過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

美輪明宏の「『法華経』」の企画

きょうは出版企画書作り。本業に回帰しつつあり。
美輪明宏さんの本なら是非」という出版社があり、一つ仕上げた。美輪さんの目に止まれば、インタビューして本に仕上げられる。

美輪さんとは30年前に駒沢公園ちかくの邸宅を訪ねて、インタビューで本を作らせてもらったことがある。美輪さんもかなりのお年なので、遺言的な形で語っていただくような本になるのかもしれない。もしも企画書に目が止まれば、だけれど。
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美輪さんほどの人だから、多くの出版社が企画を持ってくる。
美輪さんは、もっと有名になろうとか、豊かになろうなどとは考えていない。「やりたい」と思うことしかやらないでしょう。
もちこまれる企画の中で、「おや、これはなにかちがうぞ」と、語ってみたくなるもの。
それは、ずばり「宗教」であり「仏教」。とりわけ、『法華経』の世界だと思っている。

美輪さんは、熱心な法華信徒。日蓮聖人のことばをたいせつにしている。
ということで、『法華経』の世界を通して、わが人生、世のあり方、生と死など、存分に語っていただくような企画にした。
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美輪さんの体験を通して磨かれた智慧を、『法華経』を軸にして、ダイナミックに語っていただく。

とくに、『法華経』の世界、南無妙法蓮華経の力と律動、日蓮聖人の生き方と教えが共鳴して通奏低音として奏でられるのが本書の特徴である。

「体験を通して」「生き方として」語られる仏の教えが、求められている。
美輪さんは、自らの生き方を通して、筋の通ったことを迷いなく端的にバシっと言い切る。そして、泰然自若とした存在感、オーラ、その高い美意識には多くの人が魅了されている。そんな美輪さんが、生き方の原点とされているものこそ、『法華経』ではないかと思われる。

法華経』の解説書ではない。教義の説明ではない。『法華経』を通して、美輪さんの世界が展開される。
──『法華経』に美輪さんが転ぜられ、美輪さんが『法華経』を転ずる──とでもいおうか(すなわち、法華転法華)。

法華経』とは、一言でいえば、この娑婆世界汚泥の中にあって、汚泥に染まらず白蓮の花を咲かすという教え。まさに、美輪さん自身が、汚泥に染まらず大輪の白蓮を咲かせてこられた。
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「南無」「妙」「法」「蓮華」「経」の5つの章に分けて、語ってもらう。

「南無」の章……すべてをおまかせする。自分も含めてすべてのいのちが尊いものとして、うやまう。

「妙」の章……真理の世界。それは、不可思議にして柔らかく美しい。相対世界を超えて輝く世界。

「法」の章……あらゆるものを貫く法則、目に見えないがしかと存在する法則がある。その真理を腹を据えて生きていれば、何も動じることはない。

「蓮華」の章……原因があれば結果がある。すべては、自分が源泉である。いまの現実も、自分がえらびとったものといえる。しかし、現実(娑婆世界)の汚泥の中にあって、汚泥に染まらず汚泥を養分として純白の蓮の花は開くことができる。

「経」の章……聖なる言葉の響きの伝承。言葉、歌、声の響きを通して伝わるもの。古代からの智慧の教えに学ぶ。