過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

スマナサーラものがたり㉞学校の思い出

スマナサーラものがたり㉞学校の思い出

アルボムッレ・スマナサーラという名前は、アルボムッレは生まれた村の名前です。アルボムッレ・パーラムといいます。

スマナサーラとは師匠がくれた名前です。スマナというのはgood mindで良い心という意味。サーラというのはエッセンスという意味ですね。良い心のエッセンス。本質。
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村には友達はいっぱいいました。友だちばかりです。
誰に勧められるでもなく、自分の気持ちで出家したんです。

親は反対しませんでした。親はしょうがないと。自分の希望だから賛成せざるを得ない。子どもは6人いたんだから、ひとり出家しても寂しくなかったと思いますよ。
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お寺は大きいんだから、家よりはいっぱい遊べるだろうと言うようなこともきっかけの一つ。

科学とか芸術とかやってみて、所詮は土をこねているだけ。それはつまらないと思ってしまったこともあります。

世間のことは勉強すればするほど、狭くなりそうな気がしました。数学もできたんですよ。もしもその道を進めば、数学者でしょう。でも、専門家になるのはどんどん自分が狭くなっていくような気がしたんですね。医者の場合は、人の病気を治すんだから尊い、なってみたいという気持ちもあったんです。

まあ、選択肢が無限にあるというのは、小さい時は誰でも同じでしょうね。
何でもやってみて、それから自分の道を選べばいい。

そして仏教に関しては、これは奥が深くて挑戦する余地があるぞと思ったんです。じゃあ出家してみようか。そんなところだったかもしれません。
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人生で絵を描いたのは、たった一度だけです。学校で筆やら絵の具など貸してもらって、クラスでみんなで大きな紙と壁に描いたんです。

それが一等賞になったんです。地方の学校の作品もいろいろ集めたとき、それで知りました。
学校で大きな祭りがあって、私のクラスでもなにか作品を作ろうということになりました。

みんなで三次元の地図を作ったんです。
大きな木のボードに貼り付けていきます。パルプに粘着剤をつけて、地図帳を見ながら、山とか谷とか等高線を計算します。この山はこれぐらいこの川はこんな風な流れ、溝はこのくらい、海のほうに行くとどんどん川の流れが大きくなる。
クラスの仲間と一緒にやったんです。

私はリーダーで、だいたい難しいところをやりました。ほかにも花瓶を作ったりとか、いろいろな作品を作って出してね。一か月とか二か月かけて、相当の仕事をしました。その間に、絵も描くんです。

スマナサーラ長老のインタビューをもとに池谷が構成しています。