過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

そんなに企画してどうなるか。どうするのか。

友の家に寄って、いろいろな企画のこと、人生のことを語りあう。話していると、次つぎと企画がでてくる。山里でのサイクリングコース、山里暮らしのトークイベント、自然素材アート展、閉まった店を借りてアートギャラリーなどなど。アイデアを語りあうのは、たのしい。こういう友がいるのがありがたい。

さてしかし、そんなに企画してどうなるか。どうするのか。そこだ。

企画は実行して初めて意味がある。「絵に描いた餅」ではつまらない。実行となるとお金がかかる。広報のためのパンフレット、アルバイト代、郵送費、会場費、雑費など数十万円から数百万円もかかる。そうして、ほとんど自分の人件費は持ちだしだ。

参加費をとるといっても、なかなか難しい。広告も難しい。企業協賛も難しい。これ、ひとの多いまちなか、あるいは東京だったら、可能性はある。山里はひとがいない。ひとがきてくれない。なので、イベントを企画しても、費用的に難しい。

ということで、行政や企業に企画提案して、助成金が採択されれば実行するというのが、可能性のあるところ。で、この4年間、採択された企画は、10本以上になる。着想、思いつきを企画書にあらわし、プレゼンして採択されるというのは、ゲームとしても達成感のあるところ。

さて、採択されれば実行しなくちゃいけない。ここから困難に直面する。机上のプランのときのエネルギーとはちがって、具体的、現実的な作業がともなう。考えていたことと現実は、やはりちがう。予想しなかった障害がたちあらわれる。ストレスもかかる。孤独だ。モチベーションもつづない。

それがたいへん。しかし、それを乗り越えていくことで、学びがあり、ネットワークの拡大になる。実績になっていく。そして、また次の企画がでてくる。そういう循環になるわけだ。

けれども、これをつづけていくと、消耗してくるのはたしかだ。

まず、自分の人件費が出ないのがおおきな問題。ほとんどの助成金というものは、実行者の人件費、そして団体の運営費は出ない。おおくのひとから感謝され、たいしたものだと評価されたとしても、自分の収益がないということになると、これは続かない。お金と時間に余裕のあるひとには、最高のゲームだと思うけど。

いろいろ企画は湧いてくるし、やってもみたいけれども、生活をかんがえていくと、むつかしい。ということで、整理するとこんなことになるかな。

一、「ほんとうにやりたいことしかやらない」。収益など関係ない、やりたいからやる。躍動があり、たのしいことなら、それは道楽、趣味、生きがいとして、やれる。なによりワクワク・元気なエネルギーという財産が手に入る。そういう企画しかやらない。

二、企画と現実的な予算の裏付けまでは行う。あとはタイアップしてくれるひとにまかせてしまう。そういうひとがいれば、ということだけど、ま、これはむつかしいかな。そんなひと、いないから。

三、収益につながりやすい企画。協賛金を得られやすい企画。団体運営費が出る助成金に絞って企画提案していく。あれこれと手を出さない。ここが現実的な路線。

こう考えてみて、やはり「本業に徹する」のがいいかという着地になってきた。ぼくの本業は、執筆と編集なので、そちらのほうの企画と仕事に徹していく。こちらの軸を移していくのが正解かな。のこりの人生、そんなに長くないからね。ほんらいのんびり田舎暮らしをしたいために、山里に移住したのだし。