過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

人の気持ちがわかり、自分の気持がわかるというあり方

「あんさんはなぁ、ひとさまをお助けする。そういうひとになりなはれや。
お助けというと、難しいようやが、けっして難しくはありません。
よくひとの気持ちがわかることや。
ひとの気持ちがわかると、自分の気持ちもわかってきます。
ひとの気持ちがわかり、自分の気持がわかる。
そういうところから、照らしていきなはれや。それが、すべておたすけになります」。
かつてある方に言われた言葉だ。神さまからお言葉を預かって伝えるようなお役目の方。一人ひとりの手をとって、深夜までその人に対しての言葉を伝えてくれていた。もう25年も前のことだ。
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子育てしていると、子供の体験がそのまま自分の体験となるという至福がある。あかりが悲しいときは、こちらも悲しい。あかりがうれしいときは、こちらもうれしい。
そしてまた、敷衍(ふえん)して、他人の子どもの心の動き、そりのたお母さんの動きも、わかるようになってくる。
これまでは、そういう自分じゃなかった。ひとの気持ちがわかるようになってきた、ということがありがたいというのか、功徳というのか。