過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

「さあこれからだ」という矢先

「そろそろ仕事をやめる。ついては、たくさんある端材を処分したい」という。
「じゃあ、ぼくがもらいますよ。薪ストーブや風呂の薪にします」。
製材所の社長は、軽トラックに積んでわがやまで運んでくれた。これから、なんども運んでくれるという。ありがたいこと。
  ▽
13年前、移住して4ヶ月目のこと。向かいの家を訪ねる。そこに元町会議員で90歳になるという方がおられた。とても元気でかくしゃくとしている。

『死んだらおしまい、ではなかった』という本を出版していたときだったので、その話になった。森林の話、インドの四住期のこと、遊行の話から始まって、死んだらどうなる、霊について、供養についてなど、楽しく話をした。いい出会いだった。
  ▽
翌日、電話があった。
その方が崖から落ちて亡くなったというのだ。

その奥さんが言うには「きょうはおもしろい人に出会った。池谷さんというんだ。いやあ、楽しかった」と。
そうして、昼食の後に、自分の山に出かけて大木を伐採していたらしい。

それから、行方が知れず。
帰ってこないので、村をあげてみんなで捜索。崖下に転落していたことがわかった。

チェーンソーで大木を伐っている時、刃が木に挟まって抜けなくなることがある。力を入れて刃を抜こうとすると、勢いが余って転ぶ。それで、転落したのではないかという。
  ▽
わたしと死後の話をした二時間後のことらしい。
きょう、端材を持ってきてくれたのは、その息子さんであった。
また、持ってきてくれたケヤキの木は、ぼくの友人がその製材所にあずけていたもの。

そうして、その友人は、夢の田舎暮らしを実現して、古民家を再生して民泊を開始。外国人ならきっと泊まりたくなるような見事な宿にしていた。「さあこれからだ」というとき、山に木を伐りに行った。その時、亡くなった。昨年のことだ。

まあ自分も「さあこれからだ」という矢先、この世を離れるんじゃなかろうかと思う。それでいいし、それがいい。