過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

資本主義の暴力性や破壊性があらわになってきている

格差社会の拡大、ワーキングプア、過労死、環境破壊など。勢いを増している。人々を管理し情報を一元化しようという動きも進んでいる。

戦争のための準備は、もう大手を振って着々と進んでいる。憲法改正だって、核兵器開発だって、閣議決定で決められそうだ(法理論としてはありえないけど、笑 )

資本主義の暴力性や破壊性があらわになってきている、とみることができるか。資本主義=新自由主義は、いまや、やりたい放題のようになっている。

この10年、コロナ禍以降とくにひどい。そして、ますます苛烈になっていく。

大衆は怒らない、発言しない、「仕方がない」として黙々と従うのみ。特に日本は。次々と芸能ニュースやスポーツ、ゴシップなどで頭の中を支配されて、ものごとの本質を考えさせないようにしているようだ。
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「テレビが言ってたもん」と、よくお年寄りは言う。デイサービスを経営していて、毎日、80〜90代のお年寄りとやりとりしていて、痛切に感じた。ひとり暮らしのお年寄りなど、朝起きたらテレビのスイッチを押す、そして寝るまでつけっぱなし。
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どうしてこうなった? どこから間違った? どこから勢いを増してきた?

それは、ソ連という社会主義国の崩壊にあるのだろう(1991年のソビエト連邦最高会議による連邦解散宣言)。

それ以前は、東のソ連社会主義と西のアメリカの資本主義のにらみ合いが続いた。

日本への原爆投下は、東西冷戦の始まりだった。(1945年)
そして朝鮮戦争(1950〜 1953)が起きる。

アメリカのトルーマン大統領は、共産圏に対する「封じ込め政策」を表明した(1947年「トルーマン・ドクトリン」)。

ドミノの牌(パイ)が将棋倒しになるように、ある地域の共産主義化が次々に隣接地域に及んでいく。 冷戦構造拡大化にともない、アメリカはベトナム内戦(ベトナム戦争)へ介入していった。あの戦争は20年余(1955〜 1975)も続いたのだ。
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資本主義は、労働者を酷使すれば、やがて社会主義革命が起きるかも知れないと危機感があり、労働者に対して慎重であった。

そこから、修正資本主義(=ケインズ経済学)や社会民主主義的な考えが出てくる。政府が積極的に市場に介入して雇用を創造し、労働者に仕事を与えようとした。そこで、公共事業を拡大して、地方にカネをばらまき道路や橋やダムなど、どんどんと作っていった。

また、失業保険や年金、健康保険、年功序列、終身雇用など、充実していった。日本は修正資本主義というのか、社会民主主義がもっとも成功した国かもしれない。
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そして、ソ連という社会主義国家が崩壊したのが、1991年だ。社会主義共産主義は、破れた。

もはや社会主義は使い物にならない。時代遅れとみなされた。大学でマルクス経済学などを教えることもない。ぼくの学生時代は、毎日、マルクスの話が聞こえてきたものだった。「初期マルクスはね」などと、学生たちはいつも語っていたっけ。(ぼくには、その内容はほとんどわからなかった)

ソ連が崩壊したことで、資本主義は歯止めが効かなくなっていった。労働者の権利を次々と奪い、より安い賃金で働かせて徹底的に搾りとろうとする。市場原理主義グローバリズムだ。資本主義の一人勝ち。その暴走は止められない。
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20年くらい前に、哲学者の梅原猛さんの講演を聞いたことがある。

梅原さんは、終始とっても嬉しそうに語っていた。こんな話が印象的であった。

──かつては社会科学は、ほとんどマルクス主義だった。東大で大内兵衛(おうちひょうえ)さん、一橋では都留重人(つるしげと)さんなどが、堂々とマルクス経済学を講義しておったんだ。 

そのマルクス経済学といえば、「資本家は悪だ」というような話である。しかしそれを学んだ連中が、いまの大蔵省の役人とか大会社の社長とか政治家になっているんだ。

おもしろいもんだ。そんなもんなんだ。
そもそも日本人というのは、みんな本気で思想をやろうなんて思っちゃいないんだなぁ。

ぼくなんかは、彼らから「反動思想家、体制派だ」とよく批判されたもんだ。そのぼくが、いまこうして元気なんだ。いっぽうマルクス主義の連中は、いまちっとも元気がないんだなあ。

所詮、他人のふんどしで相撲をとっているからダメなんだ。自分のもので、自分の体で勝負せんといかんよ。自分の体だったら、どんなに痛めつけられたってね、そこからはい上がれるってもんだ。

ボクはもう76や……。もう、先はないなぁ。せいぜい、あと10年くらいやろ(実際もこのときから17年後に亡くなる)。今日の参加者にも、先が短い人が、ようけおるなあ。(場内、爆笑)

でもなあ……。死んだら、終わりやないんだ。
死んだら、なんにもなくなるなんて、寂しいなあ。ほんとうは、なくならないんや。

浄土に行けるんでっせ。あの世や……。あの世があるんだ。あの世にいったらな、お父さんやお母さんや、先祖にまた会えるんだ。

そうして、ふたたび、この世にもどってくる。これが、日本の死生観なんや。(2001/11/09 私学会館 国士舘大学主催の講演会にて)