店の主人は、ドーベルマンを連れてきた。
かしこい犬で、彼が犬に脅せというと、ゔゔーーーと歯をむき出して襲いかかろうとする。
「どうだ。買わなければ、この犬に襲わせるぞ」
ううむ。巨大なドーベルマンだ。怖い。かなわない。
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インドでは、ドル札があればルピーに交換してもらえる。銀行で両替すると時間がかかる。なので、いつも闇の両替屋を利用した。
当時は日本人と見ると、両替屋が寄ってくる。「ドル交換しないか。ウォークマン売らないか。ハシシ買わないか」とかならず言われる。30年前の話だ。
闇の両替屋は便利だ。銀行よりも高値ですぐに交換してくれる。
だがこれ、リスクがある。
なにしろ奥まったビルのなかでの両替だから。
「まあ、チャーイでも」。それを飲んで、気がついたら身ぐるみ剥がされたなんて話も聞く。
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ヴァラナシ(ベナレス)で両替しようとした時のことだ。少年が案内してくれた。ヴァラナシは道が狭くて入り組んでいる。よく強盗などに遭うともきく。
おそるおそるついていった。
そこは、サリー屋だった。
両替を済まして帰ろうとすると、店の主人が「待て」という。
「サリーを見ていかないか」
──そんなものはいらない。買わない。
しかし、彼は次から次へとサリーの生地を広げてみせる。
ヴァラナシはシルクで有名なところで、シルクのサリーはよく売れる。色も美しい。
普通の日本人だと、次々とシルクを広げられたら、一枚くらい買わなくちゃと思うかもしれない。だが、ぼくは「そんなものはいらない」とはねつけた。
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そのときにドーベルマンをけしかけられたのだった。
逃げられないし、逃げるのは癪だ。
どうしたらいいか。どうしたものか。
そこで、まずは落ち着いて、店の主人と雑談をすることにした。インド人は暇というか話は好きだ。よもやま話をする。
すると、ドーベルマンは、主人の友人と思ったのだろう、威嚇しなくなってきた。
それで、店の主人と親しくなり、ドーベルマンもなれてきて頭をなでたりした。一緒に記念写真もしたのであった。まあ、ともあれヴァラナシの狭い路地は要注意。