過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【寝たきりだからこそ可能な知的生産】2025.12.11

【寝たきりだからこそ可能な知的生産】2025.12.11

「寝たきり」状態である。

今日の来訪客は7人。夕食と明日の朝食を持ってきてくれた友人、フォカッチャと甘酒、おやきにおむすびを持ってきてくれた友人、箱菓子を持ってきてくれた友人、それに妻と銀行員。

だが、私はほとんど寝たきりだ。お客さんが来ても寝たまま応対している。とても「おもてなし」などできない。
-------------------
こうして「寝たきり」になったが、寝たままでも知的生産活動は可能だ。
AIが発達したおかげで、年配者や病人にも表現の可能性が広がってきたからである。

まず音声入力がある。
枕元にiPhoneを置き、次々と音声で入力していく。
Googleドキュメントを開き、そこに直接入力する。

それをエディタにコピー&ペーストして編集する。エディタのほうが動作が軽快で、一括検索もできるので便利だ。ひらめきをどんどん書き留めていく。
--------------------
「こうすれば良かったな」「あんなことが楽しかったな」という過去の思い出もよい。振り返って反省すべき点を書き出していく。後悔を言葉にすることは、人生の総括につながる。

あるいは「こんなにいいことがあった」「こんなに恵まれていた」「こんなに幸せだった」と書いていく。

これらは、いわば「内観法」のようなものである。
どれだけ多くの人に支えられ、助けられて今の自分があるのか。どれほどの縁がつながってここまで来たのか。
「ありがたいつながり」を振り返り、感謝することができる。
父の思い出、母の思い出、師匠の思い出、仕事で助けられたこと、友人たち、かつての恋人、妻と子どもたち──いろんな人に支えられて今がある。
それらを文章にしていく。
--------------------
みんな寝たままでも可能だ。
これが音声入力の最大のメリットである。そして、まとまった文章に仕上げるにはAIに校正を依頼する。

それをFacebookに投稿してもいい。Noteやブログに掲載してもいい。そこからまたネットワークが広がっていく。

また、Google Meetを使って「語りの場」を開催している。
Facebookでその日のうちに呼びかけても、数名の参加者が集まる。こうして気ままに語り合う場を設けている。

遠方の友人、海外の友人も参加してくれる。AIについて、政局について、仏教について、病について、日常の気づきについて──さまざまなテーマで語り合う場にしている。
--------------------
さらには、ふと疑問に思ったこと、困ったこと、調べたいことは、音声入力でAIに尋ねる。

主にGrokやDeepSeekに聞いている。即座に的確な回答が得られる。何より見事に整理されて返ってくるのに、毎回感心する。

正確性や「ハルシネーション」(AIの虚構生成)は二の次だ。質問に対して体系的に整理して示してくれることがありがたい。
AIを「壁打ち」の相手として使うのだ。AIと問答を重ねていくと、内容がどんどん深まっていくのが楽しい。

AIとのやり取りの履歴は、Notionというクラウドサービスに保存している。
すると、自分だけの事典が出来上がっていく。検索すれば瞬時に必要な情報が現れるのは、実にありがたい。
--------------------
寝たきりであることが、「音声入力→編集→AI校正→発信」という、一貫した創造的プロセスを必然化していく。

外の世界(AIへの質問、対話での気づき)から得たものが、また新たな内観の素材となる。「内→外→内」の循環が、寝たきりという状態を、閉じた世界ではなく、動的で開かれた思索の場へと変容させていく。

こうして身体が動かなくとも、心と記憶は自由に動き回り、過去の縁や恩恵を丁寧に振り返り、言語化していくことができる。

今この瞬間の生を見つめ、与えられたものに感謝する「生の営み」につながっていくと思って。