田部井淳子さんのお話から。本格的に山を登りを始めたきっかけ。
東京の大学に進学したとき、自分が福島出身であることに、恥ずかしい思いをしていました。「どこの出身?」と訊かれるのを恐れていました。「福島は、貧しくて、田舎で学力がない」という暗いイメージを抱いていたのです。
訛りもあるし、イントネーションもみんなと違う。デパートで、「これ下さい」と言っただけで、「あなた福島から来たの?」と訊かれて、めげたりしました。
都会の人がみんなすごく見えて、自分はみじめに感じてオドオドしていました。うちとける友人もできなくて、都会暮らしは居心地のよいものではありませんでした。
そんなあるとき、一人の友人が奥多摩のハイキングに誘ってくれたのです。行ってみると、緑に囲まれた山で土の匂いが懐かしい。ほっかむりしてリヤカーを引いているおばちゃんがいたり、川で鍬を洗っているような風景に接して、「なあんだ。うちの田舎とおんなじだ」と、とても安心しました。
そのとき、「東京にも、自分の知らないところがたくさんあるんだ」と気がついたのです。それからは毎週、山に行くようになりました。
山を歩いていると、体中の細胞がふつふつと活性化されていくのが分かるんです。「次はどこの山に行こうか」と考えていると、みるみる元気になりました。
山の中にいるだけで、気持ちがいいですね。ちっともつらくない。日が昇り、日が沈むのを眺めているだけでも、「ああ、自分は生かされているんだ」ということに気づかされました。
やがて海外に出てはじめて四千メートル以上の山に登ったとき、「人生で大切なことは、お勉強じゃない。困難に立ち向かったときに、パニックにならずに、いま持っているもので解決する力なんだ」と、ものの見方が変わりましたね。