過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

甲野善紀 取材秘話 インタビューがかち合う

(続き)甲野善紀 取材秘話

約束の時間の10分前。
呼び鈴を押すと出てこられた。
「なんだ、おまえたちか」という表情。笑顔なし。無愛想。
──はい。本日はよろしくおねがいします。
「待て。まだ、10分あるじゃないか。これから宅急便を手配したり、あれこれ仕事があるんだ」。
そんな対応だった。
  ▽
多摩の道場に甲野善紀さんをお訪ねした。
私と武道に感心のある友人、そしてカメラマンだ。
10分後におそるおそる道場に入る。
それぞれ自己紹介した。が、こちらにまったく関心などない様子。
約束したので仕方がないという、まったくもって取り付く島がない感じ。

  ▽
さて、なにから聞こうか。
道場は、なかなか味わい深いなものだった。畳は、ヘリのない沖縄畳。

きけば、甲野さんが30代の頃、自ら建てたという
ここで毎日、新しいワザを探求しているわけだ。

それを皮切りに、いろいろインタビューした。が、話はとてもつまらない。
いまの文部省教育はだめだとか、少年野球は監督が威張ってけしからん、政治がどうのと。

──ありゃあ、これでは記事にならないな。
しかも、カメラマンが「写真を撮らせてください」という。甲野さんは、顔をしかめる。
「ええと、そのままじゃつまらないので、なにか型とかやっていただけるとありがたいんですけど」
「ん?型?」
ますます顔が不機嫌で険しくなる。そもそも、甲野さんは型などもたない。ひとりで新しい世界を薄氷を踏むような思いで稽古をしてきた。師匠もいない。弟子もいない。

──ああ、これはだめかも。
取材は、諦めようと思った。
  ▽
すると、そこに「こんにちわ」と若い女性の声。
お供に屈強そうな男。
銀行協会の雑誌の取材だった。取材日がかち合っていた。ダブルブッキングだ。
甲野さんもうっかりしていたようで、「申し訳ない」という。
しかし、ここでインタビューをやめたら、ほとんど記事にならない。

──ぼくたちは、同時取材でも全く構いませんので。

では、ということで同時インタビューとなる。
こちらは、つまらない男ばかりの三人組。そこに若い女性が来ると花が咲いたようになる。甲野さんは、それまでの無愛想な表情から、急ににこやかになった。若い女性効果だなあ。

「じゃあ、ワザをかけてみようか」
甲野さんは、若い女性のお供の屈強そうな男にワザをかける。男はひょいひょいと倒される、ふっとばされる。
技をかけていくと、甲野さんは自然と躍動してくる。話も弾みだす。
  ▽
そんなことでなんとか取材記事は書けたのであった。
まあ、教訓としては、男性を相手にいい記事を書こうとしたら、男ばかりでいかないこと。若い明るい女性を連れて行くこと。

ただ、例外はある。
数学者の森毅先生(もりつよし:京都大学名誉教授、専攻は関数空間の解析の位相的研)を取材した時、すごい美人の女性を伴っていったことがある。場所は京都の有名な茶屋。その女性は和装。しかし美人すぎるのか、かえって森先生は、無関心を装って話は弾まなかったこともある。
  ▽
まあ、あれこれ取材でたくさん経験したことよ。
いまでもたまに雑誌社からお声がかかる。仕事があれば、難しい学者だろうが、ややこしい人だろうが、あやしい人物だろうが、僻地だろうが、どこにでも行くことにしている。行くたびにドラマがある。