田舎に移住しようというとき、「空き家があるから」「住みたいから」といって、すんなり住めるわけではない。
地域の人は、「山里は年寄りばかりなので、若い人に住んでもらいたい」とは言う。
それはいわば「総論」である。実際に、隣家が空き家になって、そこに移住者が来たらどうかというと、「あ、それは困る」というケースがわりとある。
かつて、家主が「貸しましょう」ということで、移住をきめた人がいた。とてもステキな空き家だった。改修の準備までしていたが、引っ越す寸前にスムースに行くように、地元の自治会にはかってもらうと、「移住者の受け入れは反対」と言われたしまったことがある。
そういうところには、移住する訳にはいかない。その方は、泣く泣く、諦めたという経緯がある。
で、今回の空き家のケースだ。
空き家がある、そのまま住める。隣のおばあちゃんは、「寂しくなるばかりだから、ぜひ住んでもらいたい、ぜひきてもらいたい」と言っていた。
ということで、空き家の家主に聞いてみた。
すると、家主はこう言う。
おばあちゃんはそう言うが、じつは息子さんが反対している。ひとりでも、反対している人がいたら、ややこしいことになる。移住してきた人も気の毒だから、家を貸すのは、やめたという。
「じゃあ、定住じゃくて、骨董品屋さんとか、木工細工の人が、たまにきて作業場にするのはどうか」と聞くと、「いや、荷物置き場みたいになって、それはそれで困る」という。
貸すと言っても、家賃は数千円の微々たるもの。わざわざ集落に波風を起したくないという。そりゃそうだろう。
ながらく暮らしている地元の人は、日々の安寧秩序がたいせつ。それを移住者がくることで、壊されやしないか、そこを恐れている。
ある人は、移住して、自治会に参加させてもらおうと挨拶に行ったら、「そこに暮らす以上、自治会費を支払うのは当然。だが、住民票を移さないものは自治会は入れない」と断られたという。
まあ、地域によって温度差があるのは事実。集落を挙げて、歓迎パーティーをしてくれたところもある。自治会長自らが、空き家探しから改修の段取りをしてくれた経緯もある。
テレビの「人生の楽園」のようなわけはいかないのだ。まちなかの人が、いいところだから、のどかで自然環境が豊かで、みんな素朴でいいから住みたいといっても、じつは、かんたんに住めるわけではないのだ。
こんな私たちですが、ここに住まわせていただけますでしょうか、という感じであいさつに行き、「ああ、いいよ」と集落の人が言ってくれて初めて住むことができる。そういうところがベースにあるかもしれない。
そこを無視して住むといっても、あとあと苦労することになる。このあたり、田舎暮らしの難しいところではある。
かくして、ますます過疎化は進む。