過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

スマナサーラ長老の日本語習得法

日本に留学することはきまりましたが、やはり懸念されるのは、日本語という障壁です。
母国語のシンハラ語と日本語では、文法はまったくちがいます。
その上、それまで日本語を勉強したことは、全くありませんでした。
しかしいきなり、駒澤大学の博士課程に行くということになったわけです。

まず日本語習得のために、関西外大に半年間、通いました。関西外大の先生たちは、みんな優秀な大物の方ばかりでした。有能な先生につくというのは、語学習得の一つのポイントです。
また、当時は私は特別にやることはなかったんです。

授業も授業の休みも、みんな日本語の世界です。宿題はいっぱい出される。時間は足りない。徹底して勉強したんです。それで日本語をマスターしたのかどうかは分かりませんが。大学では、比較言語学とかアラビア語とかも教えてくれました。

先生は、「あなたはもう大学に行って博士課程に入れば、もう喋れますよ。そのまま日本語はできます、通じます」と言うんですよ。それまでは心配で、どうしようかと思っていたんです。

駒澤大学に入る時は、留学生会館に暮らしていました。
そこにはいろいろな国の大学生がいました。留学生たちの間で、あれこれやろうという話が出てきます。でも、みんなそれぞれ忙しい。留学生会館の管理局に企画を出せる人がいないんですね。暇でうろうろしているのは私だけ。それで、そんな役目も引き受けました。

語学習得のポイントは何か、とよく聞かれます。
まあとにかく徹底して勉強する、集中して短い時間で勉強することしかないんですね。
ポイントは、とても細かい小さなシンタックス(syntax:単語などの意味を持つ単位を組み合わせて文を作る文法的な規則)を徹底して覚えること。

日本に来る前には、英語もドイツ語もフランス語もすこしはできました。今はもう使わないので、ほとんどできませんけどね。
ただ、英語はものごとを考える時に役に立つ。英語が読めれば、たくさんの科学的な知識を学ぶことができます。

はじめは苦労しましたが、日本に来て40年以上になります。まだ日本語は堪能ではありませんが、意思の疎通や、講演や説法など、それほど苦労はしなくなりました。

しかし、いくら言葉ができても、コミュニケーションは、相手の思考のパターン、エネルギーを読むことが大切ですね。相手の固定概念、コンテクストに沿って答えなくてに伝わりません。それを読んだうえで、あとは単語を乗っけていくだけです。(続く)
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スマナサーラ長老の傘寿の記念出版のための原稿作りの過程です。

いまだに英語がしゃべれない私。なにしろまったく日常で使う機会がないからね。

それでもインドを長旅していると、いやおうなく英語を使わざるを得ないので、なんとなく喋れてくる。

インド訛りの英語は聞き取りやすいし話しやすい。ドイツ人やフランス人の英語も。ただアメリカ英語は聞き取りにくい。

ぼくはサンスクリット語などの響きが好きで、インドのバラモンたちのサンスクリット語の響きが大好きで、ある程度、発音は繰り返せるようになった。それ、日本語との相性もあるよね。