「私のなかでは、もう春なの」。──彼女がそう言った。彼女の暮らす千葉の山奥を訪ねて、山を歩いていたときのことだ。ちょうどいまの季節だ。こんなに寒いのに、野原は枯れ草ばかりなのに、どうして春っていえるんだろう、と思った。
その頃、ぼくはディズニーランドのある浦安に住んで、日本橋の会社に通っていた。毎日、夜中に帰宅。土日までもよく出勤という暮らし。まったく季節を感じるような暮らしぶりじゃなかった。
いまこうして山里に暮らして、ぶらりと歩いていると、わかってくる。もう春が訪れている。日差しから、土の底から、樹々から、草から、そのことが感じられるのだ。