過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

噂をを伝えてくるような人 ろくなもんじゃない

「あかりちゃんが学校に行かないのは、その自由を親が奪っている」というような噂がある」とわざわざと電話してきた人がいた。
①あかりが学校に行かないのは本人の意思だ。「一斉授業で自分の時間が奪われるのがもったいない」いうのだ。もう一年生の春から言っていた。「まあせめて7月まで行ってみたら」と行かせたが。私がすすめたわけではない。
「行きたくない」のを無理に「行け」と頭ごなしにいう訳にはいかない。脅して行かせたくない。まあ、親としては学校に行ってもらわないと、パワフルなあかりの世話はたいへんなのだが。
②人の噂をもとに言ってくる人っていうのは、気持ちの悪いものがある。その人が自分の責任で自分の主張で言ってくるのではなくて「なにかそんな話があるようだ。聞いた」というのだ。それは、卑怯というか、背後にはそのことで人を操作しようという陰湿で気持ち悪いものがある。
③みんな「学校に行くのは当たり前。行かせないのは親が悪い」という観念で言っているのだろう。そういう、「誰かさんがこう言っている」「こんな噂がある」といって来る人は、ろくなもんじゃない。
いわば無責任に風聞を流す人物はじつに腹立たしい。「わたしは暇人の噂など、どうでもいい。寝言は寝て言うように」と答えたのだった。
不登校は全国で25万人、毎年25%アップだよ。やがてはあっというのに50万人くらいになるよ(ちなみに年間出生者は70万台)。そのことは、子どもが不適応ではなくて、いまの学校制度自体が社会に不適応なのだとさえ思う。
③いまの学校制度は、戦後の経済復興のとき有能で従順で忍耐強いライン工やサラリーマンを作るのにはいいのかもしれない。
しかし、学歴社会、偏差値教育、もう意味をなさなくなる。いまの学校教育は、創造的な生き方を歪める。押しつぶしているとさえ思う。
④ましてここ数年、コロナ禍であり、ヘルメットかぶって、マスクして重たいランドセル背負って、生気のない感じで行かせるのは人生のムダと感じた。教科書を持ち帰るなど意味がない。
授業参観に行くと、音楽の合唱、体育授業もマスク。食事も黙食。マスクに感染効果があるなどと、到底思えないのにだ。
ウィルスの大きさとマスクの網の目の大きさを比べたら、空気感染に効果があるはずがない。効果を求めるなら防毒マスクしなくちゃいけないほどど。
ところが、「きめられていることだから「みんながそうしているから」というのが理由である。G7にG20、エリザベスの葬儀に首脳や天皇がマスクしていなかった。日本に帰るとマスク。相撲に野球にサッカーやテニスの試合、陸上教義、マスクなどするいるはずがない。してたら死んでしまうよ。矛盾している。
⑤子どもが、マスクによって酸欠となり、自分の二酸化炭素を吸うことで、大脳の働き、免疫力の落ちることは明らかだろうに。夏は熱中症になりやすいのは当然だ。
なにより人とのコミュニケーションは、断然と落ちてしまう。そのあたりもあって、不登校は正解と思っている。キックボクシングや柔道は行かせているが、マスクなどするはずがない。
ではどうしたらいいのか。そこでいろいろと日々、工夫し試行錯誤しているわけだ。そのことは、次の投稿で書く。