【度肝を抜かれ続けて】2026.3.19
私の生活空間はベッドの上なので、少しずつ知的生産の環境を整えている。
まずパソコンのモニターをアームに取り付けた。これでモニターが自由に動く。寝ながらでもパソコン仕事ができるといいな。
ノートパソコンはキーボードとマウスをBluetoothにしたので、これも少しやりやすくなった。
ただ、実際のところほとんどはスマホである。文章やAIとのやり取り、各種の書類やメールなどは音声入力で済ましている。
Bluetoothのマイク付きイヤホンを買ったのだが、今さらながら、音のよさに驚いている。
こんな小さなスマホでブルックナーの交響曲や映画音楽、朗読劇、マイルス・デイビスのトランペット、邦楽などを聴くと、実によく響いてくる。
改めて、人類にとってスマホの出現はすごいことだと思う。
大容量のコンピューターをポケットに入れて持ち歩ける。寝床で寝ながら操作できるわけだ。
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振り返ると、私がサラリーマン時代、本社勤務になった頃、200人のフロアーに当時最先端のワープロが1台だけ置いてあった。
8インチのフロッピーディスクを使う機種だった。文章作成機械というよりも、すでにある手書き文章を活字にする清書マシンという位置づけだった。
そのうち1年か2年経つと、IBMの5550という機種が2台置かれるようになった。これでマルチプランという表計算ソフトを私は毎日使っていた。
さらに1年ほどして、アメリカから帰ってきた先輩がマッキントッシュを持ち込んだ。
クラシックというコンパクトで可愛らしい機種で、セルは自在に動くし、図形も描けるしで、度肝を抜かれたのだった。
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それから数年して会社を辞めてフリーで独立したが、その際にMacintosh IIciとプリンターのセットを買った。当時で250万円ほどしたと思う。
その後、パソコン通信の時代になり、Nifty Serveでテキストだけのやり取りをするフォーラムで仲間がたくさんできた。今もその仲間と繋がっている。
そしてインターネットの時代になり、眼前に広がる地平の広さに驚いたものである。
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あれから30年近くか。AIが出現し、ものすごい勢いで知的生産の質とともに向上してきている。
今やシンギュラリティを迎えつつある。この1年、たった1年間のAIの進化の速度を見て驚嘆するのである。
来年もまた、想像を絶する進化を遂げているに違いない。
何とか、そういうのを見届けて死んでいきたいとは思うのだが。