ある有名な神社にあかりとともに参拝した。
それはスッキリして豪華、歴史のある祭りが継承された拝殿であった。
「あかり、こういう神社はとってもいいんだよ。スッキリしているだろう。このスッキリした感じが大切なんだね」
というのは、数日前の夕方、知らずに怖い神社の階段をのぼって、親子でゾッとした体験があるからだった。なので、神社にはできれば、早朝に行く、清浄ですっきりとした神社に参拝する。お願いごとなんかしなくてもいい。感謝していればいい。そんなことを伝えている。
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神社を参拝する際の基本的な作法は「二礼二拍手一礼」と言われる。
しかし、ぼくは柏手(かしわで)は四つ打つ。これは、まあいわば国津神系の神社の参拝方式なのだが、そんなことはどうでもいい。気持ちの入れ方として四つが好きなのだ。ときに「とおかみえみため」の真言というか祝詞(のりと)をとなえることもある。
「二礼二拍手一礼」は、明治になって国家神道ができて定められたことだ。そして、「神仏分離令」が行われた時、神社と寺は分離(神仏判然の令:1868年)された。さらに拝む本体である御神体が国津神から天津神に変えさせられたところが、全国にはたくさんある。
そもそも、アマテラスは天津神系であり、オオクニヌシは国津神系といわれるが、オオクニヌシの先祖はスサノオノミコトで、アマテラスときょうだいなのだ。ともに伊弉諾尊・伊弉冉尊(いざなぎ・いざなみ)の子どもなのだ。スサノオは乱暴者のために高天原を追い出されたとされる。
それらは後付の神話で、もともとに日本の信仰と大陸からの侵略者の諍いがあったという背景があるのだろうが、そこは詳しく論じない。
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それで、わたしが柏手を四つ打っている。すると、注意する方がいた。
「四つ打つというのは、封じ込めるという意味があるんです。この神社は、天津神系なので柏手は2つなんですよ。この注連縄の巻き方をみれは天津神系というのがわかるでしょう」
そのように言われた。
──ああ、そうですか。それが作法なんですね。ありがとうございます。
そう答えておいた。
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宗教儀式は、細かなきまりがじつにたくさんある。
ここでリンを打つ。このように梵鐘を打つ。抹香は、右手で持って額の上に捧げて三回。線香は立ててはいけない、寝かせる。寝かしてはいけない、立てる。拝殿に登るときには、左足から。座るときには、右足をすこし下げてそのまま膝をおろして揃える。ああたらこうたら、ものすごくたくさんきまりがある。きまりだらけだ。
そのことにとても詳しい人がいる。さも知っているかのように。
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でも「どうしてそうなんですか?」「いつの頃からそうなったんですか?」「だれが言い出したんですか?」「そもそもこの御神体はどなたですか?」「どういう由来があるんですか?」「その神とはなんですか?」「拝むというのは、どういう意味なんですか?」
などと聞いてみると、まず答えらない。
「いままでそういうことになっているのだ」。それが、答えである。
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あらかたの宗教は、形式を伝えている。聖職者の衣冠束帯、袈裟衣、格好から色から、組む印から、真言から、お経から祝詞とか、典礼とか。ものすごくたくさんある。
しかし、祈るとか拝むとか、その本質を伝えているかというか、そこがなかなかないのだ。
まあ、そこがけしからんというつもりはなくて、そこがそれになりにおもしろい、味わい深いと思う。そして、その宗教の形式に従って礼拝するようにはしている。