過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

葬儀の合理化は起きている

身近な人がなくなった時どうしたらいいか。
いつ自分が死ぬか、どのようにおくられたいか。
お盆も近いので、利用者さんとの日常会話である。

「葬儀にお金がかかりすぎる」という話。

全国平均200万円。一年間それで暮らしていけるほどの金額を葬儀にあてる。それだけ余裕があるともいえるし、世間体と因習にしばられているともいえる。

しかし世の中、まちなかでは、合理化の流れはきている。

①「お坊さん便」ネットで依頼すればきてくれる。
②「直葬」。通夜も葬儀も行わない。病院からいきなり火葬場直行(首都圏の火葬場はいつも満杯なので、遺体のホテルで保管される)
③「合祀」。自分の家の墓はいらない。まとめて合祀。
④「散骨」。海洋葬や樹木葬
これらは予算的には、トータル10万円以内で収まる。

大きな問題は、生前に自分はそう望んでいても、そうなるとは限らない。もう死んでしまっていて段取りできない。だから、自分の「おくり」をプロデュースしてくれる人、きめておかなくちゃにならない。そこが難しい。

なので、日頃から「自分が納得のいくおくり」をサポートしあうネットワークを作っておくしかないと思う。

次は、「そもそも葬儀は必要か」。「葬儀に坊さんが必要か」をテーマに書いていく。