高橋源一郎の人生相談の回答。けっこう、じいーんときた。毎日新聞。4月30日。
「わたしにとって子育ては、自分に愛する能力があると子どもたちに教えてもらったことです。愛してあげてください。それだけでいいじゃないですか」と。
質問:2歳になる子どもがいます。来年4月から幼稚園に通う予定ですが、選択肢がたくさんあり悩んでいます。
習い事をする園の子どもは、小学校でスムーズに学校生活に慣れ、成績も良いと聞きました。ただ、我が子は自由に遊ぶことが大好きな様子で、遊びを重視している園も気になります。
幼児期に大事なことは何だとお考えですか。また、ご自身の子育てで、幼児期に重視したことを教えてください。(34歳・女性)
回答:53歳のとき長男が、55歳のとき次男が生まれました。しばらくして妻が体調を崩し、育児の多くを担当することになりました。
食べさせ、おむつやゲロで汚れた服をとりかえ、遊ばせ、保育園に連れてゆき、深夜に発熱すると病院にゆき、時には一晩中アトピーで痒(かゆ)がってむずかるふたりを抱えてあやしました。
同時に作家としての仕事も大学教員の仕事もありました。その数年間は、あまりにきつく記憶がありません。
若い頃にも子育ての経験があり、たくさん保育書も読みましたが、全部忘れました。一日育児が終わると倒れて寝て、子どもたちの泣き声でやっと起きました。
もちろん、子育ての方針など持つ余裕などなく、一日生き延びるのがやっとの日々でした。なので、アドバイスできることはなにもありません。
もう今日は起き上がれないと思っていても、泣き声が聞こえると這(は)って彼らのベッドまで行きました。
なぜこんなことができるのだろう。不思議でした。疲れ切っていたのに。ベッドで寝ている彼らの顔をみてわかりました。愛していたからです。彼らのためだったら死んでもいいと思えました。それからは子育てがまるで苦痛ではなくなりました。
いまや彼らも中学生で、すべては遠い過去です。わたしにとって子育ては、自分に愛する能力があると子どもたちに教えてもらったことです。愛してあげてください。それだけでいいじゃないですか。他のことなんかどうでも。(作家)