過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

人間というのは、目に見えない妖怪とか魔とか精霊とか神々と関わりながら生きているのかもしれない

あかりは妖怪が好きで、いつも寝る前に妖怪の本を読んでいる。おかげでトイレに一人で行けない。「おとうちゃん、トイレ」といって、夜中にトイレに付き合わされることになる。

こないだは、「忙しい妖怪」の話をしてくれた。
その妖怪がとりつくと、「忙しい、忙しい、ああ忙しい」というようになってしまうという。わがやには、そんな妖怪がいつもいるみたいだなあ。
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──そうか、人間というのは、目に見えない妖怪とか魔とか精霊とか神々と関わりながら生きているのかもしれない。

そう思った。これらを、統一して「心霊」という言葉を使うことにする。

忙しい、忙しいと生きていると、忙しいというせっぱつまった、イライラしたエネルギーが、その人から発散される。地場ができる。すると、それに引き寄せられて、「忙しい」をエネルギー源とする心霊がやってくる。すると、ますます余裕をなくす。

怒りが大好きな心霊もいることだろう。いちど怒ったら、ますます怒りが激しくなる。また、相手もまた怒って返す。お互いがエスカレートして、終わることがない。それは、修羅闘諍が好きでそれをエネルギー源とする心霊がやってきて、ますます煽ったりするからかもしれない。

罵り合い、殴り合い、殺し合いが好きな心霊たちもいるのだろう。戦争が大好きな心霊たちがいるのだ。
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あるいは、いいこと、人のためになることをすると、ほっとしていい気持ちになる。あたたかくなる。それをエネルギー源とする心霊がやってきたりするのだろう。

「富むものはますます富み、貧しきものはますます貧しくなる」とイエスは言ったが(いわゆる「マタイ効果」)、そういうことが人間と心霊の関係であるのかもしれない。