過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

統一教会、創価学会と岸信介との関係

統一教会創価学会岸信介との関係。友人との対話

勝共連合統一教会って、立正佼成会が母体

勝共連合統一教会って、立正佼成会の青年部がメインだったんだ。驚いた」

──そうだよ。統一教会の日本の初代会長、国際勝共連合の日本の初代会長は、久保木修己。ちなみに、名誉会長は笹川良一岸信介も発起人に名を連ている。久保木は、立正佼成会の開祖、庭野日敬の秘書を務めていた。1962年、立正佼成会から世界統一協会に移った時、立正佼成会庭野日敬会長の指示で佼成会の青年部50名ほどが統一教会に転じた。

◉背後にあるアメリカの占領政策

「そうなんだ。びっくり。しかしどうして、そんなことになるの?」

──それはね、きっとアメリカの占領政策が背後にあると思う。アメリカは、日本を「共産主義の防波堤」にしようとした。だから、そのために天皇を残した。でも、そうすると軍国主義の復活を他国が怖がる。ヒロヒト処刑が世界の大勢だった。なので、日本は天皇が残るけれど、牙は抜かれているとして、憲法第9条戦争放棄、戦力不保持)をつくった。

で、占領軍の「共産主義の防波堤」政策の中に、勝共連合も、新興宗教もあると見ている。

創価と占領軍との関係

「ということは?」

──共産主義は、「宗教はアヘンだ」として、徹底して忌み嫌う。その共産主義に対して、徹底して戦うのは宗教。とりわけ新興宗教。なので、霊友会立正佼成会創価学会統一教会などを占領軍は背後からサポートしたとみている。

「たとえば?」

──創価学会を例にとる。創価学会は戦後、大躍進をする。戸田の時代、ゼロから10年で75万世帯、そして池田大作になってから750万世帯、いまは1,000万世帯といっている。もちろん、戸田、池田のカリスマ的な指導力か大きな原動力。

しかしその背景には、占領軍のバックアップがあったと思う。

「具体的にはどんなバックアップが?」

──いろいろあるれけど、たとえば紙の供給。第二代会長の戸田城聖は、創価学会を復興させるための資金源として出版事業を行う。占領軍が日本に来る前に、通信教授による英語講座の広告を打ったほどだ。「九月二十五日の朝日新聞には、既に、その広告を掲載するまでに運んだのである。終戦の日から、わずか四十日余のことであった」(池田大作著:小説人間革命)

しかし、当時は、物資不足。紙不足。そこで、彼は祈る。
「ある時、戸田は、必要量の紙を、どうしても手に入れねばならなくなった。だが、万策尽き、計画は座礁した。その深夜――彼は、ガパッと寝床の上に起き上がって、「諸天善神、広布の礎のための事業だ。戸田城聖のために、紙を運んで来ないか」と、諸天に叱咤の叫びを放った。翌日、交渉の途切れていた社から、思いがけず必要量の紙が、入荷する手はずになったのだった」(池田大作著:小説人間革命)

諸天に叱咤の叫びを放った、とあるが、これはマッカーサーのことである。かれは占領軍を、仏法守護のための諸天善神とみていた。そして、占領軍は、共産主義に対抗する勢力として、新興宗教には紙を供給していたのだった。

「なるほど」

岸信介とのつながり

──で、そこに岸ともつながる。占領軍は、日本を「間接統治」しようとした。直接統治じゃ人が少ないし大変。なので、戦争を遂行してきた官僚たちを残した。そのトップに据えたのが、A級戦犯岸信介だ。岸を通して、日本を統治する。そして、日本のシンボルとして天皇は残す。

その岸とつながっていたのが、統一教会であり創価学会と。

「岸と統一協会の癒着は明らかだよね」

──統一教会勝共連合の動きを示そうか。1989年7月4日、文鮮明が韓国で行った説教がある。それには、「国会内で教会をつくる」「自民党の安倍派などを中心にして、久保木を中心に、超党派的に原理教育をした議員たちを結成し、その数を徐々に増やしていかないといけない」と述べている。事実、日本の政治はそうなっているのは明らかになった。自民党の政治家のほとんどが、統一教会に汚染されている。たとえば岸田内閣は大臣8人、副大臣11人、政務官12人が教団と関係があったことを認めている。

1973年、渋谷区の統一教会本部で久保木は元首相の岸信介を信者に紹介。岸は講演を行った。文と岸信介は長時間にわたり会談。久保木も同席。

創価岸信介

「へえ。では、岸と創価の関係は?」

──岸と創価戸田城聖は親しかった。岸は、戸田が寄進した富士大石寺の大講堂の落慶法要に主賓として呼ばれた。戸田は一国の総理が来るのだからと、全国の青年部に緊急の大結集をかけた。集まった青年部は6千人。しかし、岸は箱根まで行きながら、途中で引き返す。創価学会と密接であることが日本国中に広報されるのは問題と思ったのだろう。それで、代わりに岸の妻と娘と娘婿が富士大石寺に行かせる。

「そこまで、つながっていたんだね」

──そう。それで、その娘婿とは、だれあろう安倍晋三の父親(安倍晋太郎)ってわけだね。もっといろいろ詳しい資料があるけど、きょうはこのへんで。まあこのあたり、占領政策天皇制、そして信仰宗教については、またZOOM楽座でカタリバを作りたいと思っている。