過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

インドネシア家族による、山里の過疎地でのハラル食品加工の進捗

インドネシア家族による、山里の過疎地でのハラル食品加工の進捗。
過疎地の集落の活性化、まったく使用されておらず、ただ老朽化していく遊休施設の活用。
若い家族たちの移住、山里とまちなかの交流、イスラム教徒という異文化文化理解、国際化の流れ、インドネシア・インバウンドの流れ、様々な可能性を含んだ事業である。
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しかし、ここで大きな問題。活用するのは補助金で作られた施設だから、その縛り期間にあっては、規定によれば「貸してはならない」という文言がある。だから、「ダメだ」というのが市の解釈であった。
集落も、「規定に反して貸せば補助金の返還を迫られる」ということで、すでに契約は結んだのであったが、「貸すのはやめよう」というのが一昨日の集落の意見。
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補助金の流れは国→県→市→集落。そして、変更する場合には、その逆に申請していく。そのために、いろいろ打ち合わせを行う。そうすると、多大時間なエネルギーと書類が必要になる。
インドネシアの家族も、ずっと待たされ、時間はいたずらに過ぎてゆく。メドが立たない。ならば、これは早めに撤退して、次を探さねばというところに来ている。わたしもそれを勧めた。早いほうがいい。
ぼくもインドネシアの家族も、時間がない。市長とやり取りしても、これも埒が明くかどうか……。ので、いきなり国とやりとりし、国から市へとおろしていくことを考えた。
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「ダメモト」である。最後の粘り腰で、動いてみる。市は埒が明かないのであれば、おおもとの国にアタックすることにした。 農水省大臣官房予算課補助金班、そして 農村都市振興局都市農村交流課と直接やりとりした。なんのツテもないが、いきなり電話していった。
「目的に沿うのであれば、貸しても構わない。貸すことによって、補助事業の目的が達成されるのであれば、国としては補助金を出す意味があった」(大臣官房の談話趣旨)と。
大枠では、池谷の言うことに賛同してくれた。そもそも規定の本源は彼らがつくるのだから、かれらとやりとりするのがはやい、ものわかりはいい。
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その国の解釈をもとにして、市に対して、再度、見直しを提案する文書を出した。「国の補助事業であり国の見解に従うところです」と、市は基本姿勢は示す。それは、当然なこと。
市がオッケーであれば、もとより集落は「市に従う」と言っている。インドネシアの彼らに対しての、親愛度は大きく、とてもうまくやていけている。もとより、ともに反映する道は歩めると思う。
市からの回答は19日にくることになっている。それが駄目であればインドネシア家族は撤退する。
市は全国、全世界に発信できる貴重にチャンスを逃したことになるかな。「逃がした魚は大きい」かもしれない。
ま、こまで詰めたのだから、あとは「縁」があるかないか。「つくべき縁あればともない 、はなるべき縁あればはなる」(歎異抄)と。