過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

日本全国の過疎地で、宗教団体とか外国人が買って、コミュニティとして活用していく流れが起きていくのかもしれない。

「花梨の里」という。広さは9,000坪。広さ感覚で言うと、東京ドームの64%。
なにしろ広い山で植生は豊かである。そこに、100人が入れるホールが1つ、100人が入れるレストラン、さらには大広間、巨大な倉庫、家族が泊まれるロッジが10棟くらいあった。


かつての春野町は、林業が盛んで林道や一般道路、農村交流センターみたいな建物がばんばん建てられていった。土建業の人たちが利用して大いに繁盛したと聞いた。
 ▽
しかし、バブルもしぼみ林業も成り立たなくなり、客はいなくなった。もう経営は成り立たなくなって、いまや廃墟同然。


かつてインドネシアの友人の家族のために、ハラールの食品加工場探しに適当な場所を探したことがある。インドネシアのコミュニティができると面白いなあと思っていた。価格で折り合いがつかず流れたが。


3年前に、オーナーとばったり銀行であった時「もう金利だけで1億円余も払っている」と言っていた。「もう自己破産して、やりなおしたら……」と話をしたことがあった。
 ▽
それから、どうなったのかなあと思っていたら、ここを買った人がいると聞いた。
こないだ、たまたま寄った時、新しいオーナーらしき人と出会った。くわしい経営計画は聞かなかったが、みんなで活用してもらいたいような意向であった。


友人たちがボランティアでいろいろ整備していた。
補修、改装、下水、草刈り、やるべきことはもうたくさんの仕事がある。
ここが、地域の親子、春野とまちなかとの交流広場になっていく可能性だってあるなあ。
 ▽
ある時、山の中で廃墟となったホテルのそばを通った時、ブラジル人が200〜300人くらいいた。
そこは改装されてキリスト教会になっていた。友人が所有していた空き家も、ブラジル人の神父が住むことになった。
日曜礼拝のたびに集まっては、信仰を核にした情報交流の場になっている。親子の交流の場になって、とても活気のある場所になっていた。
 ▽
地方には、こういう施設があちこちにある。
ハコモノ行政でつくられた文化センターだの、民間の施設だの。
もうだれも活用できない。

なにしろ地元の住民は年寄りばかり。
施設を活用して何かしようなんて意欲も体力もワザもない。
行政もなんとかしようなどとも思わない。
 ▽
うちの近所のロッジ10棟も自己破産して放置されていたが、新興のプロテスタント教会が落札した。といって、活用されているようには見えないが。宗教団体だから、固定資産税はかからないので、もっていても負担にはならない。


日本全国の過疎地で、宗教団体とか外国人が買って、コミュニティとして活用していく流れが起きていくのかもしれない。


やがては、都市部だってどんどんと人口が減り、高齢が進み、タワーマンションとか、公共施設とか閑古鳥になっていきそう。外資が、外国人がばんばんと買って活用するってことになるのかもしれない。


なにしろ円安は進むわけだし、二束三文で買われていく。いまの政治を見ていて、日本経済が蘇るってことはどうにも考えられない。ますますの凋落と衰退の流れにいる。さてさて、自分としてはいかに暮らしていくか。