過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

いろいな脳があって、その脳のありようによって生き方がちがってくる

いろいな脳があって、その脳のありようによって生き方がちがってくる。

大きくは「奴隷脳」と「経営脳」。

「奴隷脳」。自由はないが安定を求める。ぼくはサラリーマン生活を12年やっているので、これだった。上司の評価を気にする。「やってる感をだす」のが仕事。ここを抜けだすのは相当に難しい。

「経営脳」。システムとしてどう利益を上げていくのか。人をどのようにうまく使うのか。人をうまく管理してシステムとしてお金が入るようにいつも考えている脳。

僕の友人にそういう人がいて、だいたいは大雑把。人に仕事を任せてしまう。ぼくは、これができない。ひとりであたふたしている。
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それから、ちがう見方をすると、「職人脳」「企画脳」「学者脳」。

「職人脳」。ぼくはフリーランスを30年やっているので、こちらにちかい。もちろんお金のためにやるんだけれども、いい仕事をちゃんとやろうという意識にはなる。でも収益性は二の次でつらい。

「企画脳」。あたらしいものを企画することが楽しい。実現の過程を楽しむ脳。ぼくはこの脳が支配的。東京暮らしのときから、いろいろ企画しては人を集めてイベントを楽しんでいた。

ぼくはこの田舎に来て11年。田舎に来たら、過疎地の田舎をテーマに、いろいろな魅力発信事業を始めた。人と人がつながるので面白かった。

しかも費用は、民間や行政に助成金を申請して展開する。ただし、自分の労賃は出ないので、こまねずみのように動かなくちゃいけない。これは、しかし疲れる。あ、そうすると「企画脳」というよりも「助成金脳」だなぁ。

「学者脳」。世の中を新しい視点からものごとをとらえなおして、論文にしていく。学生との語らいも、その論師の説得力を増すために活用できる。研究する姿が学生を啓発し指導する。これがうらやましい。なりたくてなれるわけじゃないので、時すでに遅し。
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最後に、「大日本帝国脳」。どんどんと拡大していく。拡大していくと勝った勝ったで勢いがある。しかし、戦力がないのに、拡大するので、一点に絞って深みのある戦いができない。始末に悪いのは、戦線が不利になるとあちこちに拡大していく、火をつけていく。

自分が正しいと思っている。ロジスティックス(兵站、物流システム)など、実現の構造が脆弱な精神論ばかり。なのでやがて収集がつかなくなる。そして、無条件降伏を迎える。ぼくはこの傾向性があるので、要注意。