過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

心の深層に対する関心というか、微細な心の動きをあかりは理解するようになってきたのかな

あかりは、怖い話が好きでよく読んでいる。
よく怖い物語の創作話をする。
───はおとうちゃん。「 」はあかり。

「自分の子供が死んでしまい、その代わりに人形をかわいがっていたお母さん。ところが、ある日、人形がふと動きだした、やがて歩きだした。そして‥‥」みたいな話をしていた。

──ところで、人形って、男の子よりも女の子のほうがなんだか怖いよね。
「そうだね。怖いね。どうしてだろうね」

──たぶんね。女の人のほうが「念」が強いからじゃないかと想うんだ。
「念って?」

──心の底にためている思いというか。それが念といえるかなあ。
ほら、おとうちゃんなんか、言いたいことバンバン言ってしまうだろう。そのときに爆発しておしまい。そのかわり相手から「だっきらいだー」と言われたりもするけど。
「うん。そうだね。そんなことあったね。」

──あかりもそれ(その気質)を受け継いでいるかな。
「たしかにそうかも」
  ▽
───ところが、言いたいことを言わずに我慢してしまう人っているんだ。顔で笑っているけど、心は違うとか。
「うん。そういう人っているね」

──それでね。外には言わないけれど、その人は心の中で思ってる。それは、隠そうとしても、じつは顔とか表情とエネルギーに出てしまっているんだね。
「うん」

──本心を隠そうと抑え込んでいる。その抑え込むことが重なると、念みたいなものが強くなる。それって、男よりも女の人に多い。
「たしかにそうかも」

──それが、「念」というやつだ。その「念」が、自分を離れて、相手になにかエネルギーとして影響を与える。そんなことがあるんだ。おさえこまれて出口のないエネルギーが噴出することがある。おとうちゃんは、いろいろわかることがあるんだけど、無視している。
「そうなんだ」

───そういうわけで、「念」の強い人が女の人に多い。それで、人形って女の子のほうがなんだか怖い、と。
「うん」
  ▽
まあ、この話の趣旨は、女の人が「念」が強いかどうかじゃない。
そういう心の深層に対する関心というか、微細な心の動きを、あかりは理解するようになってきた。そんな話を親子でするようになってきたというところ。