過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

祈りというもの

宗教というのは、祈りを教えるものだともいえる。祈りのワザ(というと語弊があるけど)を教え、祈りの言葉や歌や響きを教え、祈りができる場を提供し、祈りの道を示し、祈りの体験を分かちあうものと、いえるだろうか。

祈ることによって、願いが叶ったり、実現する集中力がついてくる。それは体験的にわかる。なにかを達成するために、祈りがあるともいえる。達成のために祈りがあり、祈りの先に達成がある。

けれども、達成するとか、叶うとか関係なく、祈らざるをえないことがおおい。そうしてまた、祈りそれ自体が、ひとつの大きな喜びになっていく。祈りによる充実感、静寂感、力感。祈りによって救われるということもできる。