過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

ぼくなりの突破口。「縁を活かす」、

「結局、なにごと楽しくないと続かない」。農家民宿やっているMさんとのやりとり。結論。
 
ぼくがいまやっている、やろうとしている試みについて語ると、「それは楽しそうだ」と。応援にいくよ、と言ってくれた。
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自分が楽しかったら関わる人も楽しい。人も寄ってくれる。協力者も現れる。
 
楽しくないと、重たい。つらい。努力と辛抱がいる。ひとは寄りつかない。会っていても弾まない、エネルギーを奪われるからひとは離れる。
 
楽しい仕事をもっていることが人生の幸福のもと。楽しければ努力はいらない。工夫が働く。元気になる。ますます楽しい。
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だから、楽しくないことは、やらなければいい。だけど、そうもいかない。しかし楽しい仕事などみつからない。出会えない。
 
では、どうしたらいいか。
仕事を楽しくするように工夫するしかない。しかし、それも難しい。楽しくないことを、楽しくするってのは、無理がある。だって、楽しくないんだもの。楽しくできない理由は、山ほどある。
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じゃあ、祈ればいいか、願えばいいか。それもひとつの開く道。信仰的にはそこが基軸。
 
ほんとうに深く祈りに没頭できたら、ちがう。「もうおまかせ。なにがあってもオッケー」の状態になるってことは、実際には起きる。
 
まあしかし、いろいろ実践してみたけど、やはり難しい。「脱却したい」という思いが実現するだけで、現実は、そうそう変わらない。
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ぼくなりの突破口の糸口。
それは「縁を活かす」ということ。やってきた縁をテコにして、そこから動く。
 
頼まれたことも縁だ。そこから、道が開けたりする。まあ、ひらめきも、ひとつの縁ととらえられる。
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自分で「これしよう」というとき、なかなかうまくいかない。エネルギーが湧かない。ほんとうに心底やりたいものは、別だけど。
 
しかし、頼まれ仕事だと、不思議とエネルギーが湧くことがある。よし、ひとつやってみようか。軽いノリで進むことがある。
 
これも縁だ。ひとつすすめてみようか。自分がやりたいことなのかどうか、わからないけれども。そうやって、未知の領域に足を踏み込む。突破が起きることがある。
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ということで、ぼくはサラリーマンをやめたり、フリーランスになったり、事業を起したりしてきた。
 
うまくいくのかどうかわからない。次々と課題は来る。それを縁として進めているだけ。先はわからない。ま、それでいいと思う今日の一日。