過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

私家版のお経づくり。通仏教にわたる。本覚思想も入る。密教も入る。神道も入れた。

私家版のお経づくり。いわば新年の初仕事。妻と毎朝、これをよもうとしている。

通仏教にわたる。本覚思想も入る。密教も入る。神道も入れた。華厳経なども入れたいところだが、漢字変換と振り仮名を入力に疲れて断念。

お経というと、故人の供養のためであり、お坊さんによんでもらうものと相場はきまっている。

だが、お経はほんらいは、生きている人のための教えである。死んだ人の鎮魂、先祖供養のためのものではない。死んだ人のためのお経は、おそらくひとつもない(チベット死者の書は例外)。

お坊さんにお経をよんでもらうのも、落ち着いていい。だが、ほんらいは自分でよむもの。内容もさることながら、音の響きをたいせつにしたい。音の響きを身体で味わうことがたいせつ。あえていうと、中身は二の次と。

よむことの響きにおいて、漢字の音読ががいい。訓読にすると、どうにも滞る。それで、漢字で編纂した。パーリ語サンスクリット語もすばらしい。これはまた別バージョンを作るつもり。

仏教ばかりではなく、神道の響きも心地よい。大祓(おおはらい)がいいのだが、長いので簡略な禊(みそぎ)の祓い。そして、ひふみの祝詞などを入れた。神道の澄んだエネルギーは、母音を響かせていくところにあると感じる。

さて、勧請文(かんじょう)というのは、神仏、菩薩にたいして奏上する。どうか守護してください、と。

さらには、先祖の霊的な系譜、仏法を伝持されてきた尊敬する諸大先師も入れてみた。ブッダの五百弟子、龍樹、世親、鳩摩羅什玄奘三蔵、天台大師、伝教大師弘法大師法然上人、親鸞上人、道元禅師、日蓮上人、一遍上人白隠禅師、良寛和尚など……。まだ叩き台。試行錯誤中。