わがやの「顧客」はなんといってもあかりだ。
あかりを中心に回っている。
「あれをしたい」といえば、「はいはい」。「これはいやだ」といえば、「はいはい」。「ちょっと待ってね」といっても待ってくれない。有無を言わさず、とっととやることになる。
多少のしつけはするが、基本、相手に寄り添う形での育児だ。(ちゃんとしつけなさい? わかっています。そのコメントはしないでね。)
まあ、いまのところは相手に寄り添う育て方。
とくにお父ちゃんは甘い。叱ることはない。たまに、叱るけれども、怒りの感情はまったく入れない。「そうしたら困るなあ」「そういうと、おとうちゃんはかなしいよ」みたいな言い方はする。
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で、その「顧客」から、つねに命題が出される。
今朝は、起きるなり「ネコのメリーゴーランドがほしい」という。
あるのは、ダンボールとパンフとクレヨンとハサミ。
イメージが少しできたところで作りだす。「こういうものをつくる」という具体像はない。作りながら生まれてくる。
まずダンボールを切って、つなげてまるくして、その上に猫の絵を切っていくつか貼り付ける。
それを糸で吊るして回転するようにすればいいかな……。
そのうち、あかりは「こんなんじゃない、ちがう」と言い出す。そしたら、またそこから作り直す。
結局、つくりたいのは、猫の秘密基地だったりする。猫の絵の半ズボンがほしかったりする。それはそれで、紙で作る。こういうのは、ぼく自身が楽しいからね。
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日々、その都度、「お題」を頂いては、工作に励むということになる。切ったり貼ったり糊付けしたり。そのうち落ち葉を工夫したものづくりになると思う。
決まったこと、正解のあるものをこなしていくのはつまらない。先に何が起きるかわからない。つねに不確実、変化ばかり。変化する現実とのダンスこそが知性の本質と考える。ま、つねによちよち歩きの危うさでいい。
それはそれで、まあ楽しいんだけど、仕事が中断される、集中力が切れるのが困るんだなあ。
いま、友人の遺産分割の裁判所の申し立ての書類を作っているところ。途中でメリーゴーランドになって、わけがわからくなってきたぞ。