過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

親と子のやりとりの物語は延々と続いていく

「みずー」と言ったら、はいはいと、水を持ってきてあげることはしないようにしている。
「あかりちゃんは、水がほしいです」というように、なるたけ文章にして語りかける。あかりは、言葉をちゃんとくりかえす。
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一緒に風呂に入る時、いろいろおもちゃを持って入る。
そのときは、親子でものがたりを紡ぐことにしている。
「あかりちゃんは、森の中を歩いています。ひとりで、テクテクと散歩をしました。薄暗い森です。すこしさみしいな。あかりちゃんは、ちょっと怖くなりました。すると、木の上から、ほーぅ、ほーぅと声が聞こえます。あれれ、だれだろう」とお父ちゃん。
あかりは続けて、物語る。「そこに、フクロウさんがやってきて、あかりちゃんに挨拶しました。やあ、あかりちゃん」
「やあ、ひさしぶり。どこにいくの?」とお父ちゃん。
「おかあちゃんのうちに、プレゼントを持っていくんだよ」とあかり。
「そうかい、そうかい。それじゃあ、いっしょについていってもいい?」とお父ちゃん。。
「うん、いいよ」とあかり。
赤いきつねさんも一緒に行くと言っているよ」とお父ちゃん。
「うん。いいよ。じゃあ、カメさんも。キツねさんも。アンパンマンもいいよ」とあかり。
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こうして、親と子のやりとりの物語は延々と続いていく。でも、風呂に長く居すぎて、手はシワシワ。「もう出たい」とお父ちゃん。すると「だめー」とあかり。それで、おかあちゃんとタッチ交代。そんな日々である。
そなこともあって、あかりは、うちの書棚にある聖書や『法華経』、バガヴァットギータみたいな難しい本を取り出しては、「あるときあかりちゃんは……」とページをめくりながら(ときに逆さま)、よく物語をつむいでいる。はやく一人遊びをしてくれるといいんだけれど。