──え!現金にできないって!
T/C(トラベラーズチェック)なのに。ここは銀行なのに。そんな馬鹿な。
その町(マトゥラー)には、インディアンバンクとIndian Overseas Bankの2つの銀行しかなかった。
2つの銀行に行言ったが、現金にしてくれないのだ。あまりに田舎すぎて。そこはマトゥラーという村。
かつては、海外旅行は、トラベラーズチェック(旅行小切手)がメイン。支払いをする際に店側へ渡してサインをするだけで、額面に応じた支払いができめ。両替所で現地通貨に換金できる。万が一、盗難や紛失があっても再発行ができるため安心。34年も前のことだから、現金かT/Cの時代なのだ。
「アグラの銀行に行け」
銀行員はそう言う。
アグラは、観光名所タージマハールのある都市で、この町から70キロもある。
しかし、いまその現金がないのだ。宿代も払えない、列車の切符も買えない。
その日、日本に帰るフライトをリコンファームしている。今日帰らなくちゃいけない。
そんなことを話しても、「ノー」の一点張り。まったく取り合ってくれない。
現金がなくては、帰れないじゃないか。どうしてくれるんだ。困った。ほんとうに困った。
だれも助けてくれない。
さて、どうするか。どうしたらいいか。
──よし、この銀行の中でモノを売るぞ。
そう決めた。
やおらリュックのなかにあるものを取り出して、銀行のカウンターに並べた。店開きだ。ボールペン、サインペン、着火ライター、懐中電灯、カメラ、キーホルダーいろいろ。
銀行にやってくる客が珍しそうに寄ってくる。銀行員も集まってくる。
「これはいくらだ。もすこしやすくならなないのか」
そんなやり取りをして、売りさばいて現金を手にした。
その金で外に待たせていたサイクルリキシャー(自転車タクシー)にお金を払い、ゲストハウスに宿代を払い、デリーまでの切符を買った。やっとのおもいで空港に着いたのであった。
36歳。サラリーマンしていた時、年末年始の休みを長くとって(10日間)はじめてのインド旅行であった。
──ええ?どうしよう。うわっ困った。
そんなことばかりの旅を体験してきた。そして、なんとか切り抜けてきたのであった。