縁日になる。露店がズラッと並ぶ。バナナの叩き売り、陶器のたたき売り。ガマの油みたいなものも売られていた。そんな地蔵通りの縁日に、男が口上を述べていた。
人が集まってきたところで、男は古びたカバンから瓶詰を取り出す。「これは軟膏だ。すごいぞ。毒蛇に噛まれたって、これをつけたら平気だぞ」。「さあ、これから毒蛇を出すぞ。毒蛇に噛ませて、この軟膏を塗るのでみんな、しっかり見ておくように」。
そういうので、いまかいまかと、みんな固唾をのんでいる。でも、なかなか、毒蛇を出さない。さらに人だかりがしてくる。
しかし、ついには毒蛇は出てこない。結局のところ男は、傷薬、やけど、湿疹、毒消しと、なんでも効く万能薬だといって、軟膏を売りつけるのだった。この男の口上を、10回以上は見ているんだけど、一度として毒蛇が出てきたことはなかった。
学生時代、ぼくは巣鴨の地蔵通りの近くに住んで、都電(チンチン電車)で大学まで通っていた。庚申塚から乗って、巣鴨新田、雑司が谷、鬼子母神前、面影橋、そして早稲田というコースだった。なかなか風情のある駅名だ。そんな地蔵通りの思い出を少し書いてみたい。