過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

うわあ、どうしよう。はじめてのヤマビル体験

「うわー。おとうちゃん、ヒルがくっついたよ」
あかりはパニックになって泣き叫ぶ。

──泣くな!だれも助けてくれないんだ。止まるな。止まるとヒルが次々とやってくる。歩け。歩くんだ!

ヤマビルは、止まれば温度を感知して次々と襲ってくる。その速度の速いこと。尺取り虫の10倍のスピードにみえる。約1m/分の速さだ。吸いついてきたのを手や枝で払っているうちに、ぞくぞくとやってきて吸い付いてくる。

「止まるな。歩くんだ」と叱咤しながら山道を登る。
  ▽
なにしろ急峻な山道。しかも人工林ばかりの山。景色は全くつまらない。ただただ、登るだけ。道にも迷う。しかも、ヤマビルが血を吸いに這ってくる。足の裏がヌルヌルすると思ったら、ヤマビルに吸われて、足は血だらけ。なにしろ裸足にメッシュの靴だ。吸われたら血が止まらない。止まるのに30分くらいかかる。

「おとうちゃん、これ夢だったらいいね」
──そうだね。夢だったらどんなにいいことか。しかし、それが現実だよ。現実は、思う通りにならない、それが人生なんだ。

そうして、泣きながらやっと着いたのが頂上。これが目指していた春埜杉、そう思いきや、それではなかった。標識はまた下るとある。
そうしたら、あれれ? 舗装道路に出た。
  ▽
どうしたことだ。
このまま下れば車を置いてきたところに戻れるかも知れない。歩いた。歩いた。30分くらい。着かない。
しかも、土砂崩れで崩落寸前の道。どうしようもない。

──どうも方向が違う。暗くなってくるし、雨が降ったら大変だ。仕方ない、また戻るしかない。まあ、最悪、110番してレスキューしてもらう。

友人にきてもらうにしても、ここがどこなのかわからない。場所を指定できない。
また元の道を戻るしかない。
あの、ヤマビルのたくさんいる道をまた登るのだ。
そう決めた。

そして、山を登って、また下る。たくさんのヤマビルに血を吸われて、足は血まみれ。
そうして、やっと軽トラックが見えてきた。あかりは、喜んで先に走っていく。
おとうちゃんも、走る。

ああ、これで安心。しかし、足がなんだかひりひりする。みてみると、ヤマビルが10匹くらい吸い付いている。血止めができない。ヨモギがあれば揉むと血止めになるのだが、それがない。

そうして、クルマで下るが道をまた間違えた。Uターン。ああ、やっと、民家が見えてきた。これで大丈夫だ。
  ▽
「おとうちゃん、ここは地獄だったね」
──そうだね。まさに地獄。二度と体験したくないね。こんなことを毎日千回もやらされるのが地獄かもね。

ふりかえって、まあしかし、いいこともあったとしよう。
親子が共にさまよう体験だ。
親子で〝うわあ、どうよう、どうなるんだろう。たいへんだー〟と言う気持ちを共有した。
先が見通せない。引き返せない、進むしかない。そしてまたその道が間違っていた。やはりまた、引き返す。
  ▽
親は何でもわかっていて、子どもに教える立場じゃあなくて、ともに戸惑い逡巡し嘆くということ。まあ、それが良かったんじゃなかろうかということにした。
でも、この山道は二度といきたくないな。

ほんとうは、クルマで春埜杉まですぐに行けたんだけれど、標識を見誤ったことがわかった。しかし、その道も法面(のりめん)が崩落して交通止めになっていた。

こんな山登りは最悪。今度は、すばらしい景色が広がる感動的なハイキングをしたい。やはり尾瀬だなあ。尾瀬はすばらしいよ。あるいは八ヶ岳とか。