過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

ギアをシフトすると、現実が動く

おくったはず。みたはず。みているはず。
「……のはず」の勘違い。土壇場で「ええーー!どうしよう!」ということは、これまでたくさんあった。

そんな一つに、インドの旅のことを思いだした。北インドのヒマラヤの麓、ヘラカーンにあるBabaji(聖者)のアシュラムのフェスティバル(ナボラートリー)に行くことになっていた。そして全国から、10名の参加者があった。

ぼくがツアーの主催者だ。アシュラムにはどうやって行くのか、どういう儀式があって、どこに泊まるのかという具体的なことは、Hさんという大先達にすべておまかせしてあった。

前日、確認のために、Hさんに電話した。
池谷「明日、フライトですからね。朝10時に、成田空港で待ち合わせ。よろしくお願いします」
Hさん「わかりました。たのしみですね。ところで、池谷さん、ぼくのビザをとってくれましたか?

池谷「はあ? 自分でビザを取ってないんですか」
Hさん「だって、池谷さんに手紙で頼んでいたじゃないですか」
池谷「ええ?そんなこと、知りませんよ

……と、Hさんからの手紙を見ると、小さな紙切れに「ビザを頼みます」(申請はしてあるので、取りに行ってくださいという意味だ)と書いてあった。ぼくはそのとき、初めて知った。

池谷「うわっ。そんなこと知りませんでしたよ。この文面じゃわからない。しかし、もう夕方の7時だから、インド大使館は閉まっているし、これはもう難しいですね

Hさん「ぼくはビザがないと行けませんよ。池谷さんが引率して、よろしくお願いします」

池谷「それはたいへんなこと。ぼくは、アシュラムのことはとは知らないので、行き方も知らないし無理ですよ。このツアーはもうダメですね。全員にエアーチケット代を返さなくちゃいけない。たいへんことですよ」

Hさん「仕方ないですね」

……と、あきらめかけた。もう、おしまいだ。がっくり。そして、恐怖。

でも、次の瞬間。「いや、ここであきらめたら、だめだ。なんとかなる。なんとかする。大丈夫だ。絶対にインドに行く」。そう決めた。ギアをシフトさせた。

池谷「Hさん、行きましょう。なんとかしましょう。いまから、インド大使館に電話して、ビザを早朝にもらいましょう。絶対になんとかしましょう」

そして、Hさんがインド大使館に電話をした。

すると不思議なことに、ぜったいに出るはずのない電話に大使館員が出た。そして、まったくの特例で、早朝にビザを発行してくれることになったのだった。

ほとんど融通の効かないインド大使館が、こうした動きをしてくれることなど、ありえないことだ。

あきらめたら、そこでおしまい。「いや、なんとかなる。なんとかするのだ。絶対に実現する」とギアをシフトすると、現実が動く。振り返ると、そうした体験をたくさんしてきたのだった。

まあしかし、余裕をもっと、悠々とやればいいのであって、間際でのタイトな動きは、心身にものすごい負荷をかける。その分、またそれをクリアーしたら、「突破体験」として財産にもなる。そんな体験を思い出した。もう20年くらい前ことだが。